14話 別れ道で、さよならを

——現在、僕とスロゥちゃんはエンリを残し、森の中にいた。


スロゥちゃんのお話というか、最早…講義(およそ180分)を聞き…難解な発言を噛み砕いて書き綴り、僕なりに解釈した結果……分かった事は四つ。



一つ…『過去召喚』の本質は、召喚者の魔力量に依存するが…その存在をより全盛期に近づけた状態で召喚する…言わば日本の降霊術に似たようなモノであるという事。


「……『接続』」


二つ…エンリは僕の魔力量的に充分、全盛期の状態になれた筈なのに、召喚される寸前で意図的に…魔力パスごと拒絶した事。


(そういえば初めて会った時…契約が不完全だってエンリ、言ってたよな。今から考えると…そういう事だったのか。)


僕はスロゥちゃんから借りたナイフを構える。


三つ…今では『原初の魔王』とか色々と呼ばれているらしいエンリだが…意外な事に、元々は魔物ではない…別の種族である事。


「…おいおい!?嘘だろ……」


——数えるのも馬鹿らしくなるレベルの拳くらいの火球が、僕の方へと物凄い勢いで飛んで来る。


四つ…いまいちピンときていないが、どうやら僕は凡人、一般人ではなく…『泉』の一部であるらしい…事。


——以下回想


「えっとさ…僕って人間じゃないのかよ!?初めて知ったんだけど……でも泉って、それ…ただの自然物なんじゃ…」


「違う…あなたは人間。泉は…あくまで比喩。それは死ぬ瞬間に刻まれて…だから……」  


「スロゥちゃん。お願いだからもう少し詳しく…」


「………。」


——回想終了


「はぁ…っ、今思い返して考えても…意味がぁ…全然、分かんねえよぉ!!!!」


…こうして木々を盾にしながら、スロゥちゃんから必死に走って逃げている理由は…僕が軽はずみに質問をしたからだ。



——エンリは別の種族だとして…じゃあ、結局何者なんだ?



質問を聞いたスロゥちゃんが硬直したのを今でもよく憶えている。数十分くらい経った後、無言でナイフを渡されて……この台詞だ。


『森の中で……1時間耐えれたら…教える。』


(地雷…踏み抜いちゃったなぁ。)


と、30分くらい前の僕は呑気に思っていたが…


「…ぜぇ、ぜぇ……っ!?」

「「「「コケェェェェェ!!!!!」」」」


岩場に身を潜め、体を休めていると…巨大で明らかにヤバい目つきの鶏の群れがこちらに向かって来ていた。


「……!?何だよ、あの鶏は!!!!!」 


こちらに来る寸前で、上空から雨の様に火球が降り注ぎ…一瞬で大きな焼き鳥と化した。


「あ、ヤバ…」

「……『接続』」


今までの経験から、すぐに察して…岩場から僕は全力で逃げ出した…つもりだったのだが。

 

「……待っ」

「………『ウル』」


雷が弓の形状に変わっていき…そこから一本の矢が僕に向かって放たれた。


「…どうした?その程度か…だとしたら、落ちぶれたのう……『大賢者』」


矢を素手で掴み、そう言ってエンリは…違う。


——僕は嗤っていた。


(…??あれ、何で…)


体が思うように動かせない。


(ふん。このワシを…除け者にしおって、凡人。その代償は高くつくぞ。)


(え、え、エンリ!?…これどうなって……)


(確か…降霊…じゃったか。その応用じゃよ…うぬの肉体を依代にワシの魂を降ろした…初の試みじゃが…案外成功するものじゃのう。)


(……あの、)


(黙れ凡人。そう心配せずとも、これが終わったら、ワシは元の体に戻る。正直、うぬはワシへの耐性もあって、器としてはこれ以上ない逸材じゃ。それ故にそのまま乗っ取ってしまっても良かったのじゃが……)


降り注ぐ矢を避けずに一瞥すると、魔法の構成が解けて…溶けるように消えていった。


「…凡人の退屈な記憶を半ば強制的に見る事になるのは心底、面倒じゃし…それにこの姿では、可愛らしい服が着れんからの。」 


(……。)


