24話【賛美歌】老人と神殺しと再臨と…

少女が絶叫を上げた途端に、爆発的に地表から紅蓮の炎が辺り一帯を焼き尽くし、今ではすっかり灼熱の大地となった。


「…儂もその一部になってたかも知れんと思うとゾッとしますなぁ。」


そうならないようにした人物は既にいない。


髪色は紫色に変わり左胸は赤く脈打ち、斬られた少女の右腕からはマグマが絶えず血液の様に垂れ流されている。


「ほほ。明らかヤバそうですな。」


——託された裏技を使って追い詰めた小人。


——対『あのお方』用の兵器を使った魔女。


——そして、最後の最後で返り咲いて小人を立ち上がらせるまでの時間を稼いだ悪魔。


少しずつ、あのお方が来るまでの時間稼ぎの一環で、神にダメージを蓄積させていった結果が…このザマか。


「ところでこれ…儂だけハードルが高くないですかな?」


地面から噴き出る炎を避けて上から降り注ぐ氷槍を残った片手で当たらない様にいなしながら呟く。


「いい加減に…もう死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!!!」


言動も明らかに変わっているが、これはもう仕方がない事だと同情する。



何せカーマが死亡してかれこれ4時間が経過しても尚、たった1人の老人を殺せずにいたのだから。


……



——ギャレトは魔法も能力も何もない…ただの人間である。


1944年10月23日。


「石川 儀礼ぎれい…これより、祖国の為に奉仕して参ります。」


泣き崩れる両親を見ても俺は決して泣く事はなかった。


……


「石川…ついに戦地へ赴くのか。」


「おっと。石川君じゃあないか。辛気臭い顔してんね?」


皆への別れを告げ、海軍基地へと行く道中で木箱を持った佐藤零士と◾️◾️ ◾️に出会した。


「…誰だったっか……っ。思い出せない。」


「ええ!?また忘れたのかよ。はぁ…私の名前は谷口…」


「ただの阿呆だ…気にするな。」


「零士さん!?いくらなんでもそれは辛辣じゃね!?昨日、君の牛乳を勝手に私が飲んだ件はもう謝ったよね…ねえ!?」


「阿保か…確かにそんな名前だったな。すまない…暫くぶりで忘れていた。」


「…この流れ、どんだけ擦るんだよ…本当しょうもないよ……ったく。」


いじける阿呆を一瞥してから、零士に尋ねる。


「どうしてここに来た。お前達は陸軍軍人だろう?」


「餞別としてただ会いに来ただけだ。」


渡された木箱一杯に広がる牛乳ビンに困惑しながら、手に持った。すごく…重い。


「牛乳を飲んで骨を強くしろ…海上では体が鈍る。」


「ありがとう………船内で飲もう。」


「あ、私からはねぇ…じゃじゃーん。」


木箱の上に載せられたそれを見て、俺は目を見開いた。


「こ、これは…」


「士官学校で初めての合同演習をした後の写真さ。ほら、他の教官方に気づかれないように撮った…アレだよ。」


「だが、一枚しかない…大事な、」


戸惑う俺に対して、阿呆は俺の背中を叩いた。


「持っていきな。それでさ、生きて帰って来たら、当時の話を目一杯しようぜ?…他の同期も集めてさ…ね、零士もいいでしょ??」


「…それ相応の飯があるなら、行く。」


「よし決まりだ。言っとくけど、拒否権はないよ〜石川君…」


「……分かった。その時は全部俺が奢ってやる。」


2人は互いに顔を見合わせて、同時に言った。


「約束だ。」「言うねぇ。約束したからね?」


片や無愛想に、もう一方は楽しそうに、でも共通して、自身を案じているのが分かった。



「ああ…約束だ。」



——だが、その約束は守られる事はない。


1945年。8月15日…最後の特攻隊として



石川儀礼は大日本帝国の礎になったのだから。


……



気がつけば、見知らぬ大地に立っていた。


「……こ、ここは。」


所持品は着ている軍服と大量の牛乳ビンと写真のみ。表向きでは死んだ筈の彼の第二の人生がここに始まった。


……


「…いい加減に!!!」


「ひょいっと。ほほ…攻撃が単調になって来てますぞ?」



生き残っている理由は、圧倒的な戦闘経験の差があるから。小人も魔女も…悪魔ですらも。



——その分野だけは、ギャレトの方が上だ。



生きて元の世界に帰って約束を果たしたいというちっぽけな想いだけで、何千年の時を生きて地道に今日まで繋げて来た。


泥臭く……それでいて人間らしく。


「耐え忍ぶのは、儂の得意分野でして…」


遠距離では拉致があかないと気がついたらのかとうとう少女は、自分からギャレトへと接近する。



右腕は既になく、先の攻撃をいなした左腕は壊死寸前。次、攻撃に触れたら使えなくなる。


…なら、どうする?


