19話 VSアマス王国&ジニヌ帝国(中編その3)

……


この独特な雰囲気で僕は白い空間にいるのは分かる。僕の目論見が見事成功したと喜ぼうとしたがいつもとは違い、誰かに素足で顔を踏まれる感触を感じた。


(…僕は確か、門番さんにKOされて…)


そう思いながら、目を開けようとしたが僕がよく知る胡散臭い軍服の男や、腐死ちゃんやロネちゃんの声ではない見知らぬ話し声が聞こえて反射的に耳を澄ませる。


「………へえ。これが『漂流者』が言っていた人物か。うん…見るからに何も持たない有象無象だな。」

「見ていて面白くなさそうな奴だなぁ…ヒャハハハ!!!!じゃあさっそく胴体を突き刺して遊ぼうぜぇ?」


一つは少女の声。にしては、もう一つの声の主と比べて、明らかに言葉使いが大人びている。もう一方は男の声。どう考えても、頭がイかれた系の異常な人物であると見なくても分かる。


「ダメだよ。それに私はそんな悪趣味な奴じゃない。全く…『漂流者』に言われた事をもう忘れちゃったのかな?」


「ケッ。博士が参加しねえならよ…俺様だけでモヤシ男をぶち殺すゲーム…始めるぜ?」


「……はぁ。もう勝手にしたまえよ。」


「ヘヘッ…そぉら…」


これ絶対死ぬという、エンリに鍛え抜かれた生存本能がビビっている僕の体を半ば強制的に動かした。


「……はぁ…はぁっ、あ、危なかった…!」

「おっ。…んだよ、生きてやがったか。つまらねえ。折角串刺しにしてやろうと思ってたのによ……」


赤黒い甲冑に身を包み黒髪赤目の大柄の男が、本気でつまらなそうに吐き捨てた。十文字槍が僕がいた地点に突き刺さっている。


だがそれよりも僕は、椅子に腰掛けてその様子を眺めるゲームでよくいる賢者が着ている服をブカブカながらも見事に着こなし、小さな薄い黒色の角帽を被った黒髪黒目の15才程の少女を凝視する。


(も、萌え袖だと。クソぉ…僕が服を作る時はいつもサイズをぴったりにするから、その発想はなかったっ!!!やっぱり高校時代よりも鈍ったよな…僕は。エンリにいつか着せてみよう。)


考えを整理しながら、僕は少女に問いただす。


「えっと、色々言いたい事はあるけど…僕を踏んでいたのは……お前なのか?」


「ああ…悪いとは思っている。でも盗み聞きというのは誰であっても、とても気持ちがいいものではないだろう?」


「…ば、バレてたのか……二重で負けたよ。完敗だ。」


「……?よく分からないけど…頂ける勝利なら頂いておくとする…きゃっ。」


座っていた椅子を突然、後ろから大男が蹴りつけて、少女は抵抗する事も出来ずに、白い地面を転がった。


「…な、なにをするんだ!?座っている人を蹴るというのは、実は結構危険な行為で…」

「ヒャハ。別にいいじゃねえかよ。それに、ここじゃあ…何やっても死なねえんだろ?」


大男は刺さった十文字槍を地面から抜いて、その姿を見て嗤っていた。少しして少女はふらふらしながらも立ち上がり、僕の側に落ちてた角帽を拾いため息をついた。


「よく憶えてたね…でも死なないからといっても、痛みはちゃんとあるから…君も気をつけるといい。」


「……あ、僕ですか?」


「…君以外いないだろう。」


僕を見て失笑しながら少女は倒れた椅子を元に戻して、大男の方を見る。


「私はこれから真面目な話をするけど…意味がないと思う上であえて言おうか…少し大人しくしていてくれないか?」


「あ?誠意が足りねえなぁ。」


「もし…ここで黙っていてくれたら、後で君にとってとても楽しい事が待っていると…断言してあげるよ。」


「そりゃあ……マジかよ?博士。」


「私はいつだってマジ…だよ。分かっているだろう?少し耳を貸してくれ。」


その言葉に寄ってきた大男に少女は僕に聞こえないように耳打ちした。その途端、大男はゲラゲラと…嗤いだした。


「ヒャハ!!!!…いいぜぇ。今だけは、大人しくしといてやるよ。」


「それはとても助かるよ……ありがと。」


「…ケッ。」


僕とすれ違った時に大男はボソリと呟いた。


「おい、モヤシ男。もしも博士になんかしたら、問答無用でぶち殺すからな…あれは俺様の獲物だからよぉ………分かったか?」


エンリとは別ベクトルに狂った雰囲気を持つ大男に対して「しねえよ!!」とか「ここじゃ僕は殺せないんじゃ…」とか。とてもじゃないが言う事も出来ずに終始、ダラダラと冷や汗を流しながら頷き続けた。



