23話【失恋歌】恋する魔女は焦がれゆく

「…っ、離して下さい。私は…!!」


無意味だと分かっていても必死に身をよじって抵抗する。


「無駄ですぞ…もう。」


「ぁ。」


さっきまで聞こえていた戦いの音がピタリと止んだ。遠くで少女がむくりと起き上がると、パラパラと肌から氷が落ちる。


「ほほ……初めから密度の高くした薄い氷を肌に展開していたのでしょうなぁ。」


それでも左胸の部分が真っ赤に染まっていた。小人の姿に戻っているミンの体は氷像と化していて触れられたのか…そのまま砕け散った。


「…では参りますか。カーマ殿。」

「……。」


こうなる覚悟は…していた。ちゃんと決めていた筈だ。でも、私には……それが…


——耐えらなかった。


「…っ、魔法!?カーマ殿——」


気がついたら私は転移魔法を使っていた。


……




魔女は元々人間である。中でも生まれつき魔力が高く優秀な者は、異世界スウロスに集められて、子供時代から魔法の教育を受ける。


様々な魔法を同時に使えたり、緻密な魔力操作が出来たり、杖の補助なしでも難なく上級魔法を行使したり…でも。


私にはそれが出来なかった。


「…あの子、雷魔法しか使えないんですって。」

「本当に?雷魔法が使えるなら、他の魔法だって…」


私は耳を塞いで、泣きそうになりながら校舎を走った。何度も何度も…そんな声が聞こえるたびに…そんなある日の事だった。


「そこ…危ないわよ。アンタ。」

「…あ。」


階段を勢いよく駆け降りようとしてつまずき、頭から落下しそうになった体を浮遊魔法で支えられた。


「噂通りのせっかちさんね……怠け者なあの子にも見習わせたいわ。」


床にふんわりと着地して、後ろを振り返り絶句した。


ピンク髪のツインテール。髪に巻かれた黄色いリボン。それに黒いローブ…間違いない。


「今代の、精霊王…ウイ様!?」

「目が良いのね。私の『偽装魔法』を見破るなんて……でも、今はただの学生よ。」


階段から颯爽と飛び降りて、私の目の前に立った。


「つい1週間前から『回復魔法による極限まで破損した肉体の治癒』という魔法論題についてを試しているのよ。ここだと魔道具とか色々あるし……あ。校長には内緒にしてよね。バレたら面倒だから。」


「…ぁ。はい。さっきはありがとうございました。」


そう言って踵を返そうとするが、足が鉛になったみたいに動かない。


「これ…『空間固定魔法』…!?」


「マイナーな魔法なのによく分かったわね。知識もあって……よし、良さそうね。」


合格よ。そう言うと瞬き一つで魔法を解いた。


「アンタ、今日から私の弟子になりなさい。」


「は……え、ぇえぇぇえーーーーーーー!?!?」


産声以外での生まれて大声は、校舎中に響き渡る事になった。


……





階段を無言で降りる。地下にも氷が侵食されていて、雷魔法でそれを破壊して下へと向かう。


(…入口の氷がなかったのが…気がかりです。)


