33話 彼女の口づけは燃え盛る◾️の味

性竜…否、聖竜が地に落ちるのを眺める。



娘………あの小僧を助けるか?それとも…



「逃げませんよ…私は。」



メイスの持ち手をギュッと握る。



なら早くするといい。あの小僧。このまま戦えば………死ぬぜ?


「…久しぶりに喋りましたね。何か理由があるんですか?」


カカッ。さてなぁ…儂にもよう分からん。しいて言えば…あれほどに殴り心地がいいサンドバッグを失うのは勿体無いなと…ふと思っただけだ。お前は、あの男をどう思う?



『いえいえ、誘拐犯だなんてそんな…僕は巨乳で熟女の方が好きなので、少女を誘拐だなんて有り得ませんね。』



「…少女誘拐犯の疑惑があり、初対面の私に性癖を暴露した…変態です。」


へぇ。儂の中では…英雄だったと記憶してるが確かお前の父を殺した魔物を倒したとか言ってたか…儂に言わせるならその気持ちは間違いなく……っと。これ以上は無粋か。



私は一歩足を踏み出す。



儂は武器。持ち主に勝手に使われるのが使命。


だから…お前はお前のしたい事をしな。お前の父や儂を作った奴のように。もしも道半ばで果てたなら…それが運命じゃぜ。


「運命…ですか。なら…私もそれに身を委ねます。その果てに……事になったとしても。」


そういう所…創造主とそっくりでぶっちゃけイラつくが、伊達に子孫なだけある…か。ならもう…儂は何も言わん。武器らしく今の主の敵を滅ぼすだけだ。



それ以降、メイスから声が聞こえなくなった。口元から流れる血を手で拭って、改めて覚悟を決めた私は、彼の元へと走る。


……


「おいらに対する数々の罵詈雑言。そして翼すらも…うぐぁぁ!?!?話の途中でありんすよ!!!」


落下した衝撃でミンチになった僕は即座に体を再生させて『ソォン』を発動。平原に残存する花々を操り、その巨体を束縛する。


「束縛プレイの感想はどうだ!!このまま縛り上げて…色々と吐かせてやるよ!!!」


「苦しいですがこの異様な心地よさは一体…?汚らわしい……忌々しい!!!」


ツルを力技で引きちぎり、鎌からレイピアに変えた僕に迫る。


「…っふ。」


「あ…あひ?」


僕は前方にスライディングを決めて、セクロスの左足にレイピアを突き刺して、訳も分からず転ばせた。


「…か、感覚が…くぅ…立てないでありんす!?何故?どうして!!!」


『チクッと感覚なくなるヨンッ( ^ω^ )』の力だ、ざまあみろ(笑)!!!お前が無様に転ぶ姿はお笑い草だぜ、はーはっはっは!!!



……って。笑えればよかったなぁ。



「ぐ、ぐるじい…!!どけよ、セクロス…なんで、僕を押しつぶすんだぁ…」


「いや。転ばせたのは貴方では?おいらのせいじゃないでありんす。」


そう言ってセクロスはニヤリと笑う。


「ですが好都合。…ゼロ距離で貴方に私の『異端者粛正ブレス』を当てれるいい機会でありんすぇ。細胞の一つも残さず消し飛ばしたら、きっと死ぬでありんしょう?」


「そうかもな。でもお前の顔の位置的に無理…っ!?」


首がろくろっ首みたくビヨーンと伸びて僕に向かって口を開けた。


「…えっーと。それだと、自分も焼き尽くすんじゃないか?うん。やめておいた方がいいんじゃないか?」


「今のおいらの肌は生半可なブレスや魔法は効かないでありんす。よって心配無用でございます故…貴方は安心してここで消えなさいな。」


僕は魔眼を発動しようとするが…頭蓋を抉るような激痛で血涙を流した。


「……うぐ。」


真っ赤な視界の中、口の中に白銀の炎が凝縮されているのが見える。このままだと…僕は。


(…まだだ。エンリの力はこんなものじゃない。打開する手段は僕の手のひらの上にある。でも、この記憶だけは…羅佳奈との日々だけは。ひとつも忘れたくないよ。)


棚に上げて散々、サビに言ったとはいえ、こうなってしまう自分に我ながら情けないなと苦笑いを浮かべて…目を閉じた。


「喰らいなさい…異端者粛正ブレ…ぶぉ!?」


バッキーン!!!


