人参食/それは記憶だった
「Здравствуйте.」
目が覚めた時優しそうな青年が私に声をかけてくれた。
「こんにちは わたし の なまえ は 」
2324年ーー。
AI、医療、核兵器、様々なものが技術として発展していき世界という均衡が崩れかけていた。
しかし、人間というものは依然として変わらなかった。
それはいつまでも惨めで哀れな生き物であったのだ。
この世界になって唯一のメリットはきっとタイムマシンができたことだろう。発展しすぎた世界で戦争から逃げ切るためには無理やり時空の歪みを作り出し、”今”から目を逸らすことしか無かったのだ。
しかしそれも昔の話、今は上の人間にタイムマシンまでも管理されてしまい、この世界に閉じ込められてしまった。
もはや人間の生きる意味なんて新しい技術を生み出すことでしか無くなった。
でもポンコツな僕は16年かけてたった一つの機械しか作ることが出来なかった。
「こんにちは、目が覚めたかい?」
「はじめまして、わたし の なまえ は なんですか」
「Schatz…あ、あー?第一言語を日本語に設定したんだっけか、…君はシャッツだよ」
「しゃっつ、おぼえました」
「シャッツ、君は記録ロボットだ、その体で君がこの世界を記録してほしいんだ」
僕の16年間をコイツに捧げた。
誰にでも作れる、どこにでもある機能しかないコイツを…
「わかりました しゃっつ に おまかせ ください」
「ははは、随分頼もしいね、これからよろしくシャッツ、僕はリヒト」
「りひと さっそくですが しゃっつ は なにをすればいいですか」
シャッツ誕生の記念すべきお祝いだ。
ド派手にやってろうじゃないか
「おいで、シャッツ、この世界を見せてあげるよ」
そういうとシャッツはその体に着いているタイヤを走らせて僕の後ろに着いてきた。
三重になっている扉を一つずつ開けていく。最後の扉を開くと生ぬるい風が肌に触れた。
「シャッツ、これが世界だよ」
「これが せかい しゃっつ の きろく する もの」
「そうだよ…」
シャッツに見せた世界には自然なんて一つもない。海も、川も、山も生き物も何一つ存在しない。シェルターのように頑丈な建物が無数に存在しているだけ。
ここはそうなってしまった。
国境も、国も、人も、全てが曖昧になった世界。
「りひと ここには もう なにもないのですか」
「っ…、あるよ、人が生きていた証拠が、ここにはあるんだ」
今は見えなくても、この地盤にはいつも過去がある。それさえも崩す訳にはいかない。
「わかりました しゃっつ は きろく を おこないます」
「うん、シャッツ、5時間後にここに帰って来れるかい?」
「わかりました…【記録開始】……終了予定時刻18時36分 位置情報の記録 周辺の土地形を予測……」
何とかなりそうだ、シャッツならきっと上手くいくだろう。
あぁ、大切なことを忘れていた。
「シャッツ、僕以外の存在に遭遇しても君が記録ロボットだということは言ってはダメだよ、他のものに聞かれたら君はこう答えるんだ、」
「私は災害土地観測ロボットです、と」
「いま の ことば きろくしました それではきろく を はじめます」
よし、これで予防線も張ることが出来た。あと少し…残った時間でどこまでできるか、シャッツ…信じているよ
…そろそろかな、僕は再び重く固い三重の扉を開ける。
「りひと しゃっつ は きろく を おえました」
足元から無機質な音が聞こえる。
僕はしゃがんで目線を落とした。
「おかえり、シャッツ」
「帰ってきた時は”ただいま”って言うんだよ」
「ただいま … ?」
「そうだよ、お仕事お疲れ様だね。さぁ、中に入ろう」
そう声をかけるとシャッツはまた、僕の後ろに着いてきた。
シェルターの奥、無数のモニターがある部屋まで歩いたところで振り返る。
「シャッツ、君の見たものを僕に教えて」
シャッツを持ち上げて背中の部分にコードを刺す。
部屋の一番大きいモニターが切り替わり僕の足元が映し出される。
「きょう の きろく を さいせい します」
「ありがとう、シャッツ」
シャッツが再生を始めると画面が動き始める。足元しか見えていなかったのが僕の表情までをはっきり捉えていた。
「移動とカメラの上下する動作には問題なしと、」
さすがに5時間もの記録をそのまま見る訳にはいかないため、シャッツに早送りしてもらいながら確認することにした。
流れる映像は荒れた土地ばかりで、何か新しいものがある訳では無かった。
「シャッツ、この辺の土地に誰かいたかい?」
「いいえ なにも みられませんでした」
この土地もハズレか…明日はまた別の範囲をシャッツに頼むか、
「しかし たてもの の あいだ で なにか を みつけました」
「!!」
「シャッツ、今すぐその時の映像を出せるかい」
「わかりました」
流れていた映像が一度止まり、また別の場面へと切り替わる。
そこには何も無いはずのシェルターの間へと周囲を気にして入っていく何かがいた。
「政府の護衛ロボットか…こんなところにいるということは…」
「シャッツ、偉いぞ!君のおかげで未来が救われるかもしれない!」
「りひと の やく に たてましたか」
「あぁ、言葉じゃ表せないほどに嬉しいよ、おいで、シャッツにこの世界を教えてなかったね」