現在の場所は魔王城から離れた位置にある、秘密の研究所の地下施設。そこには、最近発掘された魔王城ほどの大きさの船が鎮座していた。


「まだ逃げてはいません…戦略的な撤退です。」


そんなしょうもない事を呟きながら、船の中に入る。中はそこまで広くはなく、操縦出来そうな舵やモニター。何かを注ぎこめそうな丸い穴が空いた大きな箱があるのみだ。


「……。」


私は地上の研究施設に放置されていた例のナイフを溶かした液体が入っている小瓶をその穴の中に注ぎ入れた。


見つけた時からあらゆる方法を使って動かそうと試みたが、全て失敗している。それでも…進展はあった。


——魔力を媒介にした時、一瞬だけ起動する。


かつてウイ先生が言っていた、神器級の武具の数々…強大な力を持つそれを媒介にすれば、動かせるかもしれないと仮説づけた。


だから、私の考えが正しければ…きっと。


「…うわ。」


瞬間、辺りの照明が点灯して驚く。ピコピコと変な音がしばらくの間、鳴り響いた後にモニターから文字が現れた。


「動きましたけど…読めませんね。」


困りながら後ろから気配を感じて、振り向きざまに雷魔法を放った。


「…あ、危なかったでありますぅ。危うく死にかけたでありまぁす……」


「やはりいましたか。何者ですか…入口の氷を破壊したのは…」


杖を構えているのにも関わらず、袋を抱えたまま無警戒にこちらへと近づく。


「吾輩、長野原大好ながのはら おおすきであります!!!その文字が読めないのでありますよね?」


「……え、ええ。」


「これにはエネルギーが足りないと書いてあるであります。少しどいてくれると助かるであります。」


警戒しながら様子を伺うと、男…長野原は袋から何かの液体が入った容器を取り出して穴の中に流し込んだ。


「さあ目覚めるでありますよ…吾輩の手足。」


「?何を言って…」


【出汁エネルギーを確認。言語系統は】


「万能語を採用であります。」


【起動パスコードを】


「『うどんは永遠不滅なり』でありまぁす!!!」

「う、うどん??」


【…認識完了。第一号型補給艦『香川』起動シークエンスに入ります。座席にお座り下さい。】


「ほら、座るでありますよ。」


急かされるままに、隣に座るとガタガタと機体が揺れ始める。


「上へ参りまーすでありまぁす!!!シートベルトはしっかりと、つけるでありますよ。」


「えっと、この紐のようなこれの事…キャアアアアアァァァァァァーーーーー!?!?」


私が言い切る前に飛行魔法を使って全速力で上へと飛ぶような感覚に襲われて、思わず絶叫する。


「いやっほーーーー!!!!出航でありまぁす。」


それに便乗してか、長野原は楽しそうにはしゃいでいた。


……



「…っ。」


地面から生える手の形をした氷の攻撃を全力で避けて、致命傷以外の攻撃をあえて受けながら、老人は死闘を演じる。


「ほほ…老骨には堪えますなぁ。」


——またひらいて、手をうって…


息をつく暇もなく襲い来るそれが、地響きと共に途切れた。


「…?」


少女はこちらを呆然と見つめて…否。


「…!?あ、あれは…」


日本人なら見間違える事は絶対にない。少しずつ近づくにつれて、漂う海軍時代に食べた懐かしき香り…どんぶりの形状…それは…


……


「か…カレーうどんじゃないか。」


離れた上空から観察していたサビが、驚きを隠せずにそう呟いた。


……



「浮上成功。では、認識変更機能オンでありまぁす!!!」


【了解。認識変更機能をオンにしました。警告。触媒の異常により艦内温度が急激に上昇。『南蛮』モードに移行します。】


長野原は汗を拭いつつシートベルトを外して、舵を握った。


「さあ…臨時艦長殿、これからどうするでありますか?」


「……それは、」


あまりの出来事に混乱していると…地上で戦っているギャレトの姿が見えた。


「っ…あの人物が見えますか?」


「あー補足したでありまぁす。白装束の女の子でありますねぇ。」


「あれを…この船で倒せますか?」


長野原は悩むまでもなく即答した。


「モチのロンであります!!あんな子供相手なんて、舐めプしても勝てるでありますよ。」


「ならやって下さ…」


言い切る前に私の目の前に机が出現して、その上にどんぶりと水と棒切れ二つが置かれた。


「…これ、は?」


「艦長や乗組員が『香川』の動力源でありまぁすから、運用するなら、これからずっと食べて貰うであります。名前はカレーうどんと言うであります。」


「は、え?突拍子が無さすぎて何が何だか…」


「助けたくないのでありますか?あのご老人を。」


っ……うぅ……悩んでる暇は私には…ない!!


