15話 資金不足は、次の争いの火種なり

………


……



「いつまで寝ているつもりじゃ…凡人。ワシをこうも待たせるとは…万死に値する。」

「…っあ。」


僕は起き上がり、辺りを見渡すと…ここはエンリの部屋で…周囲にスロゥちゃんを除いた面々がいた。


「はっ?えっ…?ど、どうしたんだよ。僕、なんかしたか??まさかこれから…あなた方に食われたりとか…しないよな!?」


「ほう…うぬは喰われたいのかの?…ならチーズナンの恨み…この場で果たすか。」


「…エンリ。ここに置いてあった奴はスロゥが食べたって言ってたわよね。」


「違うぞスクラップ。ワシが言ってるのは、それとは別の話じゃ。」


「…す、スクラップ…!?エンリ…言っていい事と悪い事があるわよ。ここで滅殺してしまおうかしら。」


「ハハハ!!!やるか?……攻撃が全く当たらず、羞恥心に苛まれたいのなら…来るがよかろう。」


「…なっ!?……じ、上等よ。覚悟なさい!!!今日があんたの命日なんだからぁ!!!」


エクスさんがエンリにグーで殴りかかるが…


「ハッ…へなちょこじゃな。スクラップ。」

「……ぅぅ。」

「ほれほれ…どうした?…何かしてみせよ。」


エンリは全然動いてないのに、一撃も当てる事ができずにエクスさんは涙目になっていた。遠目からだと、少女にからかわれるJKにも見えなくもない…僕はそっと視線を下に向ける。


「えー…あの、カオス…ちゃん?何をしてるのかな?」

「……?」


さっきから僕の右の人差し指をずっと噛んでいたカオスちゃんが、咥えていた指を解放して舌をペロっとしながら笑顔で言った。


「たべてた!!」

「………。」

「でもおいしくない。ぷりんのほうがすき。」


か、可愛い…なんだこの純粋無垢な生き物は。エンリにカオスちゃんを煎じて飲ませたい。


(もし僕が詫錆くんなら…確実に死んでたな。)


