3話 罪の精算

 

————。


「ほれ、そろそろ町に着くぞ。」

「…はぁっ…はぁ。」


ここまでノンストップで来た所為か、疲労と空腹で僕は死にかけていた。そんな事を気にもせず、エンリは喋る。


「まずは凡人の武器からじゃな。防具は……うぬの体格だと重くて着れないの…まあよいわ。それが終わったら、ギルドじゃ。」


「…待って、くれ、」


「なんじゃ、凡人。この程度でへばりおって、それでもワシの契約者か?」


僕は命を振り絞りながら声を発する。


「…エンリさんや、人間にはな、時には休息が必要なんだよ!!……お願いします、町に着いたら一度休ませて下さい。このままだと僕、くたばるぞ?」


「…斬新な脅し方じゃのう…まあ、いいじゃろう。着いたら一度、休む事を許す。っ!うぬ!?」


「あ、れ?」


「休む」。それを聞いた僕の体は安心したのだろう。自身の意思とは関係なく、町に着く前に、思いっきりぶっ倒れ、意識を失った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……。」

「…はっ!?」


見知ったこの白い空間。そして見知った声。

僕はどうやら床に倒れているらしい。


「僕は…死んだのか?」

。」


その所為で私のプライベート時間がまた潰れた訳だけどね。…とも言っていた。僕は立ち上がった。


「そんな事はどうでも良いんだよ。僕は戻れるのか、あの異世界に。」


「そんな事って…酷いなぁ玉川君。私にとっては貴重な時間なんだぜ。」


「それは…悪かったよ。それでどうなんだ?」


僕は男に詰め寄った。


「そんなに鼻息荒くしちゃってまあ。玉川君があの世界を気に入ってくれて何よりだよ…その点は大丈夫さ。これはあくまで一時的なものだよ。すぐに帰れるんじゃないかな?」


「…そっか……良かった。」


「戻るまで時間がかかりそうだし、あっちで何があったのか教えてくれないかい?」


「何でお前に教えなきゃいけないんだ?名前も教えてくれない癖に。正直、胡散臭いんだよなぁ。」


「胡散臭さは私の専売特許でね。何、単なる暇つぶしだよ。この空間で無言で待つよりも、そっちの方が生産的だ。それに、私の貴重な時間を潰したんだ。多少は責任を取ってもらわないとねぇ?」


「…分かったよ。どうせ隠す事でもないしな。」


「よっ。待ってました!」


僕は男に今まであった事を全て話した。話終えた後、男は興味深そうに頷いた。


「成程ねぇ。不完全とはいえ『原初の魔王』を召喚したのか……大した豪運と魔力量だ。」


「なあ、そんなに凄い奴なのか、エンリは。」


「うん。数多ある異世界に七人しかいないといわれる『超越者』の一人だからね……うーん。分かりやすく例えると…君はソシャゲをやった事はあるかい?」


「…一応…あるけど。」


「まあ要は、ガチャのラインナップにすら載っていない隠しキャラを玉川君。君は単発で出してしまったって事さ……一生の運を使い果たしたね君。先にご愁傷様と言っておこう。」