それから僕はシャッツにこの世界の全てを話した。昔の綺麗だったこの国の姿や、荒れ果ててしまった今の世界ができた理由、それから僕の居なくなった家族の話まで。
シャッツは僕の話を全部聞いてくれた。
「ごめんね、シャッツ、長い話をしてしまって」
「りひと の はなしを きけて しゃっつ は しあわせ です」
「…君は機械だけど優しい心を持っているんだね」
「こころ ですか」
「そうだよ、ずっと大切に持っておいて欲しい」
「わかりました しゃっつ は こころ を たいせつ に します」
「うん…シャッツ、そろそろ休もうか」
シャッツに声をかけて休息をとる。
そこから数日が経った。毎日シャッツに記録をさせてもう十分と言えるくらいの情報が集まってきた。そろそろやらなければ。
いいや、今しかチャンスはない。
「りひと きょう は なに を しますか」
もはや何も言われなくても後ろをついてくるようになったシャッツ。
僕は後ろを振り返りシャッツを持ち上げた。
「りひと しゃっつ は あるけます」
「うん、知ってるよ。ただ、こうしないといけないんだ」
シャッツを抱えて歩いていく。
あと少し、あの角を曲がればシャッツが見つけてくれた政府の地下シェルターの入口にたどり着く。
「ほんとうに、あった…」
この国の政府の紋章と一見見つからないように隠された入口。ここが、最深部の入口。
政府の護衛ロボットがこのシェルターを出て外の見回りに行くこの時間、きっと制御室は手薄になっているはず。だから、チャンスはいまだけなんだ。
入口の扉をハッキングソフトを使って開けて足音を立てないように、静かに、そして急いで歩いていく。
しばらく歩けば直ぐに、制御室と書かれた部屋があるのを見つけた。
中が覗けるくらいだけの隙間を作りそっと覗く。中には誰一人いなかった。機械でさえもそこにはなかった。
その代わりなのかAIが大量のパソコンを制御していて、無数もの情報が常にそこを飛び交っていた。
本当に中に人がいないかをもう一度だけ確認して、キーボードがある席に座る。
「シャッツ、少しだけ待っていてね」
「わかりました ここで まっています」
早くしなければ…
キーボードとその前のモニターを使ってこのシェルターのタイムマシン装置とそのセキュリティを全て解除していく。
政府の装置だと言うのにザラだな…
ここまでくると狙われることなんて想定していないようだった。
「Wer bist du!!」
入口から音がして振り返ると護衛ロボットの一体がこちらを向いていた。
くそ、早く全てを終わらせないと…シャッツを勢いよく持ち上げ、内線を取っているロボットをかわしながら部屋を出た。
目指すのは一箇所だけ。入口と反対側奥のさらに奥。
シェルター内にはサイレンが鳴り響いた。
「りひと あぶない ですよ」
そんなシャッツの言葉をも無視して走り続けた。
「あった!ここだ!!」
一際目立つ装飾のされた大きなドアを開けて中に入りドアを閉める。部屋の中にあった動かせる家具全てをドアの前に移動させて後ろを振り返る。
僕の何倍もある大きい装置。これがタイムマシン。
ゆっくりと近づく。あるのはタイムマシン本体と横にあるコンピュータだけ。
起動させると、操作できるのは年代と場所だけだった。
コンピュータの画面を見ながらこっちを見上げてくるシャッツに声をかける。
「シャッツ、君がコレを…いや、君の記憶を君が届けに行くんだ。」
「わかりました ………しかし りひと は どうするのですか」
「!!…僕は、この世界を最期まで見届けないといけないから、ここに残るよ」
コンピュータの操作を確定させると外が騒がしいことに気がついた。
もう、タイムリミットが迫ってるみたいだ。
「シャッツ、本当は君の記憶だけが必要だった。でも、今は違う。君を助けたいんだ。この酷い世界で君を、君の心を作ってしまった僕のエゴだよ。」
この世界で君のことだけは、絶対に救わないといけないんだ。
「りひと」
「さぁ、ここに入って」
「おやすみ、僕のシャッツ、いい夢を」
そう言って、扉をゆっくりと閉めた
目が覚めた時に私の前にいたのは、優しそうな青年だった。
青年は…リヒトは、私に名前をくれた。シャッツという名前を。
リヒトは私に世界の記録を命じた。私にとってその仕事は簡単なものだったけど一度も手を抜かなかった。リヒトの想いを叶えたかったから。
それからリヒトは私に色々な話をしてくれた。世界のこと、リヒトの家族のこと、そしてリヒト自身のこと。でも、その話をするリヒトはいつも寂しそうだった。
私だってリヒトのことを助けたかった。
だから、そのためにできることは何でもした。世界を何度も記録して、リヒトと一緒に見続けた。リヒトは、私が記録してきたことを嬉しそうに喜んでくれた。
それでもやっぱり悲しそうで寂しそうなあの顔が私の記録に残り続けていた。
リヒト、あなたは私に心を残してくれた。
だから、つらくて幸せだった。
私は、記録ロボット。あなたとの出会いを、私の心を、リヒト…あなた自身をシャッツは、記録します。
【記録終了】
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