34話 アマス=ラナド


——ぼくは怒っている。


ソレニ村を壊滅させた犯罪者が、間接的であれぼくが討伐する筈だったタイタンと相対して…討伐した事を。


「君、そんな程度じゃないよね?」


「…っ。」


それを全く誇ろうともせずに、連れていた少女によって石化されたぼくの為に聖竜の迷宮へ潜った事を。


「…『ソォン』…っあ!?」


「遅い。動きが全くなっていない。」


結果的に、優秀なこのぼくがこんなにも変態で犯罪者の男に助けられたという屈辱。あんな痴態を晒したぼくに対して、侮蔑も軽蔑せずに傲慢に振る舞おうともしないその態度。


(ぼくが…その化けの皮を剥いでやる。)


完璧に満たされていた筈の心に異物を混ぜた事も含めて…だ。絶対に許すものか。


何よりも……


「…ぁ…くぅ…」


「……。」


何時間と戦い全身を切り刻み、何度ボロ雑巾にしたか分からない目を閉じた男を見下して…ぼくは自分の傷一つない体を一瞥する。


(なんで、攻撃をしないんだ。)



……



——とか考えているなら、こう答えよう。


「やってるけど当たんねえんだよ。」…と。


青年は強い。エンリやスロゥちゃんといった超越者達とは違い、反則技や即死技もない…ちゃんと真面目に地道に…努力してきた強さだ。


事実。城壁のみがちらほら残るジニヌ帝国に来てから、ずっと青年に攻撃しようとしても…その前に動きを読まれて潰されるという工程を何度も繰り返している。



——サビとの戦いでもひしひしと感じていた実戦経験の差なのだろう。あっちの方が、まだ対抗出来る術があったけど、近接戦においてはエンリといった強者の後ろにいただけの僕では…逆立ちしようが勝てない。



(…でも。)



改めてふと、中途半端で何も成せなかった僕がここに来てから…転生してからは少しはマシな人間になれたなと思う。



エンリを召喚した事で、終始振り回されたりもしたが何も無かった僕に目的というものが生まれた。


…そこで色んな事があって、自分のするべき事が出来た。世界を救う為に奮起してこうして、今…ここにいる。


そして、忘れたくない記憶が出来て約束も…。


だから…もう。いいよね。


——!!


ぼんやりとどこからか青年が何かを言っていたり、轟音が聞こえたりするが…今はそんな事はどうでもいい。


僕の側にいる彼女の方が…よっぽど重要だ。


「…羅佳奈。僕…好きな人が出来たんだ。」


『……』


目が血か涙で滲んで…顔はよく見えないけど。


「だから。使うよ…羅佳奈との思い出を。」


僕が持ち得る最大で…最強の記憶を。


「でも。ここまで、僕を生きさせてくれたのは羅佳奈のお陰…だから。ありがとう。」



『ククク…恋人か。それは実にめでたいな!!次があれば是非とも、このアタシにもその彼女を紹介してくれたまえ…きっと、我が友にふさわしい優しく可憐な女性なのだろうからな!!』



(もしも本当にこの場にいたらきっと、こう言ってくれるんだろうな。)


僕はゆっくりと起き上がって、闇からアンの巨大メイスを取り出すと、何故か白く透き通った長身の刀に変化していた。


当時の僕はその変化に何の違和感も抱かずに。


羅佳奈を…僕の輝かしい青春を刺し貫いた。



……



もう止めを刺してやろう。そう思った途端…何者かの気配がして、大剣を向けた。


「…物騒でありますよ?人に武器を向けるなんて。吾輩は人ではなく船でありまぁすが…ナハハッ。」


「…っ、」


一般人なら花や動物に変貌するこの世界において、容器に手を突っ込みボリボリと何を食べている男にぼくは反射的にその異常者を殺そうと動いていた。


「装填…距離およそ15000km…空間座標固定。副砲『無鉄砲弾』撃てでありまぁす!!!」


上空から爆音が聞こえて、鉛色の岩の様な何かが僕に向かって物凄い速度で放たれていた。


「何!?」


男から距離を取ってそれを辛うじて切り捨てて、空を見上げるとそこには…


「ナハハッ!!!吾輩の艦隊を持ってくるだけ持ってきて、優雅に楽しく傍観しながらポップコーンとかボリバリしてまぁしたが…普通に見てられなかったので。親友が起きるまでは…」


「……だから。ありがとう。」


「うわぁ!?起きたでありまぁすか!?!?あわわ…バイバイでありまぁす!!!!」


男はタマガワ ヤスリが起きた途端に、焦って何処へ走り去って行った。


「…………あの制服。どっかで見た事あるなぁ…何だっけ…まあいいか。あの…。」



———ここは何処で…お前は誰だ?



