第13話 一日の終わり。

咲耶は食堂に戻ると冷蔵庫のようなものを開ける。

中には色々なものが入っていて、

冷えているのでやっぱり冷蔵庫のようだ。

そこからコップのようなものを取り出して緑箋に渡す。


「お風呂の後はやっぱりこれやんな」


咲耶は蓋に指を当てると蓋が消えていく。

緑箋も見よう見まねで蓋を開ける。

中には何か飲み物が入っているようだ。

咲耶が飲んでいるので、

緑箋も飲むことにした。

フルーツ牛乳だった。

いや正確には違うんだろうが、

フルーツ牛乳と思うしかない飲み物だった。


「美味しい」


緑箋は自然と声に出していた。


「せやろ!

やっぱりお風呂の後はフルーツ牛乳やんな!」


フルーツ牛乳だった。

よくよくみると、

コップの側面に牛とオレンジっぽいマークが書いてあって、

フルーツ牛乳と書いてあった。


「そうか、フルーツ牛乳なんだ」


緑箋は子供の頃に父親と言ったスーパー銭湯のことを思い出していた。

あの頃から幸せとは思ったことは少なかったけれど、

あの日の父親の機嫌が珍しく良くて、

緑箋もとても楽しかったことを思い出していた。

そして父親との楽しかった思い出は、

それだけしかないことも久しぶりに思い出していた。


「そうやで、緑箋君はあんまり飲んだことないの?」


「うん、そうだね。久しぶりに飲んだ気がする。

久しぶりに飲んでも美味しいね」


「そうなんやね。

緑箋君が喜んでくれてよかったわ!」


あまり表情が変わっていないはずの緑箋の心のうちも、

咲耶は感じ取っているようだ。

それが能力なのかただの感覚なのか、

緑箋はよくわかっていない。


「お風呂はどうだった?」


冷蔵庫の前で立ち話をしている二人に、

気配もなく突然後ろから話しかけてきたのは、

もちろん守熊田寮長だった。


「とっても気持ちよかったで!」


「とても気持ちよかったです」


二人は同時に答えた。

今回は言葉は合わなかった。


「そうか、それはよかったな

フルーツ牛乳で魔力も鍛えとるのはいいことやで」


寮長もどこか楽しそうだ。


「そうそう、明日は天翔彩先生が寮に来てくださるそうやな」


「そやそや、朝から緑箋君と秘密の特訓をすんねん」


「君と」ではなくて緑箋のための練習だと思うのだが、

なぜか二人の特訓に変わっていることに、

緑箋はツッコむのをやめている。


「そうなんやな。

緑箋君も大変みたいやからな。

困ったことがあったらいつでも言わなあかんで」


「はい、ありがとうございます。

咲耶さんに色々してもらってすごく助かってます」


「もうーほんまのこと言わんといてや!」


咲耶はバンバンと緑箋の肩を叩く。

どうやら本当は少し照れているらしい。

緑箋も今日一日で咲耶のことが少し理解してきていたのだ。


「そうかー。

仲良くなったことはええことや。

他にもいっぱい仲間がいるからな。

いっぱい友人を作ったらええ。

学生時代の友人ちゅうのは、

人生の宝やからな」


緑箋には今までその宝がなかったし、

必要ないと思っていたが、

この世界に来て気持ちが少し変わってきている気がしている。


「緑箋君も中等部かららしいから大変やもんなあ。

一緒に頑張ろうな!」


咲耶の底抜けの明るさは緑箋にとって眩しすぎるのだが、

少し心地よくなっているのも確かだった。


「ありがとう、咲耶さん、寮長も」


「なんや、わしはついでかいな!」


いやいやと恐縮している緑箋を見ながら、

寮長は豪快に笑っている。


「明日は朝から先生が来るっていうとったから、

朝ごはんは7時に用意しとくわな」


「ありがとうございます」


二人は声を揃えた。


「目覚ましは端末に入っとるから、

それで起きたらいい」


緑箋は端末を開くと、

咲耶が隣で教えてくれる。

二人の息もなんとなくあってきているようだ。


「そうそう、ワシのも入れとかなあかんな」


というと寮長のアイコンが緑箋の端末に追加された。


「すぐに返されへんかもしれへんけど、

いつでも連絡してくれてええから、

遠慮は絶対したらあかんで」


「ありがとうございます」


緑箋は今日何回ありがとうといっただろうかと思ったが、

こんなに心からありがとうと言えたこともなかったと思っている。

緑線の端末にアイコンが並ぶたびに、

何か世界との繋がりが増えていくのを感じて、

とても嬉しくなっている自分に驚いていた。


「じゃ、そろそろ寝なさい。

明日も早いし。

緑箋君も色々ありすぎただろうから少し早めに休んだほうがええ」


「うちも色々あったんやけどな」


わかっとるよと寮長は咲耶にも微笑んだ。


「おやすみなさい」


二人は声を揃えて挨拶して部屋の前に行く。


「緑箋君、今日はありがとうな!

また明日」


「いや、こちらこそありがとうだよ。

明日もよろしくね」


二人は手を振って別れてそれぞれの部屋に戻った。

緑箋はベッドに横になると、

今日は色々あったなあと、

一日を振り返って少し考えていたが、

すぐに眠りについてしまった。


緑箋のこの世界での長い一日が終わった。

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