そんな僕の痴態に満足したのか大男は僕や少女がいる場所から少し離れた所で十文字槍を地面に突き刺して目を瞑った。その様子を見てから、少女は椅子に腰掛ける。


「君も座りなよ。話をしようじゃないか。」


さっきまでかいていた汗をぬぐいながら、僕はもう片方の椅子に座った。


「…話って言われても、僕からは特に何も話す事がないんですけど。あっ、僕は玉川鑢といいます。」


「おや、自己紹介が遅れたね。私は…私達のコードネームは『傾奇者かぶきもの』。私の事は博士と呼んでくれ…彼の事はうつけ者とでも呼ぶといい…ん?話す事がない??それはおかしいな。前に『漂流者』から何か聞いて……」


少女…博士ちゃんが、少し気まずそうに黙り込んだ。


「どうしたんですか……あ。」


幸い(?)その原因は一瞬で分かった。直前までさ汗を拭いていた布…ハンカチが原因だろう。そうに違いない。


「ち、違うんですよ博士ちゃん。これは…ロネちゃんからの貰い物で決して奪ったとか、そんなんじゃないんだ!!」


「それは聞いている。『罪業払拭大罪は拭い去るもの』…その効果は、使用した対象のステータスを一つだけゼロにする。」


その効果に関して言えば、セクロスの一件で分かっていた事だったが…


「……罪業払拭大罪は拭い去るもの?そんな名前だったのかこれ。初めて知ったよ。」


「その起源は、かつて天界から去った『鍛治神』が生み出した…とある武器の対となる物だそうだよ。」


「んあ?えっと…この布が??武器…なのか?」


「話には聞いていたけど…あはは。君みたいな凡人がそれを持てる事に私は驚きを禁じ得ないよ。」


一通り語り尽くして、1人でうんうんと納得して頷いていたが僕は最初以外、全く頭に入ってこなかった。もしかしたらスロゥちゃん同様、博士ちゃんも、説明下手な人なのかもしれない。


(どうして僕の周りにいる知識人達は、説明がこうも下手くそなんだよ。皆して、自己完結しやがって…!!羨ましいなぁ…この野郎。)


「……まあいい。では、話を続けようか。」


「…っ、続けないでくれ!!頼む…せめて詳細を…あ。いやちょっと待って思い出した。前言撤回させて下さい…話す事ありましたぁ!!!僕から話をさせてくださぁぁい!?!?」


「焦らなくても最後まで聞くつもりだから、ほら…言ってごらんよ。」


博士ちゃんに僕は今の状況を説明した。


「成程…要するに目が覚めたら、君の仲間がいなくなるという窮地に陥っていて、私達…剪定者を頼りにこうしてやって来たと……そんな所かな?」


「!!そうなんです。この場合…ど、どうすればいいでしょうか?」


少しだけ黙ってから、ため息をついた。


「君は…自力で何とかする事という選択を選ばないのかな。所詮は凡人。誰かに依存しなければ生きられない…1人では何も成せない、出来損ないという事か。」


「…っ!?」


博士ちゃんは僕に冷たく吐き捨てる様に言った。僕は何も言い返す事も出来なかった。


「ぁ…え…その……」


「だが侮る事も出来ない。昔そんな彼ら彼女らによって私達は見事に敗北したからね…うん。いつもならこうして吐き捨てて終わりだが、君は運がいい。偶然にも私達はこれから『異世界アリミレ』に行く事になっている。だから、君を……ついでだが、助けてあげるよ。」