慣れない食器で、よく分からない食べ物を咀嚼する。


「…あむっ…か、辛いぃぃ…」

「ナハハッ。吾輩も食べるの手伝うでありま…辛っ!?前よりも辛いでありますよ!?何を触媒にしたでありますか!?!?」


巨大な氷の礫がこちらへと放たれる様子がモニター上に映った。


「…ぁ。やられ…」


咄嗟に頭を抱えたその時、船に当たる直前で水蒸気となって消滅した。長野原はカレーうどんを啜りながら不敵に笑う。


「…ごっくん。いやいや、この程度で香川は落ちないでありまぁす!!!」


【当然です…ふんすふんす。】


「……」


私は突っ込まない。


「ほら食べる手が止まってるでありますよ〜臨時艦長殿。食べなきゃ、船が落ちるでありまぁす。」


「…あ、はい!!…その、こちらから反撃は出来ないのですか?」


「出来るでありますよ?」


「なら早くして下さい!!」


食べても食べても満腹にならずに途中で消える違和感や耐熱魔法を使っていても、茹だる様なこの暑さ。すぐにでもここから出たいのが本音だった。


「目標は、地上にいるあの少女。主砲、『Udonキャノン』…構えーであります!!」


【設備不良により使用不可能です。】


「え?じゃあ副砲は…」


【『Tapioca砲』及び『Ebitenミサイル』を含めた全ての兵装は経年劣化の為、使えば98%の確率で艦が自壊しますが…よろしいですか?当艦は全然構いませんが。】


「普通に駄目でありますよ!?折角見つけたのに…ここで自滅願望を出さないでくれであります!!!」


「……使える物はないのれすか?」


辛すぎて舌が麻痺してきたのだろう。呂律が上手く回らない。


【解。現状発動している『南蛮モード』や『認識変更機能』最低限の出力ですが『生命維持機能』……対艦内戦を想定した『キシメンブレード』は使用可能です。】


「……。」


氷の攻撃が迫っては蒸発していく中、現状を変える方法を一つだけ思いついた。


「ほほう。何か閃いた表情をしてるであります。」


「…手伝っれくれらすか?」


長野原は一瞬だけ複雑な表情をするが、すぐに満面の笑みで頷いた。


……


止まっていた巨大カレーうどんが地上へと速度を少しずつ上げて、降下していくのを眺める。


「……っまさか、ぶつける気か!?」


……


「…ほほ。そう来ますか…ならば、儂のやるべき事を果たしますぞ。」


カーマの意図にすぐに気づいたギャレトが、少女に攻撃を仕掛ける。


「よそ見とはいただけませんなぁ。」

「……っ。」


少女がカレーうどんに攻撃を集中していたお陰ですんなりと右の拳が横っ腹に入った…が。追撃をせずに即座に少女から距離を取った。


「ほほほ……こりゃあ、厄介ですわい。」


右手が青白く変色してぴくりとも動かせない。否…壊死している。


「…!」


「使えない腕ほど、邪魔な物はありませんからな。」


ギャレトは自然と左手で右腕を斬り落とし、その行動に驚く少女へと投げつけた。


「ですが、それすらも有効活用するのが…生き残る上では重要な事ですぞ。」


クルクルと回る腕が白い輝きを放つ。


「…罠!?」


心臓を貫かれたトラウマが残っていたのか、咄嗟に分厚い氷が少女を包むが……


(……あれ?)


しばらく待っていても爆発した気配…衝撃を全く感じない。


「…?」


(水滴?どうし……)


