第235話 新しい寮

「遼香さん、期待というのは今聞いても答えてくれないんですよね?」


緑箋は今までの付き合いでとても嫌な予感しかしていなかったので、

今回はちゃんと聞いてみた。

もちろん答えは期待していない。


「緑箋君。

そんなこと今言ったら面白くないだろう?」


さも当たり前のように遼香は答える。

隣の猫高橋も困ったような顔をしているが、

もちろん何も知らないようだった。


「まあそうだと思いましたけど。

過度な期待はやめてくださいね」


「過度な期待?

私は期待などしたことはないよ。

常に最低限の結果しか求めていないから。

何かの力に期待した作戦ほど危険なものはないからね。

最低の力で最高の結果を出すようにするのが私の仕事だよ」


少しだけ真面目な顔で遼香は答えた。


「まあだから緑箋君も心配する必要は何もないよ」


遼香ができると思っている要求の高さが、

実はかなり厳しいと言うことを、

遼香はわかっているのかわかっていないのかわからない。

天然なのか計算なのか、おそらくその両方なのだろう。


「わかりました。少しだけ緊張して天命に従います」


「ははは、そうしてくれると助かるよ」


遼香は豪快に笑い飛ばした。


「じゃああとの詳しいことは猫高橋に任せてあるから。

猫高橋、緑箋君を案内してあげてくれ」


猫高橋はわかりましたと深く頭を下げた。

緑箋もつられて頭を下げた。


「じゃあ明日よろしく」


そう言って不思議な笑みを残して遼香は去っていった。

残された緑箋は猫高橋と顔を見合わせた。


「あのー猫高橋さん、遼香さんが何考えてるかは………」


「ごめんなさいね、私も何も知らないの」


「ですよね」


「いつもああだから、ごめんね」


「いいんです。それは何回か体験してますので」


「そうみたいだね。

まあ命の危険はないと思うから」


果たしてそうなのだろうかという一抹の不安は拭えないが、

そうも言っていられないので先に進むことにした。


「じゃあ緑箋君、寮に案内するね。

うちの軍は寮だけど個室完備してるから、

そこは安心してね。

大部屋とかはそれはそれで利点もあるんだけど、

ここは個人の力を最大限発揮させることを第一に考えてるから、

個室ってことになってるの」


二人は本部を出て、本部の裏に回る。

正面からは本部に隠れるように、

いわゆる団地のような建物がいくつも立っていた。


「ここが寮。

緑箋君はこの建物だね。

こっちから飛んで入る人もいるんだけど、

緑箋君は一階だからこっちから入りましょう」


猫高橋は飛べない緑箋のことをしっかり考えてくれていた。

実を言うと緑箋はまだ飛べはしなかったが、

壁を登ったりはできるようになっていたので、

建物などで何かに捕まって登ることはできる。

いちいち説明するのもアレなので今は黙っていたが。


「こちらが緑箋君の部屋になります」


一階の角部屋だった。

鍵を端末に入れてもらって、

少ないながらの荷物を置いた。


「中にも説明が書いてあるのでそれを確認しておいてね。

何か足りないものがあったらいつでも連絡してください」


一応調度品などもあるので、生活はしやすそうである。


「じゃあとりあえず今はゆっくりしてもらって、

食事の時間に食堂とか少し周りのことも案内するね」


「ありがとうございます」


後で迎えにくると言い残して猫高橋は去っていった。

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