……



体にかかっていた重圧がなくなり、いつまでも攻撃が来ない事を訝しんだ僕は目を開けた。


「聖竜の後頭部を力一杯に砕いてぶっ飛ばしました。とはいえまだ生きてます…早く立って下さい。」


「あ…アンさん…?っ、イダダダダダ!?!?!?」


僕の髪を掴んで、無理やり立ち上がらせた。


「色々とタマガワさんに聞きたい事はありますが今は一旦…休戦しましょう。まずは聖竜をなんとかしないと、ソユーの町が滅びます。」


「その前に僕の毛根が滅びますよ!?離して下さい…!!!じ、自力で立てますからぁ…!!!!」


メイスを持った彼女……アンさんは僕の髪から手を離した。


「私の記憶の中ではタマガワさんの髪色は赤茶色ではなく、黒色でその眼の色も…エンリちゃんを彷彿とさせますが正直、前の姿の方が好きでしたよ。」


「……。」


僕は気まずくて目を逸らす。


「えー…あの時。色々と暴言を言ってしまい…申し訳ございませ…」


「っ、すいません!!」


アンさんがメイスを離して、僕に飛びついて枯れた花々の上に押し倒す…その上を白銀のブレスが通過して行った。


「…無事、ですか?」


「はい。なんとか…アンさんのお陰で。」


「なら良かったです。」


お互いに黙り込んで、変な空気になってる事を察知した僕は先に先手を打った。


「そろそろ。どいてもらっても…」


「…そうですね。私…重いでしょうから。」


「え?いや…全然重たくないですよ…ええ。」


「ギルドの屋上から私が落ちそうになった時は…重いと言っていましたよ?」


(ギクゥ!?)


「それはあの時、アンさんがメイスを持ってたからで………ぁ?」


ん、んん?待って。待ってくれ…頭が追いつかない。何が起きた?いや、そうじゃない…なんで……そんな状態になってでも…僕と一緒に…



………



自身の感情に従って、目を泳がせていた彼の唇を奪った私は、少し恥ずかしくなりながらもなんとか笑みを浮かべた。


「私はタマガワさんの事が好きです。」


「……。」


いつだって優しい所も、弱いなりに抗おうとする所も…たまに暴走して熟女好きな変態に成り下がる所も…今は全部が全部…愛おしい。


「そ、その…き、きっかけは……」


「結論から言えば一目惚れです。と言ったら、笑いますか?」


「……笑いませんよ。」


「そんなあなたは最初は…ただのセクハラ野郎でした。」


私は若干、名残惜しいと思いながら起き上がり、迫り来る複数のブレスを、町に行かないようにメイスで方向をズラす。


「でもあなたはそれで終わらなかった。落とした冒険者カードを拾った時、タイタンを…お父さんを殺した魔物を倒してくれた…私にとっての英雄になりました。」


彼も起き上がって、それに加勢する。


「聞きたい事も聞けずにずっと気になっていたのに、いつまで経っても戻って来なくて…いざ帰って来たらボロボロになってて、アマス王国の王子に呪いをかけたとかで、指名手配されて…私が裏で手を回さなければ…本当に、どうなっていた事か。」


「その節は…どうも。ごめんなさい。」


「弟の手紙でアマス王国に行った事は知っていましたが…その結果、アマス王国やジニヌ帝国といった国家が崩壊して、今や人や…魔物や魔族すらも滅亡寸前まで追い込まれる始末。私の生意気な弟…ポースも戦死した。そうなのでしょう?」


