18話 VSアマス王国&ジニヌ帝国(中編その2)
——ワシは最狂じゃった。
どんな能力、体質、異能をもった存在でもそれが人間であれば、ワシの前では塵に等しい。
「見つけたぞ!!…原初の魔ぉ…ぉぁあ…。」
歴戦の勇者でも、少し睨んだだけでこの通り。武具も肉も骨すら残さずに、砂となり風に舞って消えた。ここまで到達できる人間は稀なので…また暇になる。
「…はぁ。もう少し生かしておくべきじゃったか。」
そうして、次の相手が来るまで何千何万年と座ったまま時だけが過ぎていく。
ここ『
数えるのもうんざりするくらい玉座を離れ、ギリギリ形だけは保っている城の中や外周を幾度となく歩く。
——退屈で退屈で仕方がなかった。
いっそのこと、この城から飛び出して他の世界に行ってしまおうかと、何度何度も考えた。
でも…
——『人間への抑止力として、ここで君臨していなければならない…それが今の…お前の役目だ。』
頭を掻きむしる。床を蹴り抜き、下の階に落下する。心臓をすり潰しても…頭蓋を砕いても、決して死ぬ事はできない。だがその痛みが、死の感触が…眠る事すら許されないワシにとってはいい暇つぶしにはなっていた。
「…っ。」
再生した心臓をまた握り潰そうとする右手を誰かに掴まれる。
「あの、ここはどこでしょうか?気がついたらここにいまして…」
「……何故、服を着ておらんのじゃ?!」
抜き身の剣を床に置き、白髪の女は眉をそっと伏せながら言った。
「あっ…//すいません。ここに来た時に、何故か溶けてしまったので。初対面で恐縮ですが、貴女の服を一式貸して頂けませんか?多少サイズが大きくても大丈夫ですから。お…お願いします。」
「チッ……ほれ。」
左手を闇に突っ込んで、適当な外套を取り出して白髪の女は手を離してそれを受け取る。
「ありがとうございます!面白い収納スペースがあるのですね。そ、そのぉ…下着は…」
「…ないの。ワシは下着はつけぬ主義じゃ。」
「そうでしたか…」
外套を手に持ち、少し困り顔をした白髪の女をワシがこうして直視していても、全く死ぬ気配がない事に対して内心驚きながら、密かに床に闇を展開して女を殺しにかかる。
——そんな時だった。彼女がいないタイミングで飽食亭で食事をしていた時に、皆の自室を作ったと…自慢げに語っていた鍛治職人の男の姿がふと目に浮かんだ。
……
「ワシは飽食亭には……住めぬ。」
玉座は熱気に包まれ、喧しい金属音が響き渡り火花が散る中でも、作業の手を止めずに言う。
「……そうかい。まあ、それはそれでいい。儂と違ってアンタには時間がたんまりあるんだからよ。」
「フン…黙れよおいぼれが。」
「カカッ…外見で儂を語るな。儂の鍛治魂は未だに燃え盛ってるぜ?そりゃお前と戦えりゃ、必敗だがよ…情熱だけは負けねえよ。」
「ハッ…ハハハハハ!!!!!!!よくいうわい。」
神という絶大な力を放棄して、人間に成り下がった挙句…飄々と各地を巡って、最後はワシがいる場所に単身で辿り着き…たまに思い出したかのように旅の道中での出来事を語る、まるで焔の様な目を持つ…そんな奴だ。
「あぁ…儂が若い頃な、魔物に襲われそうになってた町娘を救ったんだぜ?それでよ…」
「…ボケたか?その話はもう342回目じゃ。」
「カカカ…いっけねえ。それが印象に残ってるもんでなぁ……今頃なにやってるんだか。ここに来るまでに別れを告げた、儂の愛しい子供達についての話は…」
「刀剣や武具を子供と呼ぶ変態は世界中を探しても、お前だけじゃよ…チッ…もっと他の話をせよ。」
「そうだなぁ…今作ってる奴はかつて儂がアホ女にくれてやった最高傑作を超える為に、今ある儂の全てを叩き込んでるんだ…もし完成したら、お前にくれてやる。」
「別にいらんわ。武器はもう充分、持っとるし。」
「……◾️◾️◾️。」
「…?」
よく聞き取れずに首を傾げていると…男はここに来て初めて手を止めてワシを見ている。
「なんじゃ…今なんと言った?」
「……………何でもねえや。」
そう呟き、また作業に戻った。それから無言で玉座の隅っこで呪いに蝕まれながらも最期まで一心不乱にその武器の鋳造に費やす。