「っ!やかましいわ。まだきっと少しくらいは運残ってるだろ!!」


そんな話をしていると視界が歪み始める。


「ん…視界が……?」


「やっとか。じゃあ、次はちゃんと私が呼ぶからその時になったら来てくれよ。その時までここに来ないでくれ……頼むから。これ以上私の休息を奪わないで欲しいな。」


「分かったけど、これってどうしようもないんじゃ……大体、来たくて来た訳じゃないからな。」


そう言って僕はまた、意識を失った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


見知らぬ天井だった。どうやら布団の中にいるらしい。


「…ようやく起きたか凡人。言いたい事は山ほどあるのじゃが、まずはこれを食ってからじゃ。」


エンリが水が入ったコップと何かの串焼きを僕に渡した。布団から起き上がり、それを貰う。


「……エンリが買ってきてくれたのか?」

「うぬはそれを黙って食っとれ。説明する事がある。よく聞けよ。」


僕は串焼きを頬張りながら頷いた。何も食べてなかったからか、とても美味しい味がする。


「ワシらは今………。」

「……っぶっ!?」


飲んでいた水を盛大に吹き出した。


「っは?……どういう事だよ??」


「まあ聞け。どうやらこの町に入るには、なんていうのかのう、許可証?が必要だったらしいのじゃ。」


「…はあ。で、何で軟禁されているんだ?」


「倒れたうぬをワシが引きずりながら、町の門番にそう言われたから、適当にソレニ村の誰かの許可証を渡したのじゃ。そしたら、連れて来られた……以上じゃ。」


「ちゃんと無いって言えば良かったんじゃ…」


「は?ワシがそんな事言う訳ないじゃろ?」


「……まあ、そうだよなぁ。」


突然ドアが開き、兵士の身なりをした人物が入ってくる。


「…起きたか、では来い!」

「あの、僕は状況がまだ飲み込めていないんですが……」


兵士は険しい顔をした。


「…お前達には、『ソレニ村消滅事件』の容疑の疑いがかけられているんだ。」


「え……本当ですか?」


「とにかく来い、話はそれからだ。」


僕らは兵士に連れられて個室に入る。


「これって……武器?」

「そうだ、どれでも好きな物を使え。準備が出来たら個室から出てこい。」


そう言って兵士は部屋から出ていった。とりあえず、武器を見てみる。


「剣に槍、弓もあるな。というか僕はこれから何をするんだ?」

「…… 。」


エンリは真面目な表情をして言った。


「…決闘って?」


「古来から伝わる身の潔白を証明する手段じゃよ。」


「な、成程……エンリがやるのか?」


「ワシか?やらんよ。」


「っ!?何でっ!」


「………仮にワシがやれば、疑いが確信へと変わるからじゃ。ワシは加減が苦手での。」


「……。」


僕が戦うしかないという事を悟った。


「…よってワシは凡人を応援する事しか出来ん。ワシが参加しない事は先に兵士に言っておる。」


「…そうか。」


「うぬがどうしてもと言うのなら、この町ごと飲み込んでもいいのじゃが………。」


「それは駄目だ。僕がやる……意地でも勝ってみせる。」


そう言うと、エンリは笑った。そして僕に剣を渡した。


「そう言うと思ったわい。ほれ、ワシの見立てではこれが一番うぬが使いやすいはずじゃ。」


無言で頷き、軽く剣を振ってみた。少し重いが何とかなりそうだ。


「…もし、うぬが死にそうになったら、………それを忘れるなよ。凡人。」


エンリなりの、激励の言葉なのだろうなと僕は思った。


「……分かったよ。エンリ……行ってくる!」

「ワシの期待を裏切るなよ、凡人。」


僕は剣を持ってドアを開ける。そこにはさっきの兵士が立っていた。


「…では行こう。」


無言で兵士についていく。外が見える門の前で兵士は止まる。


「精々がんばれよ…あの子を泣かせるなよ。」

「…はい。」


どうやら家族と勘違いしているようだったが、それを言う時間はなく、門が開いた。その中に僕は入る。そして門が閉まった。


「ここは…」


どうやら闘技場の中にいるらしい。辺りを見渡すと、観客が沢山いた。アナウンスが流れる。


「さあ次は世紀の一戦だぞ!あのソノレ村を消滅させた容疑者筆頭、タマガワヤスリ!!」


観客が僕を見てざわつくのがわかる。それを無視して、前方に集中する。


「対するはかつてこのソユーの町に侵入し、殺戮の限りを尽くした魔物!種族はオーガ、別名『血みどろ棍棒』だぁ!!!」


反対側の門が開いた。緑の肉体に文字通り、血まみれの巨大な棍棒を持ったオーガが現れる。


「ーーーーー!!!!」


血走った目で僕を見て、何かを叫びながら接近して棍棒を振り回してくる。


「うっ!!」


何とか避けられたが、僕がいた場所に小さなクレーターが出来ていた。直撃したら、即死だろうということは嫌でも分かった。


「……っ!!」


剣を鞘から抜いて、オーガを斬りつける。

人生で初めての経験だったから、振り方が悪かったのだろう……剣が折れた。


「ーーあああああああああああ!!!!!!」


ただ痛みはあったのだろう、少し血を流しながら、オーガは激昂していた。


「っやばっ!?」


咄嗟に僕は剣を鞘にしまってオーガから逃げる様に駆け出した。だが悲しいかな。オーガの方が僕よりも早かった。気がついた時には、反対側の壁まで吹っ飛んでいた。


「っ!がはぁ!?!?」


