第208話 遼香の誘い

三学期ももうすぐ終わりを迎えそうなある休日、

寮で休んでいる緑箋に通信が入った。

遼香からだった。


「はい、緑戦です」


「おおー緑箋君、元気そうだな」


「あいも変わらずですよ。

どうしましたか?

また何かよからぬ謀ですか?」


「いやいや緑箋君、今まで私が謀と無縁だったのは知っているだろう?」


まあ確かに遼香は謀をして何かをなすということがあまり向いていないと思うが、

緑箋に関しては、よからぬことを企んでいることが多い気がしている。


「いやーいつも大変なことに巻き込まれている気がするんですが」


「結果的にそうなったことはあったかもしれないな」


遼香はそう言って笑った。


「で、今少し話したいことがあるんだが、

時間は大丈夫かね?」


「もちろん大丈夫ですけど、どんな要件でしょうか?」


緑箋がそう言った時に部屋の扉をコンコンと叩く音が聞こえた。


「あ、ちょっと待ってください。

誰か来たみたいなんで」


そう言って扉を開けると、そこには遼香が立っていた。


「来ちゃった」


「来ちゃったじゃないですよ!

何してるんですか」


「まあいいじゃないか緑箋君。

ちょっといいかな?」


「もちろんいいですけど、どうぞ入ってください」


「随分とものがない部屋だなあ」


必要なもの以外ほとんどものがない部屋を見回しながら、

緑箋の勧めに従って椅子に腰をかけた。


「お茶でいいですかね?」


「ああ、なんでもいいよ」


緑箋がお茶を置くとありがとうと言って一口飲む。


「熱くていいね」


「まだ外は少しひんやりしてますからね。

それよりどうしたんですかこんなところまで。

大将お一人で」


「私は別に一人でどこだって行けるよ。

友人のところに遊びに来るのに誰の許可もいらないだろう?」


緑箋の許可は必要な気がする。


「まあそうですけど、

お正月にもいらっしゃいましたからね」


「そうそう、あれは久しぶりに楽しかったなあ」


なんだかんだ言って遼香も忙しいので、

久しぶりにのんびり楽しめたのなら緑箋も嬉しく思っていた。


「遼香さんも楽しそうにしてましたからね。

あんなに人が来るとは思いませんでしたけど」


「やるなら盛大にやらないといけないよな」


遼香の思っている盛大さが、

人とは大きく違っているのは多少問題だが、

みんな楽しかったのは確かである。

遼香は間を詰めるようにもう一口お茶を啜った。


「今日はたまたまこっち方面に来る予定があったので、

ついでによったんだ。

ここに来る前に翠夢と寮長にも挨拶してきたよ」


「そうだったんですね。

二人とも喜んだでしょう?」


「だいぶ間が空いてからこの前たくさん話して今日だから、

なんだか不思議な感じだったけどね。

まあ前のようにまた話せるようになったのは良かったよ」


どこかにあったわだかまりも、

直接話すことで少し解けているのだろう。


「それで、緑箋君には今日は話があってきたんだ」


「あら、やっぱりそうですか。

今度はどんな難問なんでしょうか?」


緑箋は遼香が直接来るなんてことはよっぽどのことがあるのだろうと思っていた。


「そんな難問っていうことじゃないんだ。

もうすぐ一年生も終わりになるだろう?」


「そうですね。もうここにきて一年ですから、なんだか早いものです」


「だからちょうどいいかと思って」


「はあ、なんでしょう?」


遼香はいつになく真剣な眼差しで緑箋を見つめると、

しっかりと言葉を伝えるように話した。


「次の春から、うちに来て欲しい」

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