32話 錆と鑢 下

たとえ記憶が消えていこうが、体が溶けるように…焼けるみたく熱かろうがこれは決して…消える事はないだろう。


あの時の彼女の泣く姿を…そしてその叫びを。


(…お前のせいだ。)


もし、お前がもっと典型的な悪役だったなら…僕だって容赦しなかった。慈悲もなく問答無用でサビを倒して、願い叶えて皆生き返らせてハッピーエンドで終われた。


でも、お前を倒したとしても背後には…まだデウスがいる。どの道ここで、楽な選択を取ろうが意味がない。盤上ごとひっくり返されて終わるオチが見える見える。


(は……ははっ。)


本音を言えばそんな理屈はどうでもいい…僕は今、生まれて初めて人型の同性に対して、猛烈に怒っているんだ。


「何もかもから目を背けて、勝手に遺書を書くだけ書いて…満足して死にやがった自慰野郎。死ぬ間際に考えなかったのか?残った皆がどう思うのかを……羅佳奈の事もだ。」


「…っ、貴様こそ自害したのだろう!?!?」


僕は一歩、サビに近づいた。


「っ、ああそうだよ!!!でもな…僕はお前と違って、羅佳奈の中では思い出としてまだ生きてるんだ。」


「…は…ぁ??…何を言い出すかと思えば、」


「教えてやるよ、僕はな……っ。」


熱い…痛い…肉体が…『器』が壊れそうだ…でも…まだ、耐えてくれよ。


「…僕は……」


——ザザッ


20◾️◾️年 クリスマスイブ 朝


『…いいのかい?自分で渡さなくても。』


『いいんだ。羅佳奈には———』


『…そうかい。なら…私は止めないさ。玉川パイセンのやりたいようにやりなよ。』


雪が降りそうな空…その帰り際に、最寄りの商店街でロープや大量の生地や糸といった裁縫道具を買ってから、自宅へと戻る。


『……ふぅ。』


夜。僕は長年の相棒であった裁縫セットを机に置いて、一枚の書き置きを残し…鍵をしめてポストに隠し雪がしんしんと降り積もる中、バック片手に駅へと向かった。



今、思い返すと…あの演劇部の後輩はどこか…鬼魅と似ていたような気がする。なんでか顔は朧げで、よく思い出せないけど…確かに覚えている事があった。


「あの日。初めて……羅佳奈に嘘をついた。」



——自分探しの旅に行って来る。



人を騙す行為はいけない事だと分かっている。でも…悲しませたくない。迷惑をかけたくなかったというこの気持ちは…決して、間違いではない筈だ。


「『だとしても我と同様に、逃げた卑怯者である事には変わらない』って言いたそうだな。」


「……」


また一歩、踏み出して…僕は苦笑いを浮かべながら言った。



「人の事はそんなに言えないけど、お前…まだ、羅佳奈の事が好きなんだろ?」



………



「羅佳奈の性格上…プレゼントを貰ったら確実に本人に会って感謝を伝えに行く。」


——聞こえない。


「2年間も一緒にいたんだ。それを分かった上で、お前は…利用した。」


き、こ、え、な、な、な…


「遺書の内容は、大方…」


「…黙れ。」


「羅佳奈への愛の告白。その目的は、彼女がお前の事を生涯、忘れられないようにする為…とかなんだろ?」


もういい…殺す。会話するだけ無駄だった。


「分かるよ。僕も…一度はそうしようかと考えたから。」


「っ…な。」


殺そうとした筈なのに、体が言う事を聞かない。


「だってそうだろ?僕とお前は並行世界とはいえ…同一人物なんだ。」


「……。」


「あの場でお前は…本心のままに行動した。僕はさっさと彼女の思い出になろうと…楽な選択を取った。癪だけどお前は……凄い奴だ。」


男は僕へと一歩また、近づき…そうして、触れ合える距離まで来ていた。



………



何度だって言おう。サビは…『タマガワ ヤスリ』は凄い奴で、お前こそが…英雄だと。


最後の最後で羅佳奈への本心をさらけ出し、きっと1人で、並行世界の異世界アリミレを攻略して……だから…僕は許せなかった。



——ビビリな僕みたいに、お前が彼女の返事から逃げている事が。


「…だから。サビ…っ、げほっ、ごほっ……」


激しく吐血しながら、僕は…無抵抗なサビの胸に左指を当てる。


「返事……聞いて、こい…『悪夢ナイトゥリーム』」


そのまま電源が落とされた家電のように、僕は倒れた。



………



気がつくと、僕は誰かの部屋にいた。


「……っ!?」


いや嘘だ。この部屋が誰の部屋なのかは一瞬で分かった。


「……むにゃむにゃ…クク…世界を統括して…え、えへへ……」


ここは羅佳奈の部屋だ。来た事こそないが、その証拠に、僕の下ですうすうと寝ているではないか。


——あ、あれ?これ…バレたら不味くね?


