2話 契約の成立
その言葉を聞いた少女は僕に、ジト目を向けながら言った。
「……何を口にするのかと思えば…くだらんな。凡人。」
「っ!はあ!?くだらない…だと。」
僕はお前を案じて言っているのに。世の中には、幼い女の子に対して性的興奮を覚える奴だっているんだ。このまま町中を歩いてみろ、暴漢とかに襲われるぞ。と心の中で思った。
「僕はお前を案じて言っているのに。世の中には、幼い女の子に対して性的興奮を覚える奴だっているんだ。このまま町中を歩いてみろ、暴漢とかに襲われるぞ。」
「…………。」
…あれ?何で体を手で隠して、三歩後ろに下がったんだ??
「凡人……いや、変態か。」
「え!?僕何か言った?」
「フ…だが、大した奴じゃ。ワシを後ろに下がらせた相手はこれで2人目じゃ。」
「それって果たして、褒められているのか?」
「……変態。ワシに服を着せると言ったな。」
「そうだよ。裸だと寒いだろ?後、変態呼ばわりは勘弁して下さい。」
突如、少女の周りの大地が黒に染まった。その地面に手を突っ込んで、何かを引っ張り出した。それを僕に投げ渡す。
「ほれ。これで服を作るがよい。もしワシが気に入らんかったら、その時点で凡人、うぬを殺す。」
「これって………布?しかもこんなに沢山……後、裁縫セットとか無いか?これだけじゃ作れないよ。」
「……ふん。」
針や糸一式を投げてくる。手に刺さらないように何とかキャッチした。
「うわっ危な…そう言うのは投げちゃ駄目だって。まあ出来る限り頑張って作ってみるよ。」
地面にどっかりと座り、針の穴に糸を通す。そして、布を縫い合わせ始めた…懐かしい感覚だ。
「…はあ。ミシンが恋しいな。」
「——意外に手先が器用じゃのう……凡人。」
いつの間にか少女が僕の隣に座り、興味深そうに服を作っているのを見ていた。驚きながらも作業を続けつつ、僕は話した。
「昔、高校の被服部で部長をやっていてね。」
「…ぶかつ?…ぶ、ちょう?」
「えっと、部活はまあ組織の事で、部長はその中の最上位に位置する存在って言った方が分かりやすいかな。」
「ほほう…理解したぞ。つまり凡人は凄いと言う事か。」
「それは……違う。あくまで、部活動の中で一番だっただけだ。」
断じて違う。世の中には、僕よりも上手い人ばかりが沢山いる事を…………知ってしまった。だから、僕は…。
「……出来たよ。はい、どうぞ。」
そんな感傷を捨て、少女に出来上がった服を渡す。
「……凡人よ、サイズは合っておるのか?」
「そこは大丈夫………問題ないよ。」
少女は僕が作った、薄い紫色の丈の長いワンピースを着た。見た感じちゃんとサイズは合っているようだった。
(僕もまだまだ、落ちぶれていないな。)
「うむ……中々に悪くない。その才能だけは褒めてやるぞ。」
少女は少し上機嫌になっている様だった。
「後はこれをどうぞ。」
少女に赤いカチューシャを渡す。
「……似合うかなと思って作ってみたんだけど。」
「どれ、つけてみるかの。」
少女はカチューシャをつけた。
「…どうじゃ?似合うかの??」
「凄く似合う。本当は下着も作りたいんだけど。作ってもいいかな?」
少女は瞬時に僕から距離を取った。
「…ワシは断じて下着なぞつけぬぞ。」
「いや、つけた方がいいと思うのだが衛生的に考えて……病気になるぞ。」
「さては……このワシを舐めておるな?」
「『このワシを』って言われても、お前が何者なのか分からないからな……。」
「む、言っておらんかったか。」
いつの間にか、また僕の目の前にいた。
「———ワシの名は、『エンリ』」
「この数多ある異世界に蔓延る魔物や魔族、獣人といった人ならざる存在を産み出した存在にして、その種族の原典にして、頂点に君臨する者。」
「『原初の魔王』『抑止力』『最古の呪い』とも呼ばれておる………それがワシじゃよ。」
「…はぁ。」