地面にヒビが入り、僕…エンリはスロゥちゃんに向かって跳躍する。


「……っ。『フェンリ…」

「言わせぬよ。」


勢いそのままに、スロゥの腹部に拳が直撃し、森を抉り粉塵が舞う中、大きなクレーターが出来上がる。


「…後30分。このワシがただ逃げ惑うだけと思ったか?」


(エンリさん?!スロゥちゃんが吹き飛んでったんですけど…それに僕の右腕…ぐちゃぐちゃになってるんですが…)


(……知るか。腕は後で治して貰えばよかろう。それに奴は…)


地面に着地し、スロゥちゃんが落下した場所へと向かおうと…


「やはり…来るか。」


遠方から接近してくる魔力の昂りを察知して足を止め、エンリは左腕を上に掲げた。


「よい…まずは小手調べじゃ…『花園イバラ』」


(ちょっ…小手調べって、そんな事したらスロゥちゃん普通に死んじゃうのでは…)


周囲の植物の色が反転、変質していき…主の囲いながら巨大な西洋風の城や兵士を形成し、それを害する存在を迎撃する。木々が花々が雑草が…対象を串刺しにする直前…スロゥちゃんは呟いた。


————『スルト』


……



辺りは焦土と化していた。


「フ…つぐつぐ厄介な奴じゃな。」


城だった残骸から外に出ると、燃え盛る大剣の形をした焔を引きずり、こちらへと歩いてくる…スロゥちゃんがいた。


(…挨拶代わりじゃったとはいえ…これを易々と退けるか。)


(エンリ…これからどうするんだよ?スロゥちゃんにこれ以上、危害を加えるのは……僕としては見過ごせないぞ。)


(ハハ…肉体の指揮権をワシに奪われた今の凡人に何が出来るというのじゃ?)


(…そ、それは……)


僕は言い淀んでいると、エンリは話を変えてきた。


(凡人…後、何分くらいかの?)


(……?大体…後、10分くらいだと思うけど…)


(ふん。このまま『大賢者』と戦うのも悪くないが…まあよい…布石は既に打った。特別に凡人に免じて、元の体に戻るとしようかの。)


(…えっと、今ですか!?)


(精々、足掻く事じゃな……応援はせんよ。)


エンリに反論しようとした瞬間には、体の指揮権が僕に戻った。そして、ぐちゃぐちゃになった右腕の激痛で僕は絶叫しながら受け身もとれずに、地面に倒れる。


「っ!?、痛ってぇぇぇぇぇぇぇえーーーー!!!!!」


ズタズタになった右腕に触れながら、足をばたつかせていると、徐々に引きずる音…地表が煮える匂いが近づいてくる。


「…スロゥ…ちゃ…ん、た、助け……」

「……。」


重心がぶれながらも大剣を振りかぶった。


「…ま、待っ……僕は…エンリ……じゃ」

「待たない。」


———そのまま、僕にそれを振り降ろした。


……



「——!!」


誰かの声が聞こえる。どうせ、あの胡散臭い男だろう。


「——!」


だが、この感じといい…聞いてて安心する声色で僕は目を開けると、僕が作った改造制服を計算通り見事に着こなしている女子がいた。


「クク…随分とお寝坊さんだな…我が友よ。」

「…羅佳奈らかな?」


周りを見渡すと、ここは高校の大講堂で、僕と羅佳奈以外は誰もいない事が分かった。


「…卒業式が終わっても尚、退場もせずに寝続ける姿は……とても戦慄したぞ。だが…見ているといい…アタシが卒業する時は、友を越える卒業式にしてやろう。」

「……。」


思い出した——これは…唾棄すべき卒業式の時の記憶。


「ん?どうした、友よ。」

「…ぁ。いや……何でもない。」


その結末も、とうに知っている。


——自身の信条に反し、身勝手に密ごころを抱いて…それを言う勇気すらもなく…始まる事もないままに終わった…酷くありふれた話だ。


さっきまでの記憶はある。だからこそ…どうして、こんな場所に…


「さあ、立ちたまえよ。外で皆が待っているぞ。」

「……そうだな。」


僕は言われるままに荷物を持ち、当時と同じ様に、扉を開けて大講堂を後にしようと…羅佳奈は振り返り、扉の前で動かない僕を心配そうに見てくる。


「…どうしたのだ?友よ。」

「……い、嫌だ。」


全身の震えを何とか隠しながら、僕は…今までずっと堪えていた感情を吐き出した。



僕はこんな奴だ…何度やっても、上手くいかずに失敗する。それで結局、誰かに助けられ続けて…いつまでも消えない負債を返済しようと躍起になって…また、しくじる…そんな毎日だ。