「……。」


僕はあの男の事を心底、恨みながら冷静にベットから起き上がろうとしたが…


「…はっ!唐突に閃いた!!」


「がっ!?」


頭突きを喰らいベットから思いっきり転がり落ちて…その衝撃で、うさぎの仮面が落ちた。


「…ククク。我ながら天才的だ……ん?我が友…何故ここにいるのだ?お盆には早すぎる気がするが…ま、まさか幽霊…な訳ないか。」


「…っ、羅佳奈…僕は…」


「言わずとも分かる…だから少し声の音量を下げてくれないか?…アタシの両親が起きると厄介だ。」


羅佳奈はベットから飛び起きて、カーテンを開けてこちらに振り返った。月明かりで、その素顔がくっきりと僕の目に映る。


「えっとさ…今、何月何日?」


「12月28日だ。昨日…我が友の葬式に参列させてもらった…我が臣下達には、この事は伝えていない。」


「そっか。その…遺書は読んでくれ…」


「読んださ。我が友…鑢よ。一昨日…夢を見たのだ……卒業式後の事を。」


涙が一筋。羅佳奈から零れる。


「夢の中の出来事故…当たり前だろうがそこで出会った我が友はアタシからみても少し…会話のズレがあったがな。」


(そうか…その時にあいつと。だから……)



——僕を殺さずに、最後は会話で解決しようとしたのか。



「アタシは…」


あの男が作ってくれた最初で最後の機会だ…有効に使わせてもらおう。どうせ…夢として処理されるだろうから。


「僕は羅佳奈の事が好きだよ。」


「……。」


いつだって前向きな所とか、物怖じせずに色んな事に首を突っ込む所…失敗しても笑って、次へと繋げて行く所…僕みたいな内気な奴に付き合ってくれた所やいつも僕に笑顔を向けてくれた所……僕に生きる意味を教えてくれた事も…たまに変な行動をして周りを混乱させる所も全部ひっくるめて……僕は君の事が



——大好きだ。



「だから…結婚を前提に僕と付き合ってくれませんか?」


ああ…やっと口で言えた。文字で残すよりもこっちの方が…いいな。


(…もっと早くにそれに気づけていれば…良かった。)


全てが遅く…既に終わった物語だ。それでも…

面と向かって伝えられて…本当に良かった。


「……クク…我が友よ。」


「は、ひゃい!?」


「その告白。全て我が友の遺書に書いてあった通りか…クク。この世界を統括するべき存在であるこのアタシに二度も、同じ口説き文句が通じるとでも?」


「…あ、そ…そうだよ…な。」


「だが…嬉しいものだな。こんなにもアタシの事を想っていた事がだ。でも。それを…我が友が生きていた時に……聞きたかったよ。」


泣き笑いを浮かべて、僕に抱きつく。


「馬鹿者…どうして死のうとした?…何故アタシ達に頼ってくれなかったのだ…役に立たないとそう判断したからか…これも、アタシの落ち度なのか…教えてくれないか?我が友…」


生きている温もりを感じながら、構成された輪郭が崩れ…じきに夢の終わりが訪れる事を悟った僕は、◾️◾️の感情を押し殺して言った。


「いつか…羅佳奈が本当に、この世界を統括する日が来たら、教えてあげるよ。」


「アタシは……っ」


とても我慢できずに不意打ちで羅佳奈の唇を奪った。「ヒャハー!!!ざまあ見ろ。ファーストキスは僕が頂いたぜ。先輩舐めんなよ生徒会長!!」という達成感と、「やべえ勢いでやってしまったぁ!?…ついに犯罪者の仲間入りかぁ。」という罪悪感や諦観を何とか隠して、突然の事で状況が全く飲み込めずに、あたふたする可愛らしい羅佳…後輩に小さく微笑みかけた。


「ク、クク…フ…ハハ…今、アタシは…我が友に…キ、キスを…」


「遅れたけど、誕生日おめでとう。そして…」



——生徒会長の彼と…お幸せに。



皮肉な事に、その別れの言葉はもう1人の自分と同じ台詞なのだった。



………



このまま◾️◾️◾️の刺客として…◾️◾️を刺すのは簡単だ。


でも、◾️◾️のお陰で…◾️◾️◾️と向き合う事が出来た。


その◾️◾️くらいは返させてもらおうか。


具体的には使わずに残していた◾️の『◾️◾️特権』と◾️の魔法で…何とか◾️◾️◾️と出会うまでだろうが◾️◾️させる。


残念ながら、◾️の『◾️◾️特権』は既に◾️◾️◾️に譲渡されている。だからどの道、◾️が死んだ所で世界を元には戻せない。


この先、◾️竜と◾️◾️◾️と戦う事になるだろう…◾️◾️◾️◾️に関してはもう…何者かに◾️◾️されているから、少しはマシな筈だ。


◾️◾️は少しは自分の◾️に◾️◾️を待て。◾️◾️は◾️と違って『◾️◾️』に選ばれた◾️◾️だ。それをもっと◾️◾️に思った方が良い。もっとも、無理な話だとは思うが。


……もし◾️◾️◾️ら、特別ゲストとして◾️へ招待して◾️の自慢の◾️◾️達を見せてやる。


全てが終わった後でまた会おう。


——それまでは、一旦…さよならだ。



………



『カイロス』……最後にそう聞こえて目を開けると僕は落下していた。翼を生やそうにも、体に力が入らない。このままだと僕は…地上と熱い抱擁をする羽目になる。


でも、今の僕は死なないという確信があった。痛いのは嫌だなぁと思いながら、目を閉じて落下に身を任せていると…地上か小さいながらも聞き覚えのある声が聞こえた気がした。


「タマガワさん。」


でもあり得ない。僕は拒絶したじゃないか。そう思いながら薄目を開ける。


「歯……食いしばって下さい!!!!」



…ベキィィィィィイ!!!!!!