正直…信じられないが、村を消滅させたり四天王を瞬殺してたりしてるのだから、少女…否、エンリはきっと嘘はついてはいないだろう。
「…とは言え、この姿じゃ全盛期程、力は使えないの。」
「全盛期?昔のお前…エンリはもっと強かったのか?」
「ワシの素性を明かした上でその呼び方。うぬはワシが恐ろしくないのか?」
そう言いながら、僕を睨みつけてきた。僕は少し怯えてながらもエンリを見ながら言い返した。
「ああ怖いよ。でもな、僕の命の恩人に対して、お前って言葉を使いたくないんだ。だからちゃんと名前で呼ぶ……あっ。さんを付けて欲しいならそうするけど……。」
「……命の、恩人?」
エンリは一瞬、戸惑いの表情を浮かべたと思ったら、笑い出した。
「フフフ、ハハハハハハハ!!!……そうか!ワシが恩人っ!生まれて初めてじゃ。そんな事を言われたのは……傑作じゃのう。」
「でも、勘違いするなよ凡人。あの時ワシはうぬごと殺すつもりだったよ。」
「……ふぁ!?」
つい言葉が出てしまった。
「…えっと、マジで?」
「これが嘘をついているように見えるか。」
「じゃあ何で今僕を殺さないんだ?」
「そんなの簡単じゃ。」
エンリは凶悪に笑う。その姿はまるで、この世全てを愚弄している様だった。
「…単なる好奇心じゃよ。何故うぬはあの時死ななかったのか……気になってのう。まあ余興のようなものじゃな…。」
「…それでも結果的に助けてくれた……僕みたいな奴を。」
「…っ!」
気がついたら、エンリに押し倒されていた……僕の首を強く絞め上げてくる。
「…凡人、ここで今ワシがうぬを締め殺してもよいのじゃぞ。」
「…い、いよ…」
「……何じゃと?」
「殺せ、よ。僕は、助けられ、た命なん、だから……助け、てく、れたエ、ンリに殺さ、れるのなら、本望、だ………」
「……チッ。」
エンリは僕の首を絞めていた手を離した。僕は強く咳き込みながら、息を整える。
「……僕を殺さなくてもいいのか?」
「興醒めじゃ。またの機会とする。」
「そう…か。」
まだ生きている事に少しだけ安堵した。そして最初に聞きたかった事を問いかける。
「…村やそこに住んでいた人達はどうなった?」
エンリは僕の予想通りの答えを即答した。
「全てワシが殺し、吸収した。村諸共じゃ。」
「…だよな。」
あの布も道具も元は誰かが使っていたり、着ていたものだったのかも知れない。
「……?意外じゃな。てっきりうぬは、もっと激昂すると予想してたからの。」
「怒ってるよ。でも結局、僕は…」
——部外者なのだ…縁も何も僕にはないのだ。じゃあ何で、僕は聞こうとしたのだろう?……そんな答えは最初から分かっていた。
「…エンリ、そろそろどいてほしい……僕から提案がある。」
「提案?凡人風情がと言いたいところじゃが、ふむ。いいぞ聞くだけ聞いてやろう。」
エンリは僕から離れた。立ち上がり言う。
「僕とこれから一緒に行動しないか?」
「ほう……話を続けよ。」
「エンリは僕があの時何で死ななかったのか…気になってるんだろ。一緒にいた方が、分かる事もあるんじゃないか?」
「…うぬは、その原因を知らんのか?」
「知らないよ……それは断言できる。」
「成程のう。」
エンリは僅かに悩んだ素振りを見せたが、すぐに僕に言った。
「いいぞ凡人。うぬの提案、乗ってやるぞ。」
「!良いのか!?」
「うむ。どの道、うぬの魔力でワシは現界しているのじゃ。当然とも言えるの。」
「は?……初耳なんですけど。」
「……はあ。召喚はの、成功した時点で召喚主と召喚された側との間で魔力が繋がるものなんじゃよ……そんな事も知らんのか。凡人。」
「…はい。何か、すいませんでした。」
「では早速別の町に行くかの?」
「その前に、一つ約束してくれないか。」
エンリが行こうとするのを、僕は腕を掴んで止める。不機嫌そうに僕を見つめた。
「…約束?」
「これ以上、人を殺さないで欲しい。」
「不殺を誓えと……このワシに対して。」