離れた位置でエンリがエクスさんへのおちょくりが続く中、それを微笑ましく見守っていたグラ様が僕に尋ねてきた。


「よいしょ…よいしょ……」


「…体とか何か不調な所はありますか?…蘇生魔法でまとめて全快させたと…スロゥちゃんが言っていましたが…」


「…んっしょ……よいしょ…」


「大丈夫です!グラ様。右腕も全然痛くないですし…さっきまでカオスちゃんに噛まれたけど、指に唾液がついたくらいで特に傷もなさそうですから。」


僕はポケットからロネちゃんから貰ったハンカチを取り出して指を綺麗に拭いて…


「あれ……何でこれがあるんだ?」

「わーい♪♪ちょうじょうだーー!!!」


後ろからグラの背をよじ登っていたカオスちゃんの歓声で、僕の声はかき消されていった。


…………


奈落の底に落ちていく。僕という存在が、虚空に消えてしまう前に…聞き馴染みのある声が聞こえた。そして……


「…やれやれ。やっと起きたかい…玉川君?」


「……お前かよ。」


「『女帝』ちゃんや『非人』の方が良かったかな?残念……私だよ☆素直に現実を認める事だね。」


白い空間…何度も来たからか、ここにいるとまるで実家の様に安心してしまう。


「…お前があそこから僕を助けてくれたんだよな……その、ありがとう。」


「いやぁ礼ならいらないさ…なんだかんだで玉川君とは結構、長い付き合いになってきたしねぇ。マブ達っしょ?」


「……。」


男が立ち上がると小さい何かを僕に投げて、それが座っている僕の膝の上に落ちた。


「…これ、ロネちゃんの…ハンカチ?」


「そ。意識がない玉川君のお腹を何度も殴っ…ゴホッ。失礼…穏便に回収したのさ。」


「…おい、マブ達発言はどこいったんだ?普通は殴らねえんだよ。」


「え?私の世代だと、殴り合いで決着つけてる奴は結構いたけど…今は違うのかな?」


駄目だコイツ。やっぱり……信用しない方がいい。


「でもさ、後遺症は残さないように頑張ったから…安心してくれ。実際…痛くないだろう?」


「確かに全然痛くない……いや…でも…そういう問題じゃなくないか!?いくら痛みがないからって、何度も殴っていいですって訳じゃねえだろ!?!?」


「…ハンカチはこっちで洗浄しといたから、これは…玉川君……君が持ってるといい。私では使いこなせそうにないからね。」


「おい!!しれっと話をそらすなよ…って、ロネちゃんは今いないのか?」


男は少し気まずそうに、僕から目を背ける。


「……ああ。次に会えたなら、玉川君が持っていると…伝えておくよ。それに、そういうのは自分で感謝を伝えなきゃ……でしょ?」


「?なんか釈然としないけど、まあ…その通りだな。腐死ちゃんも…いないのか。挨拶くらいしたかったのに。」


「『非人』なら今頃…剪定者としてのお仕事中だろうぜ…あれ、私その事言ったっけか?」


「初対面の時に、ロネちゃんの事を話してたから何となくそんな気がしたんだよ。はぁ…会いたかったけど…仕方ない…か。」


少しの沈黙の後、僕から見て向かい側にある椅子に座って、足を組む。


「……玉川君に一つ、問おうか。」


「?どうしたんだよ、急に改まって…」


「君は———」


ブツッ……


——結論を述べるのなら、さっきまでの男との会話やそれ以降の事は…意図的に玉川鑢の記憶から永遠に消される事になる。


その様子を指輪だけが、傍観していた。


…………


グラやエクス…カオスがまだ部屋に来ていない頃。玉川鑢に蘇生魔法を使った直後のエンリとスロゥの会話。


「…これで、少ししたら…起きる。」


「蘇生魔法…この目で見るのは初めてじゃったが…中々、複雑そうな魔法じゃな。」


「…5回。」


「脈絡もなく、その話をするでない…それくらい…分かっておる。ふん…やはり知っておったか…『大賢者』…言っておくが手出しは無用じゃぞ。それくらい…ワシが何とかするわい。」


「そう……ならいい。」


「あの凡人には伝えるなよ。」


「……尻尾。」


「…は?……何を言って…っ!?」


「『獣王』が滅んだ。今の状態は…不安定。」


「…っ!だから、それも知っとるわ!!チッ…あの脳筋の最弱めが。最期の最期で、このワシを出し抜きおって…」



「…嬉しそう。」

「…!!!」


珍しく微笑を浮かべる大賢者の両頬を思いっきりつねりながら言う。


「そんな訳なかろうが…すぐに訂正するのじゃ…このまま引きちぎるぞ…大賢者。」

「……やっと見つけた。」

「はぁ?」


付き合いが長いので、慣れているがそれでも明らかに脈絡もへったくれのない発言で、不覚にも手を離してしまった。


「…何処に行くのじゃ。」

「……。」


大賢者は何も言わずに扉を開け、部屋から出る寸前で、小さく呟いた。


———煉獄。


そうして扉が閉まり…会話は終わった。



……チリン。


僕は今、一階にあるリビングっぽい場所で1人座っていた。


——あの後、その場にいた皆にも借金の事を打ち明けてエンリに詳細を聞いてから、どうするかと話し合った。皆が意外にも協力的だった事を憶えている…その全てが規格外すぎて全く役に立たなかったが。


「突然いなくなった時は焦りました。ここに戻って来てくれて…良かったです。どうするのか、決めましたか?」


「はい…でも、その前に…それを降ろしては如何でしょうか?」


「…?もしもまた逃げられたら、ギルドの一員として…困ってしまいますから。」


片手で巨大メイスを構えながら、さも不思議そうに小首を傾げた。その姿が凄く…映える。歴戦の戦士にしか見えない。もし僕が、当事者でなければ思わず拍手を送っているくらいだ。


「……何か?」

「なんでもないです。」


メイスを持っていない手で器用に紅茶を淹れて、僕の前にそっと置いた。


「…一応確認なんですけど、僕達が膨大な借金を背負った原因は…『アマス王国とジニヌ帝国への賠償』…で、合ってますか。」

「はい。」


——以下回想


エンリの説明を聞いた僕は、思わず頭を抱えて言った。


「…あの、エンリさんや…もしも借金の原因が平原の汚染なら理解は出来るんだよ。アンさんには僕が…いや、主にエンリがやったけど…タイタンを倒した事がバレてる訳だしな。」

