最悪スキルが最強スキル?薬師だと思ったら……

@GPT00

第1話 ちゃんと死んだはずだった

薬鈴木緑箋くすりすずきりょくせんは死んだ。


ギギギギギと嫌な音がした。

緑箋は音のなる上空を見上げた。

ビルにつけられている大きな看板が今にも落ちそうに揺れている。

目の前を歩く女子高生はイヤホンをつけて音楽を聴いているようだ。

こんなに嫌な金属音なのに全く気がついていない。

ギギギギギという音はさらに巨大になり、

ガガガ、ガコンと嫌な音を鳴らし続けている。

そしてガキン!と大きな音を鳴らすと、

看板は女子高生の頭をロックオンしたかのように落ち始めた。


刹那、緑箋の時間はスローになる。

緑箋は手を伸ばし、女子高生を横に吹き飛ばす。

女子高生はゆっくりとビルの下へ飛ばされて、

手を前にして倒れ込む。

緑箋はそれをみて、これで大丈夫だなと一安心する。

そして女子高生が振り返るまもなく、

緑箋の視界はブラックアウトした。


クソみたいな人生だった。

人畜無害といえば聞こえはいいが、

単に怖いからやらないだけ。

優しいのではなく、何もしないだけ。

嫌なことから逃げまくり、

それでも体裁を整えようとして生きてきただけだ。

人と話すこともできず、

女性を話したのはいつのことかもう覚えてもいない。

それでも何とか就職した会社はブラックだった。

当たり前だ。

緑箋が雇われるような会社がまともなはずがない。

それでも懸命に働いた。

上司や先輩から怒鳴られ殴られ、

後輩からも無能の烙印を押された。

何を言われても傷つかないふりをして、

体だけは丈夫だったので、

人が辞めていく会社の中で、

ストレスを発散できる人間として、

それだけは評価されていたようだ。


そして死んだ。

何のために生きていたのかわからないけれど、

最後に人の役に立ったのなら、

こんな素晴らしいことはない。

最後に、あの女子高生が潰れたおっさんを見て、

トラウマにならなければいいが、

と思いながら、緑箋の人生は終わった。


はずだった。


目が覚めると緑箋はベッドに寝かされていた。

棚には壺が並んでいる。

燭台には火が灯されていて、部屋を照らしている。


「目が覚めたかな」


突然頭の後ろから声がして、緑箋は悲鳴にならない声をあげる。


「いやいや驚かせてしまってすまない。

校庭で倒れている君を見かけてね、ここで休ませていたんだよ」


緑箋は混乱している。

体を起こそうとするも力がうまく入らない。


「まだ動かない方がいい。

だいぶ傷ついていたから、医療魔法で治療中だ。

命には別状はなさそうだけど、

あんな酷い怪我は最近見たことがなかったよ。

一体何があったのか覚えているのか?」


「ここは?」


緑箋は質問をする。

まさか自分がこんな質問をする日が来るとは思っていなかった。


「ここは魔法学校だよ。

その校庭で君が倒れているところを生徒が見つけてね。

私が治療しているってわけ」


ようやく緑箋も知覚してきている。

体は動かせないので顔が見えていないが、

鈴の音のような綺麗な声の主は女性らしい。

しかし魔法学校とはどういうことだ?

看板に潰された後、校庭で倒れていた?


「私は薬鈴木緑箋と申します。

助けていただいてありがとうございます。

私の記憶が確かなら、ビルから看板が落ちてきて、

それに潰されてしまったんだと思います。

今こうして生きているのは奇跡です」


「看板?

看板が落ちてきてあんなふうに怪我をするかなあ?

いやまあ当たりどころが悪ければ怪我はするだろうが」


「あのー魔法学校というのは?」


「魔法学校というのは魔法を勉強するところだよ。

ここは中等部だね。

君はここの生徒ではないのかな?

見慣れない服を着ているけど」


「いやいやこんなおっさんが中学生のわけが……」


緑箋は自分の声がおかしいことにようやく気がついた。

声どころか手の大きさが、手の皺が違う。


「いや確かに変な服装をしているけれど、

見た目は中等部の学生だよ。

まあ若く見える人もいるかもしれないけどね」


「あのすいません、ここは大阪ですか?」


緑箋は混乱しながら聞いた。


「確かにここは大阪だよ。大阪町だね」


「大阪町?大阪府ではなく?ここは日本ですか?ここは地球ですか?」


「うーん、何だか混乱しているようだね。ここは地球で日本だけれど、大阪ふ?ではないね。大阪町だね。ほら窓から大阪城が見えるでしょう」


緑箋は窓に目を向けると、確かに大阪城が見えている。

しかしそこは現代の日本の高層ビルは全くなかった。

それどころか街並みは戦国時代の街並みだし、

電信柱も電線もなく、道路は土だし、車も走っていなかった。


「ここは……」


緑箋は混乱で頭が熱くなり、

急に視界がぐるぐると回り出してしまって、

また意識を失った。

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