タイタンの時も、性竜セクロスの時も…スロゥちゃんの時だって…自分1人じゃ結局、何も出来なかった…手助けすらもあっちからしたら邪魔なんだろうよ!!僕はチート能力もない幸運と魔法適正ゼロで…ただ魔力量が多い凡人、なんだから。


他の奴らは凄いんだよ…


エンリも、エリアちゃんも、腐死ちゃんも、スロゥちゃんも、グラ様もエクスさんやカオスちゃんも…あの胡散臭い男ですら…皆共通して、強い信念がある事が僕ですら雰囲気で、分かっちゃうんだぜ?


僕には——抱く信念すらなかった。


——卒業後。大学1年生になって、僕の最後の心残りだった羅佳奈への誕生日プレゼントをクリスマスイブの時に彼に託した後、自殺した。


没頭できる事はあった。信条も…ある。でも何処まで行ってもブレブレで、僕よりも上の奴らはごまんといて…絶対に正しいと…思える信念がない…空っぽなんだ…だから……


「………ぁ。」


羅佳奈が涙を流しているのに気がついて…僕は我に返った。


「…ち、違っ!!僕は…」

「違くはない…途中の話はよく分からなかったが………全ての責任は、このアタシにある…その気持ちを……友だというのに気づけなかった事を謝らせて欲しい。」


深々と頭を下げる羅佳奈に僕は困惑する。


「顔を上げてくれ…頼むから。」


「…我が生誕祭の翌日。感謝を伝えるべく、我が臣下達の力を借り、友の居場所を教えてもらい、1人行った先で……首を吊って、死んでいる友の姿を見た。」


「………ぇ?」


「警察を呼ぶ前に…近くにあった友の遺書を見つけて…読ませてもらった。」


声が震えて、ボロボロと涙が床に落ちる。


「……ごめんな、さい。アタシが不甲斐ないばかりに…そこまで……心が追い詰められてるとも知らずに……アタシは…友、失格だ。これがただの夢幻だと分かっていても、こうしてまた友と話せて、素直に嬉しいと思ってしまったのだ…」

「…羅佳奈。僕は……」


僕は確かに自殺した…しかし、遺書なんかを書き残した憶えが全くと言っていい程にない。だからこれは僕の産み出した…都合のいい妄想なのではないのか。


(でも……違うよな。)


物事に対して、絶対に違うと言えない半端者な僕だが、これだけは断言できる。


(羅佳奈は…僕の妄想如きで収まる器じゃない、自慢の後輩だ…第一、)


——生まれて初めて…僕が主義に反して、本気で惚れた女なんだ。それを見間違えることなんてあり得ないだろ?


「…っ、どこへ行こうと…」

「……。」


覚悟を決めた僕は羅佳奈に背を向けて、舞台の方へと歩き出す僕の左手をギュッと掴まれて一度、足を止める。


「ごめんな……実は僕にはまだ、する事がいっぱい残ってるんだ。羅佳奈には悪いけど、これは僕がしなきゃいけない事なんだよ。」

「行くな…我が友………後生だ。」


魔王退治に詳細は知らないが…膨大な借金の返済、それとエンリの事と、アンさんやあの青年にも謝らないと…だからここで足を止めている訳にはいかない。僕はもう…部外者ではないのだから。


「…羅佳奈。」


僕は振り返り……涙目でも、決して俯かない羅佳奈の表情を目に焼き付けながら、前髪を優しく撫でる。


「…身長。僕が見ない間に少し伸びたな。」


「…と、当然だ。このアタシを誰と心得る?…この世界を統括するべき…存在で……」


「生徒会長の彼と…お幸せに。」


「?…っ、待てっ…友…鑢ぃ!!」


とても悔しい限りだが、僕よりも…彼の方がずっと相応しいだろうから…僕は制服につけてあった、赤色のコサージュを羅佳奈の服に付けてから手を振り解き、持っていた荷物を捨てて駆け出す。


制止の声を無視してそこへと辿り着いた瞬間、大講堂の全域に大きく亀裂が入り……舞台の床が崩壊して…僕は奈落の底へと落ちていく。



そんな状態でも僕の心は酷く落ち着いていた。






































































































































































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