「ふ…言いたい事は分かるぞ凡人。アマス王国やジニヌ帝国について…聞きたいのじゃろ?」


僕は頷くと、エンリは自信満々に笑った。


「確かに言える事は…小娘の話や地図を見るまで、そんな国はまるで知らんかったという事だけじゃ。」


「…は…?…え??」


「ふん。ワシが知る国はいくつかある…しかし知らぬという事はどうせ、有象無象の弱小国家なんじゃろ……『神技の料理人』お前ならどうじゃ?」


「え、僕ですか?」


グラ様は申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい…異世界アリミレには目ぼしい食材がありませんから、僕には分からないです。エクスちゃんはどうですか?」


「…っ、皆がいる前でやめなさいよそれ…!!そうね……まあ、その……知らないわね。」


「最初から殺戮兵器には期待しとらんよ。」


「…な、なんですってーー!!!」


エクスさんが激昂する中、気にも留めずにエンリはグラ様の背中に乗っているカオスちゃんを一瞥した。


「…??」

「はぁ…こういう時こそ、『大賢者』の出番じゃというのに…肝心な時にいないからのう…あの役立たずは。」


僕は再度ため息をつくエンリに聞いた。


「さっき石化してた青年が、実はアマス王国の次期王様の息子で…親交の深いジニヌ帝国の婚約者だって言ってたよな?」

「大まかに言えば…そうじゃな。うぬが寝ている間に、小娘からそう聞いたぞ。借金を抱える事になった訳は…未だ分からぬがな。」


回想終了——


だから僕が現在、命の危機に直面している事にはものすごく納得がいく…否、むしろ緩いくらいだと僕は思う。


一体、どこから情報が漏れたのかは検討もつかないが、何せ王族の1人にして、今後の国交の要になるであろう人物だ。実は密かに監視されていましたとか言われても違和感ないし、そんな人物をエンリのせいとはいえ、一時的に石化させてしまった時点で、僕達みたいな身分の低い奴(エンリは絶対否定するだろうが)なんて即、断頭台送りにされていてもおかしくないからだ。


僕は探偵ではない。けど…そうならなかったのは二つの国家を相手取りながら、僕達を最後まで庇って……ここまで猶予を作ってくれた人がいたからに他ならない事くらい…頭が足りない僕でも分かる。


「…逃げようとしても無駄です。既に家の周りは包囲されていますから。私の掛け声一つで、入って来るように命令しています。」


きっと事実なのだろう。僕はこんな状況なのに、つい笑ってしまう。


「あはは。優しいんですね…アンさんは。」


「エンリちゃんは、まだ…トイレですか?」


「そろそろ…戻ってくるんじゃないですか。」


僕は紅茶を飲み干してから、立ち上がった。


「…逃しませんよ。タマガワさん…あなたは」

「二つの国家を敵に回す行いをした疑いをかけられた男…だからですか?」


立った時に僕の頬にメイスが擦り…少し出血する。


「大丈夫ですよ。僕と…エンリなら絶対負けませんから。」

「……」


アンさんは何も言わない。


(でも…どうして、僕達を助けてくれたのかは…結局分からないままだけど…。)