——馬鹿で…愚直な男だった。
「………。」
金属音はもう聞こえず、鍛冶道具を持ったまま座っている男の亡骸を眺める。その瞬間、体や道具が溶けるように消失した。
「ハハハハハ…ついにくたばったか。おい、燃え盛る情熱はどうした?」
死んでも微塵も悲しくもない…ただの退屈凌ぎの為の存在に過ぎないと思っていたのに。いつの間にか…こんなにも。
「……これが、傑作…いや、遺作か。まあ…貰えるものは貰っておくとするかの。」
唯一、残っていた長身の剣を拾い、軽く振ってみる。
「ふむ…刀身が白く透き通っているのう。だが戦闘でこれは使えんな。すぐに折れそうじゃわい…何処かに、飾っておくとするか。」
玉座に戻り、闇に収納せずにその側に剣を突き刺して1人呟く。
「見る程に…美しいな。じゃか…どうして、滲んで見えるのかのぅ……」
………
「……ぁ。」
気がつくと壊れた天井から、血の様な色の満月がよく見えた。四肢は既に切断され、再生が間に合わず…動く事もできない。
———やっとか。
朧げな記憶を探り、こうなった経緯を理解して嗤う。
「…化物めが。」
ワシの全てをぶつけたというのに。砂を踏む足音は既に止んでいる。死ぬ間際の時に見るこれを走馬灯だと…いつか、あの男が言っていた気がした。
ボロボロの外套を着た白髪の女…処刑人が剣をワシの首筋に向ける。
「貴女は私に危害を加えようとした…敵ですから。外套を貸してくれた事は感謝します。何か遺言はありますか?」
「……ない。早く殺せ。」
「分かりました。」
————さようなら。
最後の足掻きで、白髪の女の背後に放った闇による攻撃も防がれ首を斬り落とされる寸前、玉座の付近で懐かしい気配を感じ取った。確か、その場所には——
(ハハ!!……持っていけ。ここに置いておいても腐らせてしまうだけじゃから。結局、ワシには扱えんかったしの。)
最後の最後まで残っていた心残りが解消されて、頭がコロコロと地面に転がって…視界がゆっくりと暗く…
——エンリ。
「……。」
その夜。アマス王国の玉座で目を覚まし、意味もなく大窓から見える三日月を眺める。
(……つまらん事を思い出させるわい。)
「残るは…2回……か。」
遠隔で闇を展開し、凡人をここまで移動させた事と、アマス王国を囲うように『
このままだと…ワシは……◾️◾️◾️は
玉座から立ち上がって、その側で未だに眠る男をじっと見つめる。
「やはり少し違うか…ふん。どの道不敬にもこのワシの名を呼んだのじゃ。返礼として……」
——手ずから死をくれてやろう。
凡人のポケットにこっそり置き土産を入れてから、行動を開始した。
「…おい、兵士。」
「グーグー。今は兵士じゃない…門番だ…ぐう。」
「……チッ。」
隅っこで眠る男を蹴り上げて、無理矢理叩き起こす。
「……っぎゃあ!?は?…はぁ?何だよ??」
「…ワシはこれより魔王城へ向かう。そうあの凡人に伝えよ…そして、この騒動が終わったらすぐにワシの所に……っづ!?」
背中から激痛が走った。
「っ…お、おい!?背中から…白い翼が……」
「ワシは伝えたぞ……もし言わなかったら、その末代まで祟り殺す。」
「ふぁ!?嘘だろ…っ待てって!!」
特徴的な傷がある兵士を無視して、盛大に窓を割り、城壁の上に着地して…
「……っ。邪魔じゃ。」
自身に生えた大きな6本の翼を強引に引きちぎり、背中から出血しながら城壁外へと出た後、レンレ荒野を疾走する。
(あの見慣れた気配は……間違いなく…)
複雑な心境の中、エンリは単身で魔王城へと向かって行った。
……
…
翌朝。外が騒がしくて目を開けると、僕は玉座の側で倒れていた。
「…エンリ?」
いつもなら玉座で眠っている筈のエンリの姿がなかった。
「……どこ行ったんだろ。トイレとか?後なんで、窓が割れているんだ…?」
「…魔王城に行くって言ってたぞ。」
入り口付近の柱に寄りかかっている門番がそんな事を言って…
(ああ!そうなのか。エンリは魔王城に…)
———え?なんで??唐突すぎない???