「ぐぁっ……!?」


無防備な少女の顔面めがけて、膝蹴りを喰らわせた。そして、よろけた隙に背後に回って…


「…っ。」


内臓が焼かれる感覚で動きが鈍った。


(…っ、さっきの蹴りで…)


少女はすぐに持ち直しドロドロと垂れるマグマの手で、ギャレトの顔面を掴んで溶かそうと迫る。


このままでは死ぬ。皆に会えずこんな地で力尽きてしまうのかというそんな絶望は、近くから感じた膨大な気配で一瞬でかき消えた。


「…ほほほ。今ですぞ。」


今、少女はギャレトに夢中になって見えていない。



——ふん。雑魚共の分際でよくぞ耐えた…褒美をくれてやる。



「——砕け。割れろ。砂塵となりワシの糧になれ…幸福も平穏も、永遠すらも…等しく終わりを告げる。顕現せよ……」


呪縛永劫回帰天呪い蝕まれし、悲しき生命


『獣化』が解け、成人程に成長したエンリによって…この世界は黒く変質した。


……



気づいた頃には、全てが遅かった。


「久しいの『熱神』ミホホ。なに、偶然ワシの記憶の中にその名があってのう。」


姿形を見ても自分が知っている彼女ではない事だけは分かる。でもこの気配は紛れもなく…


「…◾️◾️◾️!!!」


「ん?誰じゃソイツは…まあよいわ。時間もないし、もう死んどれよ。」


——グシャッ


「おぐ…っぁ」


両足がひしゃげ、地面に倒れる。


「神としての権能は『どんな手段でも、対象に触れる事が出来れば温度を操作できる』か…種が割れれば存外つまらんものよな。」


背後に忍ばせた攻撃が◾️◾️◾️へと迫る。


「音として伝播、反響させた地点に氷や炎を発生させる事も無論知っとるよ。もしも、弱体化なしでスピーカーでも持っておったら…今のワシでも危なかったかもしれんな。」


——ブチャ


「ひ、ひぐぅ…」


左腕から無数に蛆虫がうねうねと這い出て、食いつぶす。


(…誰なのですか?貴女は…)


「チッ…すまんのぅ。生憎と時間が惜しい…」


右手のマグマはここに来た時点で冷えきって動かない。


「さらばじゃ。」


沈みゆく意識の中、ミホホの目に最期に映ったのは、彼女の明らかに焦燥しきった姿だった。


……



この世界全土を包み込んだそれは、一瞬で消失した。元の改造制服を着た少女の姿に戻ったエンリに我は声をかける。


「…おい。」


「………ハハ。『熱神』はワシの奥の手で沈めてやったわい。」


「…そうか。」


エンリを転生者の魔力パスで擬似的に全盛期の状態まで戻し、我が転移魔法で呼び出して上空から神を強襲する。部下の犠牲が前提の作戦…だった。


「ミン、テネホ、カーマ…っ、ギャレトを知らないか?」


「…知らんよ。ワシに巻き込まれて死んだか…或いは、ハハ…まあよい。」


エンリは俺に対して拳を構えた。


「来い。うぬはワシを殺したいのじゃろう。邪魔者は消えたから、今がチャンスじゃぞ?」


「……。」


「……ふん。その性根はどこまで行っても結局は凡人のそれか。」


「いや、我は!!!」


反論をするべく、近づこうとするとエンリは自ら我と距離を取った。


「残念。時間切れじゃ。もっと早く踏ん切りをつけさえすれば少しは戦えたものを。」


少女の背中から6本の白い翼が生えていく。


「…逃げよ。共にあの凡人に召喚されたよしみじゃからの。否…うぬの場合は過去召喚に割り込んで来たと言った方がよいか。」

「……っ。」


髪色が段々と黒く染まる。


「あの凡人ならワシを確実に殺せる……うぬとは違っての……持っていないのじゃろ?」


「……。」


「ほれ…図星じゃ。」


世界が激しく揺れる…否、喜んでいる。


「…それでも我は倒すよ。」


「ハハハ!!!あのダガーなしでどこまでやれるのか見ものじゃのう…精々、頑張る事じゃな。」


(いい加減、邪魔…出て行って。)


張り詰めた表情を見てほくそ笑みながらエンリは目を閉じて俯いた。その間、サビは接近するが…動きを止められる。


「……ただいま。私の世界。」


空は青く澄み渡り、大地は一瞬で美しい花畑へへと変わり…この世界を構成する全てが彼女の復活に喝采する。


「嗚呼…世界は幸福で満ち満ちています。そうは思いませんか?」


動けないサビの頬を優しく触れてエンリ…否、◾️◾️◾️は幸せそうに微笑んだ。



——同時刻、天界の硝子法廷にて。


「エクレール様!!!異世界アリミレから彼女の反応が…」


「理解している。だが今は動くべきではない。」


「…な、何故ですか!?裏切り者とはいえ、今は彼女の力が必要の筈…」


「血迷ったか、エクレール!!!」


「———静粛に。」


慌てる神々や天使を一瞬で黙らせた。


「この件は既に『中立神』カオス様が認知している。よって我々が手出しする事は寧ろ、大神に逆らう事を意味する……異論は?」


「ち、中立神!?馬鹿な…カオス様は忌々しい殺戮人形に殺されて…」


「いや、それはただの噂話だろ?」


「ですが、神々の殆どが殺されたというのに、姿を現さなかった事については…わたしは信用できませんわ。」


「…っ、大神の判断を疑うのかよ!!!」


硝子法廷が騒がしくなる中、エクレールは側近の天使と共にそっと席を離れる。


「……本当に行かなくてもいいのですか。カオス様に会えるチャンスですよ。」

「…いや。私はまだカオス様に会わせる顔がない。今はただ…私のやれる事をするだけだ。」


ため息をつく天使をスルーして、エクレールは騒ぎから乱闘になる前に、天使と共に硝子法廷に再度入場した。






































































































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