第14話 新しい朝が来た

緑箋は目覚めた。

端末にしっかりセットしたアラームが鳴、

ることはなかった。

スイッチが入ったようにぱちっと目が開いた。

こんなにいい目覚めはいつ以来だろう、

前の世界ではよく眠ることなどできたことはなく、

覚醒と気絶を繰り返しながら、

明るくなる窓を眺め続けていた。

もうこのまま目が覚めなくてもいいと何度思ったかわからない。

そして実際に目が覚めなくなったはずだったが、

緑箋はなぜか目を覚ましている。

新しい世界で。


緑箋は今までの暗い過去を全て失って、

文字通りの新しい人生が始まっていることを、

また今日の目覚めとともに確認した。

夢ではなかったんだなと。

あまりにも荒唐無稽で夢物語でしかないような話なんだが、

今、緑箋が近くできている世界があるのだから、

これが夢だったとしても構わないと思っている。


新しい人生を楽しもう、

人生を一度も楽しんだことがなかった緑箋はそう思っている。

清々しく、嬉しい気持ちで朝目覚められてとても嬉しく思っている。


緑箋はベッドから起き上がると、

まだ新品の制服を手に取った。

和装と洋装と魔法使いとなんとも言えない、

マントのような制服だった。

緑箋は意外とかっこいいなと気に入っている。

服を胸において大きさを確かめてみようとすると、

ふっと服が入れ替わった。

何かとびっくりすることが多すぎるからか、

緑箋はだんだんとこういう驚きに慣れ始めていた。

この服装でいいのかわからないけれど、

授業みたいなものだし、

せっかくだからこれを着ていこうと思った。

いや、実は緑箋はこの格好を気に入っていた。

服に興味を持つなんて初めてのことかもしれない。

そんな小さいけれど大事な喜びを少しずつ噛み締めている。

緑箋は知らず知らずのうちに、

前の世界では傷つけられてズタズタになっていた心が、

少しずつ回復してきていた。


緑箋は食堂に向かおうと思って部屋を出た。

隣の部屋は咲耶の部屋である。

以前までの緑箋なら気にせず一人で食堂に向かうところだったが、

緑箋は咲耶の部屋をノックした。

もしかしたら咲耶は寝ていて起こしてしまうかもしれない、

そんなことも頭の中をよぎったが、

それよりも一緒に朝ごはんを食べたいなと思ってしまったのだ。


はーいという元気な声とともに、

咲耶は部屋の扉を開けた。


「あや、おはよう緑箋君。

制服に着替えたんやね。

中等部の制服かっこええよなあ。

緑箋君、とっても似合うてるで!」


咲耶の言葉にはなんの裏もなく、

緑箋にもすっと気持ちが伝わってくる。

そういう咲耶は昨日とは違う、

真っ白な和装だが動きやすい格好をしている。


「咲耶さんもすごく美しい格好をしているね」


緑箋は初めてこんな言葉を口から発したことに、

改めて驚いている。

これは緑箋の気持ちが変わったこともあるが、

咲耶の底知れない明るさと魅力のせいでもある。


「せやろ!

今日は特訓やから、動きやすい格好にしてん。

ちゃんと気がついてくれて嬉しいわ。

じゃあご飯食べて準備しょう。

ちゃんと食べな魔力もでーへんからね」


食堂に着くと二人分のご飯が用意されていた。

朝ごはんはおにぎりと卵焼きをお味噌汁だった。

お味噌汁をセルフで掬って準備を整えた。


「いただきます!」


二人は声を合わせた。

緑箋はおにぎりを頬張ると、

中身はシャケのおにぎり風のおにぎりだった。

塩気が効いていてとても美味しい。


「やっぱりおにぎりはシャケに限るなあ」


シャケおにぎりだった。


「緑箋君は好きなおにぎりの具は何?」


「僕もシャケが一番好きかな」


緑箋は本当はエビマヨが好きだったが、

この世界に実在するかわからないのでやめておいた。


「緑箋君話し合わせてへん?」


咲耶の鋭さは今日も変わらない。


「そんなことないよ」


顔色ひとつ変えずに緑箋は返事をしたが、

咲耶は納得していないようだ。


「おにぎりはどうだ?」


カウンターからいきなり声がしたので、

二人はむせそうになった。

相変わらず守熊田寮長は音も立てずにやってくる。


「とっても美味しいです」


「めっちゃうまい!」


二人は感謝して感想を述べた。


「そりゃよかった。

たくさん食べて、大きくならなあかんで」


三人で和気藹々と談笑していると、

食堂のドアが開いた。


「おはよう。楽しそうな声が外まで聞こえているぞ」


微笑みを浮かべた天翔彩先生が立っていた。


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