「……は?」


「うわ…僕の服ぐちゃぐちゃじゃん!?お前がやったのか?」


「…君。まさか記憶がなくなったのか?」


「?あーそんな感じかも。えっと…名前、教えてくれないかな?」


「…アマス=ラナドだ。」


「ラナド君ね。僕は…あ!タマガワ ヤスリって言うんだ。思い出した…確かアンと約束してたんだ良かった良かった思い出せて。なら早く倒してアンの元に…戻らないとな。」


タマガワヤスリの顔が歪んだ瞬間…ぼくは強烈な殺意を感じで、反射的に宙へ飛んでいた。


——汚染ポルゥテ


ジニヌ帝国全土に闇が発生していく。ぼくはデウス様から授かった白き翼で離脱を試みるが…


「あ、ががぁぁあ!?!?」


翼が闇から出ている重力でへし折れ、急速に地面へ落下していく。それでも…一矢報いるべく、最後の抵抗をしようと大剣を構えるが、その時…聞き覚えのある声がした。


——亜光速艦『残火のこりび』…彼を助けるでありまぁす!!!


……



気がつけば、部屋の中にいた。


「起きたでありますか!」


「……ここは。っ。」


ぼくは飛び起きて、男から距離を取った。


「何故助けた!!!」


「助けた理由は…えー、特にないであります!!!本当に偶然…船で帰ろうとしていた時に落ちているのが見えたでありますから。大剣はベットの下でありまぁすよ。」


ぼくは警戒しながらベットの下を確認すると、大剣がちゃんと置いてあった。


「ここは吾輩の手足の一つ。亜光速艦『残火のこりび』の機内でありまぁす。移動手段として、めちゃ便利ィ〜であります。」


「…待ってくれ。何処へ行くんだ?」


部屋から出ようとする男にぼくは声をかけていた。


「何処って…吾輩の親友を助けにでありまぁすが?このままじゃ…親友でなくなってしまうでありますから。一度、安全区域まで案内するでありまぁすからここで待っていろであります。」


扉がガシャンと閉じられた。ぼくは大剣を眺めながらベットに座る。


……どうあれこのまま行けば、タマガワ ヤスリはあの男によって…助け出される。そうなる前に、ぼくが殺さなければならない。


ぼくは…デウス様へ恩義がある。ある日。自身に対する無力感や失意で沈んでいたぼくの事を優しく励まして…力を与えてくださった。


だから……デウス様の期待にだけは、応えなければならない。


「……」


でも。ぼくはタマガワ ヤスリに、まだあの時の事への借りを返していない。それが無くならない限り…ぼくはずっと、こんな些事を引きずってこの先も生きていかなければならない。


嫌すぎる。あんな奴…さっさと忘れたいのに。


「……」


何よりもランページ王は何故…優秀なぼくではなく、凡人であるタマガワヤスリに魔王討伐を任せたのですか?力勝負でも、知識勝負でも…絶対に勝てるのに。


その場にいなかったから?いいや。ぼくの事が嫌いだったからに違いない。ぼくの優秀さに嫉妬でもしたんだろう…あのおいぼれは。


だからランページ王はデウス様によって殺された。ぼくを選ばなかった…これは罰だ。


「……」


また…最期に立ち会えなかった。



ぼくを愛してくれた両親。


仇だったタイタン。


パーティの仲間達


養子に迎えてくれたランページ王も。



——皆。ぼく1人を残して…勝手に死んでいく。言いたい事やしたかった事も…沢山あったのに。


(……いいのか?)


また他人に判断を任せて、惨めに泣いてうずくまるのか…ぼくは?



大剣に反射して見えるぼくの表情は…既に覚悟が決まっていた。



「……なら。」



ぼくはもう、迷わない。


だって…


「ねえ…君、このぼくも特別にそれに協力してあげるよ…タマガワ ヤスリの戦闘方法は、元魔王であった男と戦っている姿をずっと観察している。だから…力になれる筈だ。」


「…手伝ってくれるでありますか!!!」



——ぼくは、優秀だから。


……



目的は、タマガワ ヤスリの中にある…諸悪の根源の切除。


「3.2.1…全艦、撃てぇーーでありまぁす!!!」


「行くぞ!!」


作戦内容としては…


①男が保有する船の一斉射撃で、ジニヌ王国全土の闇を地表ごと物理的に破壊…間髪入れずに、安全になった地面に着地する。


「…ラナド君、ここにいた…」


②捕捉されたら黄色い塗料で塗りたくった大剣を、魔眼が作用しない遠距離からタマガワヤスリに向けて投擲。


「…っ!!」


③『監獄ジェイル』で弾かれた場合、ぼくはタマガワ ヤスリから全力で後退。


座標認識完了…魔改造戦艦『大和六号』


制限リミッター…解除。


「後は任せたでありますよ…」


④制限が解かれた『玉砕キャノン』で遥か上空から『監獄ジェイル』を砕く。


⑤大爆発で発生した膨大な土煙で撹乱しつつ、タマガワ ヤスリの背後に回る形で接近開始。玉砕キャノンと同時に射出した大剣の側に刺さっている物を回収。


——作戦開始直後の会話


「…これは、ナイフか?」


茶色く赤と黒で気色の悪い紋様が彫られたナイフを見て顔を僅かにしかめる。


「ノンノンであります。これは『香川』に僅かに残されていた媒介を面白半分でちょちょいと形を整えて作った『対呪必殺分離兵器』…!!!」


「長い。」


「な、なら略して…『伊邪那岐イザナギ』でいこうでありまぁす。異質な武器でありますから、気づかれないように『玉砕キャノン』を撃った瞬間にそのキラキラしてて目立つ大剣へ射出するでありますね。」