「……はい。」


ブレスを防ぎ切った後、私は彼にメイスの先端を向けた。


「だから…責任。取って下さい。」


「…え?」


「どこからどう見ても、大戦犯で弟を死に追いやったそんな駄目駄目なあなたの事を私は、ずっと側で支えてあげたいと思わせた事にです。」


求婚にしては重苦しかったかなと少し後悔しそうになった時、彼は私を顔を真っ直ぐに見据えて言った。


「僕…実は片想いをしてる子がいるんです。」


「……」


「でも…告白したら僕はきっとフラれる。僕よりもよほど優秀な人が彼女の側にいるから。」


彼は右手にはめていた紫色の宝石が埋め込まれた指輪を外す。


「正直、僕はアンさんよりも…彼女の方が好きだ。その想いはきっと変わらない。未亡人な熟女も大好きなクズ野郎だけど。」


そして片膝をついて、指輪を差し出した。



「そんな僕の事を…愛してくれますか?」



私は手の平に乗せた指輪を受け取り、左手の薬指にはめた。


「…はい。片想いの彼女さんや熟女の未亡人なんかよりも…私を好きなってもらえばいいだけですから。」


「あはは。尻に敷かれそうだな…これは。」



そうして、また口付けを交わした。



「にしても、初めての共同作業がセクロスをぶっ潰すとか幸先悪いなぁ…あれ、アンさん恥ずかしがってます?」


「い、いいえ…その、アンでいいですよ。私はヤスリと呼びますから……ダメでしたか?」


「いいや、全然!!そんな事ないですよ…アン。」


「もっとくだけた感じでもいいですよ…や、ヤスリさん。」


「あのー。さん付けになってますよぉ?」


「………ヤスリ。煽っていいのは、殴られる覚悟がある人だけですよ?」


「…っ!?調子乗ってごめんなさい!!」


「………バカ。」


「…?何か言いましたか??」


「何でもありません。私が先攻してつゆ払いをしますので…その後ろをついて来て下さい。」


ふと指輪を眺めて、にやけてしまった顔を隠すかのように私は彼の前を走る。


(お願い。もう少しだけ…このままで。)



………



…個体が増殖するのは見ていて心地の良いものではありませんね。以後、それを禁じます。



あ?ふざけんなよ…それはおいら達、竜を…生み出した彼女への冒涜だ。



今後の新世界において…はい。デザインも一色に統一しましょう。濁った白とピンクの斑点模様なんて…見ていて不快になりますから。その下品な顔も舌も…性格も記憶も全部。新しいものに変えましょう。



……やめろ。やめてくれ…それだけは…



———嫌…だ。


……



「…おらぁ!!」


「……また、感覚が!?」


レイピアがセクロスの右足を貫き、隙を生み出す。そこに


「はぁ!!」


「ごはぁーー!?!?」


アンが胴体から生えていた複数のセクロスの顔をメイスで抉り取るように砕いた。


「いいね!流石は僕のお嫁さんだ…やっぱりパワーが違う。」


「…いいから戦いに集中して下さい。」


セクロスの尻尾から顔が生成されて、ブレスがアンへと放たれるのを、僕は『非情クルゥエル』で軌道を逸らして防ぐ。


「ちゃんと集中してるって!…無事ですか?」


「…はい。でも爪が甘いですよ。」


軌道を逸らした筈のブレスが曲がりくねって、僕の方へと飛んでくる。このままだと焼かれて灰になってしまう。未だにエンリの不死性がどこまであるのかが分からないからあんまり、攻撃は受けたくない…なら、また『魔眼』で…


「…え、うわっ!?」


そう思って使おうとする寸前で、メイスが割り込んで力技で地面に叩き潰して打ち消した。


「本当に…私がついていないとダメですね。ヤスリさんは。」


「あはは。否定出来ないなぁ…」


その姿を憎たらしそうに歯噛みしながら見る傷だらけのセクロスに、僕は中指を立てた。


「どうだ。これが夫婦の力だ!!」


「…っ。まだ正式に式は挙げてませんよ!?」


「うぁぁあ!?!?!?ふ、ふ、ふざけないで下さいよ。こんな変態共に、おいらが…負ける?そんな筈がないでありんす!!!」


傷だらけの肉体がぐちゃぐちゃと変貌する。


「…アン。ぼ、僕の後ろに下がってて。」


「いいえ。私が守ります。」


アンはメイスを強く握りしめ、僕は大量の記憶を消費して『汚染ポルゥテ』を発動しようとするそんな時だった。



——すいません。ここは任せてくれませんか?