僕は凄い勢いで、門番がいる目の前まで行く。
「…あの…え、え?本気で言ってます?」
「本当だよ。言わなきゃ末代まで祟り殺されるらしいからな…後、外見てみろよ。」
言われた通りに、恐る恐る割られた窓から外を眺めてみる。
「…テロリストとかいう男は、アマス城内に潜伏している。見つけ次第…その首をここに持って来い!!!」
「ランページ王は、後方で我らを見守っていらっしゃる。我々ジニヌ帝国最強のメープル騎士団の底力…ここで見せるときぞ!!」
「報酬は6000000シルだ!!!さあ、帝国ギルドの諸君。今夜はその金でパーティをしようじゃないか!!!」
城をぐるっと囲むように、冒険者や騎士団を名乗る人達でごった返していた。
「城門、開きました!!!いつでもやれます。」
『突入ーーーーー!!!!!!』
僕は呆然と城の中に人が沢山、雪崩れ込むのを観察しながら足りない頭で思考する。
(エンリが張った結界みたいな奴がまさか解かれたのか…それか、突破されたとか…!?)
脳裏にエンリの言葉が再生された。
——『
あれ……今、何日目だっけ?
僕は反射的に、門番さんに聞こえるように大声で叫んだ。
「…門番さん!!僕達がアマス王国を征服してから、どれくらい経ちましたか!?」
「今日で14日目だな。それがどうした?まあ、今なら自首したら命だけは助か…」
僕は門番さんの元に戻って頭を下げた。
「…何してるんだ?」
「門番さん……お願いがあります。」
怪訝そうな表情で僕を見つめる。話くらいは聞いてくれそうで、内心…ほっとした。
ちなみに、今の僕の持ち物は
◯エンリから貰った鋼鉄のダガーと指輪
◯ロネちゃんに貸してもらったハンカチ
◯スロゥちゃんから拝借したナイフ
◯来た時、入口に落ちていた玉座の鍵
◯いつの間にか持っていた銀色のベル
以上である。大体が、誰かからの…それも女子(?)からの贈り物で構成されている事に、少し驚いた。銀色のベルに関しては…全く分からん。
(エンリや剪定者達頼みだったからとはいえ僕…自分の力で何かを入手とか…ここまでした事がないのか。)
湧き出る無力感と羞恥心で今にも死にそうだ。ちなみに、ネーミング以外はチート武器であるドス黒いレイピアこと
——チクッと感覚なくなるヨンッ( ^ω^ )
…これは既に、エンリに返却したのでこの場にはない。もし、あれがこの手にあれば、まだ色々と展開が変わっただろう…無い物を考えても意味はないのだが。
「…黙ってないで、何か言えよ。何焦らしてんだ?」
「……ぁ。すいません……お願いというのはですね…」
僕は申し訳なさそうに微笑みながら言った。
「手段とかは正直何でもいいので、僕をこの場で気絶させて下さい。その後はこれで玉座への扉を閉めてくれれば…」
「…はぁ?何言ってんだよ??」
案の定…疑問の声を漏らす門番に、僕は問答無用で殴りかかかった。
「オラァ!!…あれ!?避けられ…」
「ぬるいな。」
「何!?不意打ち…したの…に…ごっ…ほ。」
右拳からのストレートが僕の顔面に直撃し、軽く空を舞った所で計算通り、僕の意識は途切れた。
……別に従う義理はない。何せ、気絶したこいつを外にいる連中に出せば、出世は確実だからだ。
「…ふ。」
仕事で少しやらかして、左遷されて門番という平凡な生活に心底飽きがきていた。だからこの囚われの2週間。あの男…ヤスリも最初に攻撃した以降は特に何かされる事もなく、城から出る事以外は食事や入浴も全て自由。見ていて内心では冷や冷やしながらも、傷の手当てもしてくれたし、今から振り返って見ると…待遇は良かったといえる。
——作ってくれた料理が全て不味かった事以外は。
「精々、姉ちゃんと…我が王に感謝するんだな。」
3週間前くらいに届いたギルドで働いている姉からの手紙や、昨日1人黄昏ていた時にランページ王の側近らしき人物からの助言がなければ、こうして従う事はなかっただろう。
(それを抜きにしても…まだ、返せてねえな。)
鍵を閉めてから少し離れた場所にある武器庫の扉を開ける。薄汚れたピンク色の髪をかきあげながら没収されていた獲物を回収して、これからする事を心の中で思い描き、馬鹿らしいなと思いながら小さく笑った。
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