「エンリ、君の価値観は僕とは全く違う事はもう分かってる。だから不殺とは言わない。ただ、普通に暮らしている人には手を出さないで欲しいだけだ。」
「降りかかる火の粉のみを、払えば良いと言う事かの?」
「エンリだったら出来ると僕は信じるよ。」
「フッ。その挑発乗ってやるぞ。ただしワシからの要求を飲めば、の話じゃがな。」
「……要求?」
「その前に、その手を離してからじゃ。不快でしょうがない…切り落としたくなる。」
「!?分かったからやめてくれよ。」
殺意を感じて、バッと手を離した。
「ふむ。要求はまあ簡単じゃよ。この異世界の魔王を殺すことに協力することじゃ。」
「ああ、魔王か……え…はっ?魔王??」
「何を驚く、ワシは嫌いなんじゃよ。蛆虫程度だったとはいえ、一度でも敵対した連中がのうのうと生きておる事が。」
「……それに、協力しろと?」
「そうじゃ、それに凡人にとっても悪い話でもあるまい?魔王を殺せば、願いが一つ叶うからのう。」
「マジかよ……知らなかったぞ。」
「うぬには一度、異世界の知識を叩き込む必要がありそうじゃ。それは少しずつやっていくとしよう……して凡人、ワシの要求を飲むか?」
魔王討伐…正直僕は乗り気じゃないけど、もうこの異世界で生きていくって決めたんだ。
—————覚悟を決めろ。
「分かったよエンリ………要求を飲もう。」
「そう言うと思っとったぞ。後は『契約』かの。」
「契約?」
「そうじゃ、今の状態だと不完全だからの。本来なら最初にやるべきじゃったが、あの蛆虫に邪魔されたからのう……。」
「僕はどうすればいい?」
「凡人、名は?」
「名前?…… 玉川鑢だけど。」
「タマガワヤスリか。ふむ、分かった。始めようかの……凡人、目を閉じてかがめ…もし目を少しでも開けたら殺す。」
「え?ああ、分かった。」
エンリの言う通りにすると、僕の唇に何かが当たる感触があった。
(……これって。)
口の中に何かが侵入し絡み合う。
数秒後、それは離れていった。
「……目を開けてよいぞ。」
目を開けて元の姿勢に戻す。少し腰が痛い。
「これで、契約は成立した。」
「なあ、エンリ。」
「……何じゃ。」
「何でさっきベロ、」
「言うな…殺すぞ凡人。」
エンリはそっぽを向いた。僕はどこか契約が成立した事で油断していたらしい。
「大丈夫だよ。僕は決して少女に対して欲情とかしないから。そこ誤解しないでほしいな。何せ僕は巨乳好きで……」
あっ、墓穴を掘ったなと思った時にはもう遅かった。
次の瞬間には僕は軽く宙を舞っていた。一瞬だけ、頬を赤らめ、涙目のエンリの姿が見えた気がしたが……落ちた衝撃で意識が飛んでいった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
契約の時、目を閉じた所からの記憶がない。
「契約は成立したんだよな?全く覚えてないし、した感覚が無いんだけど。」
「……っ問題ないぞ!無事に出来ておる。」
「まあ、それならいっか。それでどこに行くんだ?」
エンリは円状の漆黒を出現させ、そこから地図を取り出した。
「ここからじゃと……『ソユーの町』が近いのう。大体、2日程でつけるじゃろう。」
「それ、便利だよな。僕でも出来るようになるのか?」
「あーー。止めといたほうがいいじゃろうな。凡人なら……下手すると腕ごと飲み込まれるかもしれん。」
「…あっ、はい。」
「……それにしても、村にうぬが1人で花を手向けた所為でもう夜ではないか……時間をかけ過ぎたの。」
「それは…僕1人が責任を持ってやらなきゃいけなかったからな……けじめだよ。」
「下らんのう。だが、その意思だけは尊重してやろう。では行くぞ、凡人。」
「……分かったよエンリ。」
2人はソレニ村を後にした。そうして僕達は
『ソユーの町』へと向かう。
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