「君さ。この塗料…後でちゃんと取ってくれよ?この大剣は…とても大事なものだから。」


「……♪」

 

(イラッ。)


「ねえ、君…もしぼくが———」



……くくっ



⑥ 『監獄ジェイル』がないガラ空きの背後からタマガワ ヤスリを伊邪那岐イザナギで突き刺す。


それで作戦は終了…かに思えた。


「…?ぶっ…」


背後に回って刺しに行く直前で、ぼくは自然と倒れていた…そりゃあそうだ。


両足が膝まで無くなっていったのだから。


「『腐朽コロゥジョン』を地面に張り巡らせてみたんだ。もう動けないね…ラナド君。」


観察していた際には一度しか使わなかったのに…痛覚すらも感じさせずにこんな芸当が出来てしまうのかと正直、呆れてしまう。


金色の瞳がぼくを捉える。これで…生殺与奪の権利はタマガワ ヤスリに握られた。


「…さようなら。ラナド君。」



……ザクッ



「…ぇ?」


「…負けだ。初級の分身魔法すら見破れない…君こそが。」


倒れていた分身が消失して…背後から伊邪那岐イザナギで刺した本物のぼくと刺されて倒れたタマガワ ヤスリだけが残る。


こうして…一騎打ちの決着がついたのだった。



……



ぼくは倒れているタマガワ ヤスリへ伊邪那岐イザナギが溶けるように彼の体に溶けていくのを眺める。


(今なら…確実に止めを刺せる。あの男がここに来るまで…時間もある。)


そう。全ては…デウス様のために。落ちていた大剣を右手で拾おうと…つい笑ってしまった。



「後一手…このぼくが、足りなかったか。」



右手は錆びて動かせず…左手に至っては肘から下が消失していた。倒れる間際に、彼の目を直接視てしまったからだろう。


呪いは体中に伝播する。肉体が赤黒く爛れ、溶けて、錆びて、腐って、石化して、砂と化していく……


(勝負には勝てたけど…戦いには負けた…か。)


血を吐きながら残った魔力で辛うじて分身魔法を使用しタマガワ ヤスリの腰につけていた、赤いハンカチが巻かれたダガーを持ってこさせ…


「…んぐっ!?」


ぼくの口の中に押し込み、吐きそうになりながら力ずくで飲み込んだ。


(………これで、おあいこだ。)


タマガワ ヤスリを生かし…


デウス様の害する神器を没収した。


これなら…タマガワ ヤスリにも借りを返せて

デウス様が恐れていたものをなくせる。


「…これで…これで……」


——いい。


…⑦両足がなくなり倒れるぼくを…命令通り、分身が持って来た巨大な岩で押し潰す。


これは墓標ではない。全てにおいて優秀であったが故に、死ぬ間際までずっと、一体どちらにつけば、誰もが…否。満たされない自分が幸せになれるのかと考えに考え、生まれて初めて自分の意志で選んだ末の……結末だ。



……



目を開ける。確か僕は…羅佳奈の記憶を使おうとして…


「…ん!?、おぇぇぇぇ…」


突然の嘔吐感に驚き、吐き出してみると…小さな黒い塊が出てきた。


「これ、……っ、まさか…『非情クルゥエル』」


特に何も起きない。どう見ても、『盆陣』で持っていたものであった物である事には間違いない。


(なら…もう一度食べれば……)



——それ以上はやめておけでありますよ。


食べようとする直前に、前方から声が聞こえて驚いて顔を上げた。


「っ!?…その制服。僕が通っていた高校の…」


「ナハハ。長野原ながのはら 大好おおすきであります。初めましてではないでありまぁすが…まずは無事で何よりであります。」


そう言って制服姿の男…長野原君(?)は笑った。


「話は後で長々しく話すでありまぁすから今は…何も言わずについて来いであります。」


僕はポケットに種を入れた。


「あの。確か、僕はここであの青年と…」


「だから黙るでありまふ…んんっ…あります。」


(…噛んだな。)


しばらく僕は大人しく黄色い大剣を引きずっている長野原君(?)の後ろを歩いていると、いつの間にかどこかの個室にいた。


「…え、ええ!?さっきまで僕、地上を歩いていたよね?」


「約束通り、吾輩がこれから親友を運ぶでありまぁす。」


驚いて軽くはしゃいでいた僕だったが、長野原君(?)の言葉を聞いて……沈黙する。



これから行く場所はソレニ村跡地。



——そこに。デウスがいるであります……と。















































































 
































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