第2話 新しい道へ

何かに追いかけられて、

何かに追い詰められて、

何かに埋め尽くされて、

何かに体を侵食されて、

何かに心を破壊されて、

緑箋は目を覚ました。


目を覚ましても窓の外には大阪城が見えていた。

緑箋の知っている大阪城とは違う大阪城が。


目覚める前の時とは違って、

今度は体を起こすことができた。

やはり手を見ると以前の自分とは変わっている。

布団をずらし立ちあがろうとした時に、

部屋のドアが開いた。


「お、起きたかね」


気を失う前に話しかけられた鈴の音のような美しい声が響いた。

ドアを開けて一人の美しい女性が入ってくる。

彼女の黒髪は艶やかに広がり、

透き通るような白い肌が発光するように輝いていた。

ぱっちりとした大きな瞳が印象的で、

スッとした鼻、

美しくぷっくりとした唇が彼女の優雅な表情を引き立てていた。

彼女の体は細やかなプロポーションに仕上げられ、

真っ白なワンピースのような服が優雅に彼女を包み込んでいました。


緑箋は彼女の美しさに圧倒され、

ただただ彼女に心を奪われていくようだった。


「どうした?まだ調子は戻らないかな?」


ぼーっとしている緑箋を心配そうに見つめながら彼女は椅子に座った。


「い、いや、先ほどよりは体は動くようになりました」


「そうか。回復魔法が効いたようだね。良かった」


緑箋は自分の今の状況の疑問よりも、

あまりにも美しい彼女に囚われてしまっていた。


「さて、君の、りょくせん君だったかな。

りょくせん君の体が治ったのは良かったが、

さて、この後はどうする?

本調子になるまでここで休んでもらってもいいんだが、

家族も心配しているだろう。

まず家に連絡した方がいいと思うんだが、家はどこかな?」


緑箋は自分の置かれた状況を伝えるか伝えないか迷っていた。

そもそも緑箋は人と話すのに慣れていない。

この混乱した状況で自分の身の上を正しく話すことはできないし、

普通の状態でさえ伝わらない言葉が、

この荒唐無稽な話をうまく伝えることはできないだろうし、

怪しい自分のことを信じてもらえることはないだろう。

そんなふうにいつもは思うはずだったが、

なぜか緑箋はとにかく真摯に今の状況を話すしかないと覚悟を決めた。


緑箋は自分はおっさんで働いていたこと、

目覚める前に看板に潰されたこと、

そして自分がいた世界と似たような世界だが、

今目の前に見えている風景が全く違う世界だということ、

今の自分が全く違う人間で、

異世界にきてしまった人間ではないのか、

ということを色々な枝道に逸れながら、

要領も得ず、時系列もバラバラになりながらなんとか話し切った。

途中、彼女の素晴らしいアシストもあり、

なんとか置かれている状況を話すことはできた、

と緑箋は思っていた。

彼女は緑箋の話を聞き終わると、なるほどと呟いた。


「りょくせん君、話はよくわかった。

でもにわかには信じられない」


それはそうだ、と緑箋は思ったが、


「というほどでもないんだよ。りょくせん君。

この世界では結構あるんだよね。

君のように前の世界のことを覚えている人はほとんどいないので、

そこは珍しいんだが、

どうも違う世界からこの世界に来ているというか、

転生というか、そういう人間はたまにいるんだよ」


緑箋は驚いた。

とはいえ自分もそうなのだから驚いても仕方がないのかとも思った。


「そうだなあ。

世界のありようはどうも違うようだが、

言葉や文字なんかは共通のようだし、

まあなんとかこの世界でも生きていけるんじゃないかな。

りょくせん君。

前の世界の君はとても辛いこともあったようだが、

せっかくまた新しい人生を送れるんだから、

また一つ楽しんで学校に通うというのはどうだね?」


「学校?」


「先ほども言ったように、この世界では急に現れる子供もいるんだよ。

そんな子供たちはこの魔法学校で勉強して、

この世界で生きていくことになっているんだ。

家族も家もないのは辛いとは思うが、

この学校には宿舎もあって、衣食住には困らないようになっている。

どうだね。

入学式はちょうど一週間後だから、

新入生として入学してみたらいいんじゃないか?

いろいろ手続きはあるが、

その辺りは慣れているから任せてくれていいよ」


以前の緑箋では絶対に言わなかった言葉が自然と口から出ていた。


「わかりました。お願いします」


「じゃあそうと決まったら手続きをしよう」


「あ、すみません」


「どうした?気が変わったか?」


「いえ、あなたのお名前を聞かせてください」


「ああ、そういえば名乗っていなかったね。

私は魔法学校の医療班の教師として働いている」


天翔彩翠夢てんしょうさいすいむと名乗って微笑んだ。


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