分厚く展開した筈の氷が、一瞬にして蒸発して少女が目を見開くのと同時に頭上から声が聞こえた。


「——たぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!」


「…っ。」


反射的に、右腕を上に掲げて氷槍を乱射するが…


「っあ…ぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁあ!?!?!?!?」


刀身が熱で真っ赤に染まった大剣の前では全てが無力化させて、そのまま少女の右腕が斬り落とされた。


……



「……臨時艦長殿は退艦したでありますので、吾輩達はささっと消えるでありますよ〜」


【良いのですか?】


カレーうどんを啜りながら独り言の様に呟く。


「ん〜助けたいという気持ちは、無きにしも非ずでありますが…」


——これは私達でやらなければいけない事です。


汗をダラダラと流して『キシメンブレード』を引き摺りながらそう言っていた事を思い出し、少し咽せた。


「ゲホッ…それにこの件は吾輩達と無関係でありまぁすから。そう言ったのなら勝手にやればいいのであります。」


【冷たいですね。艦内は『コミケ』の如く燃え盛っているのに。】


炎上する艦艇の中で、長野原は彼女が残した空っぽのカレーうどんの丼を指で回す。


「ナハハ。これでも譲歩した方でありますよ…『香川』急速発進。現時刻を持って、異世界アリミレからオサラバであります!!!」


【…、受理しました。】


船はぐんぐんと空へと向かう。長野原は回していた丼を置いて、カレーうどんが生成されるのをただ眺める。


【南蛮モードを切りますか?】


「……いや?吾輩は今日は、何でか無償にカレーうどんが食べたいでありまぁすから…」


【では食べて下さい。艦内のエネルギー減衰を確認しました。このままだと後59秒後に生命維持機能が停止して…ボカンです。】


「…マジでありますか?!それ、早く言うでありますよ!?!?」


彼女の結末を考える暇もなく、長野原はカレーうどんを急いで食べ始めた。


……



「——!!」


聞こえない。目が開かない…けど、誰かに抱かれている感触だけは分かる。


——結局は失敗したのだろう。魔女の癖して杖ではなくトンチキな大剣を使った罰…なのだろうか?


最後に目に映った情報と今の現状を振り返り、心の中でため息をついた。


(ギャレト翁や…サビ様は助かったのでしょうか。)


サビ様は元々離れた場所で待機している事は聞いている…だからきっと無事だと確信できる。問題は私を助けようとしたギャレト翁だ。


(でも…)


寸前で全魔力を使って耐火魔法を使った。それにギャレト翁はとても聡明な人物。今はただ無事だと信じる事しか出来ない。


じゃあ次の策は?この場合、いや……違う。


(……はぁ。)


——参謀失格だ。こんな時も、サビ様の事を想ってしまう。だからこそ…か。


「カーマ。」


その声色を聞くと、こんな状態でも酷く落ち着いてしまう私がいる。


「力及ばず申し訳ありません…サビ様。」


「それは違うな。まだ出来る事がある筈だ。」


「ですが…もう……」


「……我に何か言いたい事があるのではなかったか?」


……!


「お…お見通し……でしたか。」


「まあ気づけない方がおかしいよな。」


「………意地悪ですね。」


いつもは威厳があるのに、たまに子供っぽい事を言ってくる。それでも全く不快にはならないのが不思議だった。


「…私は、サビ様の事が好きです。」


「……」


理由なんてない。馬鹿だと言われるかも知れないが、始まりは一目惚れからだった。


サビ様が魔王に襲名したばかりの頃は、よく荒唐無稽な作戦を立てては、私がなんとか形にするという日々だった。ほぼ毎回、徹夜で頭を回していると、よく差し入れを持って来てくれたり、話し相手になってくれた事もあったっけ。


完勝した時には、魔王城で魔物を集めてパーティなんかを開いたりして…密かに私のドレスを作ってくれていた事には驚いたけど。


そうして月日が巡って行くごとに、どんどん彼の事が好きになっていって…


「…そう、だったんだな。ここまで好意を寄せられているのは…予想外だった。」


……。


「だが……ごめんなさい。我…僕にはまだ幸せになる資格はないんだ。」


——あーあ。やっぱりフラれちゃった。


ショックはあるけど、あんな表情を見たらすぐに駆け寄って抱きしめて、支えてあげたい…でも体が動かない。



——それでも、サビ様…あなたの事を私は……



「…あい……して…る。」


「……。」


白銀の大地から灼熱の大地と化した地にて、炎の直撃を喰らったカーマは、ギャレトの頬に黒ずんだ手で触れた後、抱き抱えられたまま…灰となって崩れ落ちた。

































































































































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