その声を聞いた僕は、突然現れた人物へ今にも攻めかかろうとするアンの手を掴んで、首を横に振った。



……



蛇のような無数の顔が僕の体を噛みつき喰らう。それでも…僕の足は止まらない。


ブレスも避けない……それでいい。鉈もいらない。


僕は失敗作として、産まれた時からずっと逃げ続けた。


エクスちゃんの言う通り。親から逃げ続ける日々に…決着をつけないと。


食事が大嫌いなお父さんの為に料理の腕を磨いたけど僕の結末を考えれば、それは無意味だったのかもしれない。



「……お父さん。食事が出来ましたよ。」



でも。最後に言おうと思っていた言葉が言えた。だからもう…充分だ。


お父さんのお腹から乱杭のような丸い大きな口が開かれていき…無抵抗のままに捕食されて、僕の意識は途切れていった。


……


『異世界アリミレ』に向かう道中のグラ様との会話の一部。


「鑢さん…お願いがあります。」


「……何ですかグラ様?」


階段を降りる途中で僕は振り返った。


「セクロス…お父さんを何とか助けられませんか?無理は承知の上です…それでも。」


「え?いや、それはグラ様がやった方が…効果的なのではないでしょうか…認めたくないですけど、その、親子…なんですよね?」


「そうですけど…失敗作の僕には、そんな資格。ありませんよ。」


……


僕はグラ様が食われた事で大きな白い卵のような形になった…セクロスを見つめる。


「グラ様……やっぱり僕が言った通り、自分でちゃんと、出来たじゃないですか。」


「——ヤスリ。」


アンに言われて、僕は後ろを振り返る。そこにはあの時みたいに、蒼い大剣を片手に持ち、白いマントをたなびかせている青年がいた。


「…タマガワヤスリ。ぼくは君を過小評価していたよ。まさかデウス様が見出した4人の使徒の内…3人を始末したのだから。」


「3人?僕は2人としか戦ってないけど…?」


「だから消耗しているデウス様に代わりに、ぼくが君を殺そう。」


「あの…僕の言葉はスルーですか。」


「…だが。」と青年はアンを見て言葉を区切った。


「ここで戦うつもりはない。無駄な被害を起こしたくはないからね。場所は…ジニヌ帝国跡地。そこで、出来なかった一騎打ちをしようじゃないか。」


「…僕とお前で…一騎打ち?それに何のメリットがあるんだ?」


青年は話を続ける。


「もしもぼくに勝てたら現在デウス様がいらっしゃっる場所を教えよう…知りたいんだろ?」


「僕が負けたら…どうなる?」


「使徒に与えられた目標は…『君を殺す事。』その目的を果たす事ができ、我々の理想が詰め込まれた新世界が創り出される。」


「…なるほどね。」


(そりゃ、そうだよな。でも…アンは)


僕が不甲斐なさすぎるから、心配になって反対するかもしれない。でもアンは納得したように頷いた。


「そうですか。なら私はここで待ってますね。その方がいいでしょう?…ラナドさん。」


「…はい。」


「アンさん…!?いや、あの…一騎打ちなら審判の人とかいた方が…」


アンはクスッと笑って、僕の頬をつついた。


「ひゃっ…え、アンさん?」


「ぁ…いえ、ヤスリが可愛くって…つい。でもいいんです……これ。持って行って下さい。私からあなたへの贈り物です。」


アンから巨大メイスを手渡された。重い…両手で持たなきゃ、上手く扱えなさそうだ…僕はそれを闇の中に収納する。


「私はここで、ずっとヤスリが戻って来るのを待ちます。全てに決着をつけれたら…また、この場所に来て下さいね。そうしたら、一緒に色んな事をしましょう?」


「ぇ!?……い、色んな事っ…て!?!?」


「楽しみなら、この約束…守って下さいね。」


「……約束。」


僕は右手の小指をアンの前に出した。


「それは…?」


「『指切り』です。僕がいた場所では約束をする時にはよくやるんですよ。はい…アンも出して出して!!」


「…え、ええ。」


そうして、僕とアンの指が絡み合い…


「指切った…っと。その約束。忘れないで下さいよ。僕…今からでもちょっとワクワクしてますからね!?」


「ふふ…忘れませんよ。だから…無事に生き…いいえ。」


アンは軽く咳き込んでから、微笑んだ。



——エンリちゃんとカオスちゃんも連れて…ここに戻って来て下さいね。



その後。僕は終始、空気を読んでいてくれた青年と共にジニヌ帝国へと向かう。アンは僕の姿が見えなくなるまで。ずっと笑顔で手を振ってくれていたのだった。










































































































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る