それは全てを終わらせてから…また聞きに来るとしようと決めた。


「…っ!」


メイスで僕がぐちゃぐちゃになる前に、咄嗟に後ろに飛んで距離をとった。


『うおおおお!!!』


その音を聞きつけ、鎧をつけた兵士達が玄関や窓から家の中に侵入して僕を取り囲む。


「ギルドの協力、感謝します。」

「……はい。」


何本の剣や斧が僕にむけられた。


「タマガワヤスリ、お前は国家反逆罪の疑いにより拘束する。無駄な抵抗はする…っ!?」


突如、囲んでいた1人が僕の罪状を述べている男に斬りかかった。


「貴様…!?」


「させん。」


「…こ、こいつっ!」


兜を脱ぎ捨てて、僕を背にして立った。


「あ、闘技場の時の……」


「ここで捕まれば死刑は確実だ。そうなってはあの娘が悲しむだろう……早く行け。」


「いや、だから僕はエンリとは別に…」


「たとえ罪を背負おうが…この男をここで死なせはせん…死なせはせんぞぉぉお!!!!」


話を聞かずに兵士の男は突貫する。だが1人だけではなかった。


「隊長!続々と冒険者がこちらに…ぐぁ。」


「おっと、失礼…邪魔するわ。」


「…っ、何だ貴様らは!?」


「ここで宴があると聞いてな。」


「なんだぁ?祭りなら俺も参戦するぜ!」


「早くコイツらを何とかしろ!!」


「…他の国の奴らが土足でソユーの町を荒らすなよな!」


「依頼失敗。…無一文の恨みをここで果たす。全て君達の所為だ。」


「…り、理不尽では!?」


乱戦になる中、隊長と呼ばれた男は呑気に飲み物を飲んでいたアンさんに詰め寄る。


「おい…これは一体どういう事だ!!!ソユーの町は我々を…敵に回すというのか!?」


「ち…違います…どうやら彼らは酔っ払っている様です。なので、私も鎮圧にあたります。」


「…はっ、ならさっさと…」


——やれ。とは言えなかった。


次の瞬間、脳天にメイスが直撃し兜が粉々になり、男は力なく倒れたからだ。他の兵士達に動揺が走る。


「…た、隊長!?」


「あ。ごめんなさい…相手を間違えてしまいました……ヒック。」


「…は?ふざけた事を…ギャァァァァァ!?!?」


「ばっ、やべえ!?『ギルドの鬼神』が暴れてんぞ!!…た、退避だ退避ぃーーー!!!マジで殺され……ガハッ!?」


「…大事れすよぉ…殺すなんて…そんな事、しませんってぇ〜…ック。」


頬を赤く染めたアンさんが、敵味方関係なしに無差別に襲いかかる……混沌とした地獄絵図がここに完成した。


(…凡人。目的地に到着したぞ。)

(やっとか!!早くしてくれ…このままだと……殺されるっ!!!)


兵士の攻撃を紙一重で避けながら、心の中で叫ぶ。


(ワシとしては、もう少し慌てふためく凡人を見ていたい所じゃな。)

(どっから見てんだよ、エンリは…っ、マジ無理…限界だって!?…そろそろ何とか…はぅ!?!?)


さっきまで襲ってきていた兵士が薙ぎ払われた時には、前方からメイスが飛来してきて…後ろの壁に突き刺さる。その衝撃や死の恐怖で僕は尻もちをついてしまった。それを実行したアンさんが瞬時に僕との距離を詰めて…反射的に目を閉じた僕の耳元でそっと、呟いた。


——頑張ってくださいね。


目を開けると、紅潮し微笑む顔とほのかに香るお酒の匂い。その様子を見た僕は少しだけドギマギしながら言った。


「…い、行って来ます。」


それが恐怖から来た感情なのか、それとも…恋に落ちた感情なのかは結局分からないまま、僕は床下から発生した闇に呑み込まれて行った。


……



僕は見知らぬ荒野で目を覚ます。


「…な、何とかなったか。」

「当然じゃ…初の試みじゃったが……上手くいくものじゃのう。流石はワシじゃ。」


ドヤ顔をするエンリを見ながら、僕は体を起こした。


「ここが、」

「うぬが指定した目的地じゃな。アマス王国付近のレンレ荒野…ふん。この状態で走るのはもうこりごりじゃよ。」


エンリは強く僕の事を睨んだ。濃縮された殺気がこの場に満ちる。


「…して、ワシがここまで凡人如きの為に骨をおってやったのじゃ。これから何をするのかについて…特別にワシに教える栄誉をくれてやろう。」


「…もし、気に入らない内容だったら?」


「この荒野で無様に散る事になるな。よもや自信がないのか…凡人?」


「いや、あるよ…エンリなら、絶対にノって来るって確信してるから。」


「ほう…ならば言ってみよ。」


僕は軽く深呼吸してから、手っ取り早く借金をなくせる最高に最狂な手段を口にした。


「これから、僕達はアマス王国…後、ジニヌ帝国を……」



———エンリの力技で一時的に征服する。



エンリは予想していた通り、嬉しそうな顔で嗤っていた。








































































































































































































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