「…ほ、本当なんです!?嘘…とかじゃ…」


博士ちゃんは立ち上がって、座っている僕の両手を包むように掴んだ。


「君が今いる場所は?」


「あ…えっと、アマス王国ですけど…」


左手で懐から黒い本を取り出して、パラパラとめくった後に本を閉じた。


「…ん。分かった。じゃあ…後で会おうか。」

「え、ちょっ…」


話を聞かないまま、博士ちゃんは大男…うつけ者の元へと赴く。そして…


「さあ行こう…ゲームの時間だ。」

「ヒヒヒ……おう。」


短い会話が聞こえたと思ったらその姿が忽然と消えていた。特に何もする事もなく、座って時を待っていると、いつものように視界が暗くなり始める。


「…え!?」


反射的に僕は少し立ちくらみを起こしながらも立ち上がる。そこには、見覚えのある人物がいて…


「ふ、腐死ちゃん?腐死ちゃんだよね!?はぁ〜本当に無事で良かった。今まで何してたの?」


「この気配…さっきまで…『傾奇者』が。」


僕の意識がなくなる直前で、腐死ちゃんは慌てた様子で言った。


「鑢…あ、あノあノ……2人とは絶対に関わっちゃダメなノ!!!だって…」


……



「大変だ!!敵が、こちらの前線を…」


さっきまで話していた騎士の1人が頭から十文字槍が突き出て、絶命する。


「…一つ、二つ、三つ、おいおい…まだこんなにいるじゃねえか。殺し甲斐があるなぁ。」


「…下がっていろ。私が相手である。」


「……だ、団長。」


部下達を下がらせながら、メープル騎士団の団長であるアルカは2本の長槍を構えた。


「…そこの大男。」


「あ?何だよ。」


「私はお前に決闘を申し込む。もし、私が負けたら…部下の命だけは」


喉元に十文字槍が突き刺さり、そのまま首を斬り飛ばした。


「負ける前提で話すなよ…ヒャハ。早速、大将首ゲットだぜ…お?」


後ろから大男の体を剣が貫いた。


「……急所をついた。これなら…っ!?」


剣を引き抜いた瞬間、大男は体格に見合わぬ速度で振り返り、顔面を掴んだ。


「ひゃ…やめ……!!」

「ヒヒヒ。林檎ジュースだぜ。」


そのまま握りつぶして、大男はその顔に狂笑を浮かべながらひたすら残りを屍に変えていく。その後、負傷者がいるテントを見つけて皆殺しにした頃に、見知った気配がしてその方向に振り返った。


「……やれやれ。君は本当に節操がないね。」

「お。やっぱ博士か。そっちは片付いたか?」


博士の後ろから迫る冒険者達を見向きもせずに本をめくる。それだけで、消えるように消滅した。


「よし…これで冒険者は全員かな。うん。やっぱり、君の徹底した殺戮には舌を巻かずにはいられないよ。」


「あん?騎士とかほざく奴も負傷者もテントに避難しようとした奴らも全員、見ちまった以上は俺様の獲物だぜ。やっぱ無抵抗な奴を殺すのは面白えな、博士!」


「全く。君はどこまでいっても…君なんだね。そこがいいんだけど。」


「…?よし、次は…おっ、伏せろや博士!!!」


鉄球が博士目掛けて飛んでくるのを、大男は博士の体を蹴る事で、半ば強制的に回避させた。


「……っ。私はこれでも、乙女なんだが。」

「………へへ……ヒヒッ。」


お腹を抑えて蹲る博士をガン無視して、鎧が思いっきり凹んで口から血を流しながら…不意打ちを成功させた屋根の上にいる人物を睨みつける。


「…テメェ。俺様の獲物を横取りしようなんざ…いい度胸してやがんな?」


「…ジニヌ帝国の連中が死ぬのは別に良かったが俺達の…我らが王が統べる王国の民に手を出したんだ。死ぬ覚悟は…出来てるよな?」


心臓目掛けて飛来する十文字槍を鎖で上手く防ぎながらその男は笑い返した。


「ケッ。防ぎやがったな。テメェ何者だ?」

「俺か?俺は…今はただの門番だよ。」


大男が飛び上がり、男…門番へと拳をぶつける。


「…ゴ。ヒャハハ!!!!そんなモンかよ。どうしたどうしたぁ!!!」


「……ぐっ。」


鉄球が顔面を直撃しても、まるで止まらずにさっきよりも速く、屋根に刺さっていた十文字槍を掴み門番の左腕を切断する。その衝撃で門番は足を滑らせて…地面へと落下して行った。


「しゃあ!!!アレはもう死んだだろ…他の奴らもガンガンぶち殺して…ヒヒヒ。」


大男は門番を追う事はせずに、下でお腹をさすっている博士の元へ向かった。



そうして——『傾奇者』達による…殺戮ゲームは再開される。



その結末を言う必要はないのかもしれない。



王国全土は博士によって炎に焼かれていき、家に立て籠もる者達を焼き殺し、逃げる者はうつけ者によって無惨にも殺されていく。



テロリスト(?)襲来から2週間後の現在。


——アマス王国は地獄と化した。

































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