「ギャビブゥ!?!?」


顔面から地面と衝突する寸前で巨大メイスが僕の顔面を捉えて、すごい速度で体がふっ飛ばされて無抵抗に歯とか脳漿をぶちまけながら、何度も地面を跳ねて転がった。


「…ひぇ…ひゃにふゅるんれすかぁ!?ひょひゅはぁ…僕は野球のボールとかじゃないんですよ!!!」


「…?いいじゃないですか。私を1人置いていった罰としては妥当な所では?」



グシャァ、バカァ、バキィィ!!!



「…ひ、ひゃのう…にゃんひょも…そのメイスで殴らないでくれま…」



ブチャ…ブチブチブチ、グチャァ…



「ひ、ひたふぁぁぁ…っ!?目、目がぁぁあ!?!?素手で舌とか引き千切るのも無しですよ!!!もしかしなくても、すごく怒って…」


「…あむ…ん。不味いですね。」


「右目食べたぁぁ!?汚いですってアンさん!」



バゴォォン!!!



「ご……ごひゅ…ぅ…内臓が…ゴボッ…」


「さっきの質問に答えますね。私は今…とても怒っています。何故だかは…分かりますよね?」


僕は冷静に記憶を辿り、見事その答えを引き当て…たかった。


「えっと…愚かにも僕がアンさんに暴言を吐いた事…」



グシャア!!



「……………ではなくて、ですね…えーと。あの状況だと僕としてはぶっちゃけアンさん、邪魔だったから逃がそうとした所が癇に障っ…」



ビチャビチャ…



「ひ。…れっ、れっとぉ…ん、カオスひゃんの事とか、ですか?…確かに僕が、ちゃんと面倒を見れてなかった所は問題でし」



ゴシャア!!



(だ、駄目だ……何言っても的確にメイスで頭をかち割られる!?しかもアンさんの目が据わっていらっしゃるし、仮に逃げようとしてもこんな状態じゃ体が上手く動かせない…っ。)


何度も思考が強制的にブチ切れながら、何とか策を弄そうとしていると、唐突にアンさんの手が止まり、空を見上げていた。



———お初にお目にかかるでありんす。



前に戦った時とは違い全身がピンク色に染まってはいるが、迷宮で僕の『主義せいへき』の全てを否定し…あろう事か、腐死ちゃんを愚弄しながらバラバラにしやがったあの声には…聞き覚えがある。


自然と肉体を再生させて、立ち上がる。


「アンさん。上でふんぞりかえっていやがるセクロスを地に叩き落とすのを手伝ってくれませんか?」


「嘘。あれが!?三大竜の一翼。性竜…セクロスなのですか…」



——いえ。その名はもう捨てたでありんすぇ。



「おいらは『聖竜』セクロスでありんす。以後お見知りおきを…と言いたい所でありんすが、貴方達は異性同士で楽しそうに過度なプレ…行為に及んでいた事を遠くから観察しておりました。」


「は、はいぃ!?私は別にそんなつもりじゃ…誤解です!即時訂正を求めます!!」


「そんな風紀を乱す異端者は…この世界には不要。よって…ん?あの男はどこに…」


「ここだぜ。変態竜…」


僕はアンさんと話している時に、こっそり翼を生やして、セクロスの背中に乗っていた。


「ぶ、無礼な!?おいらのこの美しい体に触れて…一体何をするでありんすか!?」


体をひねり、何とか僕を引き剥がそう抵抗する姿を見た僕はあの時のセクロスを真似て、凶悪な笑みを浮かべる。


「セクロス〜リベンジマッチしようぜ。今度は絶対負けねえから。だから…同じ土俵でやろうぜ!!」


そう言って僕は翼を消して闇を展開。エンリが使っていた鎌を取り出して、その両翼をエンリみたくにカッコよく瞬時に…とはいかなかったけど、切断した。


「…っ、な、なぁぁぁぁあ!?!?!?」


落下した衝撃で、平原を盛大に抉りながら花びらや土埃が舞う。



さあ。第二ラウンドを始めよう。今度は1人じゃない…たとえ風紀委員ぶっていてもお前みたいな外道には武士道精神とか必要ないだろ?



しかし情けも容赦もしない…と言ったら嘘になるが。精々…嫌々?渋々かも…まあいいや。僕はこのクソ竜に関してだけは、頼まれた事を果たすだけだ。



——それだけ覚えていればいい。

























































































































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