壁に激突した衝撃で息がまともに出来ない。頭から血が出てるのが分かる。今にも倒れそうだ。僕はこれをしでかした奴を見る。


「……そう、いう事か。」


何故、あんな巨大な棍棒を持っている奴が素早く動けたのか、分かった。僕を追う時点で棍棒を置いた状態で追いかけたからだ。そのおかげでまだ僕は生きている訳だけど、


「…っあ、でも…駄目だ。」


このまま僕が倒れたら、。立たないと……僕は何とか立ち上がった。


「あの……オーガは?」


ゆっくりと棍棒を拾い、こっちへと悠々と歩いてくる。おそらくオーガには分かっているのだろう。僕がいたって平凡な弱者だという事を。


「死ぬ気で、やってやる。」


差し違えてでも。そんな気持ちで僕は鞘から折れた剣を抜き、鞘を捨てた。少しでも身軽でいるために。


「ーーー!!!」


僕のその覚悟を理解したのか、オーガは走り出した。僕も負けじと走り出す。そんな時だった。


「っ何だ?」


——闘技場全体が黒い霧に包まれた。


観客達がざわめいている。僕は足を止めた。だがオーガは止まらずに僕に向けて棍棒を振り下ろそうとして———


「——フ。借りるぞ、凡人。」


僕が握っていた折れた剣を取り上げ、オーガの右腕を斬り飛ばした。棍棒は地面に落ち、盛大に出血していた。


「ーーーーーっあああああああああ!?!」


エンリは僕に言った。


「エ、エンリ?」

「ちゃんと見てろよ、凡人。剣とはこう使うのじゃ。」


さも当たり前の様に、自身の胸を折れた剣で突き刺した。すると錯乱して逃げだそうとしていたオーガの胸からも血が吹き出す。エンリは何度も自身を刺し続けた。それと比例するように、オーガも刺され、血が吹き出し続け——


「トドメじゃな。」


オーガはもう死んでいるのにも関わらず、最後は自身の頭を剣で突き刺し、引き抜いた。血が溢れてくる………少女の体は全身血で染まっていた。


「エンリ、何で……。」

「……見てられんかったからの。ワシの契約者があんなオーガ風情にボコボコにされとるのは。ワシの事は心配するな。この程度では死なんからの。勝手に再生する………ほれ。」


エンリは血を拭ってみせた。確かに傷が無くなっている。だが、僕はそんな事よりも言いたい事があった。


「何でまた裸なんだ?もしやとは思っていたが……露出狂なのか……エンリ。」


「へ、変な誤解するでない!あの服を汚したくなかっただけじゃ!!」


「…でも、ありがとうな。」


「……ふん。」


いつの間にかエンリに付いた血が無くなっていた。すぐに服を取り出して着る。


「では、後は任す。ワシは客席に戻るからの。」

「……今度、何かで埋め合わせするよ。」


加減とは面倒なものじゃと言いながら、エンリは戻っていった。その数秒後、黒い霧が晴れた。観客的にはズタボロになりながらも僕がオーガを倒した様に映るだろう。アナウンスが聞こえた。


「し、勝者はタマガワヤスリだぁ!!!」


観客から歓声の声が聞こえた。


「これで、無罪か。」


そう呟きながら、僕は空を見上げた。


今日は雲一つない、快晴だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


。まずやるべき事は僕の傷の手当てだった。幸いにも、怪我はそこまででは無かったので、病院で回復魔法で治療しつつ、一日中そこで安静にしていた。ちなみにエンリはずっと寝ていた。その後の事は何度も兵士達が来て事件についての軽い質疑応答があった位だった。僕が最初に会った兵士も来ていて帰り際には寝ているエンリを見て、


「あの子を大事にしろよ。」


と言っていた。誤解を解こうとする前に兵士は帰ってしまった。


回復した後、許可証を作る為に五時間ほど役所の人達と話し合った。何せ僕はこの世界の人間ではない………結局僕はソレニ村の住民であるという事で落ち着いた。


それよりもエンリの方が大変だった。彼女はずっと、


「世界の最果て、『飽食亭ほうしょくてい』の2階あるいは、深淵の『呪殺砂塵城じゅさつさじんじょう』に住んどった。」


の一点張りだったのだから。僕の説得もあってか、なんとかソレニ村の住民という形で落ち着いた。エンリは終始、釈然としない表情をしていたが。


他にも山の様な書類と戦い、その2日後の朝、何とか僕らの許可書を作ることに成功した。


「やっと町で活動できるのう、疲れたわい。」


「……殆ど僕がやったけどな。」


「適材適所じゃよ。ワシはああゆうのは好かん。……そういえば凡人。あの時埋め合わせをするって言っておったな?」


「覚えてたのか……そうだな。何かして欲しい事があったら言ってくれ。」


「では、ギルドに加入して、ワシらの拠点を構えた後でも良いから、ワシの新しい服を作ることを命ずる。」


「…そんな事でいいのか?…分かったよ。」


「期待してるぞ、凡人、だが下着は作るなよ。」


僕は盛大にため息をついた。


「さあ行くぞ。まずは武器屋からじゃ!」

「…はいはい。」


僕らは本格的にソユーの町へと繰り出した。
















































































































































































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