第229話 守熊田の最後の教え

学校が終わって寮からも人がどんどん減り始めていた。

咲耶は緑箋が寮を出る日には帰ってくると言い残して、

実家に帰って行った。

結果また年末のように寮には緑箋と守熊田が残されていた。

寮生がいなくなったので守熊田もかなり暇になったので、

最後に緑箋と一緒にトレーニングを付き合ってくれるようになった。

軍に入隊することになった緑箋に、

守熊田は元軍人として的確に助言をしてくれた。

この休みの間、軍人として少しでも訓練に耐えられるように、

一緒にトレーニングルームに入って緑箋を鍛え上げてくれていた。


正直に言って緑箋は努力するのが好きではなかったが、

この世界に来てなぜか毎日魔法のトレーニングをするのは嫌いではなかった。

自分の妄想を具現化できるこの世界の仕組みがとても面白かった。

そして一番大切なのは、それを一緒に分かり合える仲間がいたからだろう。

妄想力の高かった緑箋と魔法の最高の実力者だった咲耶が、

一緒にトレーニングすることでお互いの力を高めあうことができた。

これは緑箋にとってこの上ない幸せな出来事だった。

そしておそらく咲耶にとってもとても幸せな出会いだったのだろう。


守熊田は最後のトレーニングとして、

緑箋に自分の持てる力を教え込んでいた。

多くの軍人を育て上げた守熊田にとって、

人に教えると言うことは自分の天職でもあった。

ただこの寮では寮長としての役割を全うすることに心がけていたので、

守熊田が元軍人であったと言うことを知っている人間はほぼいなかった。

たまたま緑箋がこのことを知ることになったのは、

これもまた運命の一つの出会いだったのかもしれない。


守熊田は自分の持てる知識の全てを、

短時間に緑箋に叩き込んでいった。

攻撃魔法だけではなく、

防御魔法の真髄を知っている守熊田からその魔法技術を教えてもらえることは、

緑箋にとってこの上ない幸運なことであり、

その防御魔法の技術から、

さらに自分の妄想を加えることにより、

独自の防御魔法の体系を作り上げていった。

まだまだ練習は必要ではあったが、

守熊田の的確な指摘もあり、

かなり高い防御魔法の使用が行えるようになっていた。


「緑箋。まだまだ改良の余地はある。

でも、この期間でよくここまで鍛錬してこれたんは流石やで。

体力的にはまだ厳しいところはあるかもしれんが、

最低限この期間でできることはできたんやないかな」


「本当に辛かったですけど、

すごく楽しかったです。

ずっと付き合っていただいてありがとうございました」


「まあ時間はめっちゃあったしな。

わしも久しぶりにこんなに魔法を使えて楽しかったで。

まあ心配せんでも大丈夫や。

わしが保証する」


守熊田はポンポンと肩を叩いて激励した。


「寮長も今度は寮生と訓練したらいいんですよ。

きっとみんなも一緒に訓練したいって言ってくれますよ」


「ははは、それは考えとくわ。

わしももう歳やからなあ。

せやから引退したんやし。

でもまあ緑箋と訓練してめちゃめちゃおもろかったのは確かや。

まあ軽く体を動かすくらいならええかもしれんな。

じゃあ緑箋、一つお願いがあるんやが」


「はい?なんでしょうか?」


「ちょっと本気で一発魔法を打ってくれないか?

緑箋、ずっと本気を出していないだろう?」


緑箋はトレーニングルームでも明らかに自分の実力を隠し続けていることに、

守熊田が気がついていた。


「本気を出してないというか、まだわからないと言うのが本当です」


「なるほどなあ。

でも、一度自分の限界を知っておくのは必要なことや。

いざという時に自分の本気が出せんようになってまうからな」


「わかりました。では一つ試したかったことがあるんですが、

やってみてもいいでしょうか?」


「もちろんだよ緑箋。

腐っても魔法軍の盾として生きてきたこの守熊田。

思いっきりやってみい!」


緑箋は目を閉じて集中すると、

真っ直ぐに手を守熊田の方にかざす。

数秒後、トレーニングルームに轟音が鳴り響いた。

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