第8話 王子様ったら遺体収集癖をお持ちですのね
「それではお嬢様。準備は宜しいですか?」
エルディ小人の言葉に、ガラスの棺に入ったヒュルケは「勿論ですわ!」と声を張り上げて答えた。
「随分と威勢のいい遺体ですが、まあ良いでしょう。そろそろ王子が訪れる頃ですので、お嬢様は死んだふりを決め込んでください」
「分かりましたわ!」
森の奥に作られた台座の上にガラスの棺を置き、ヒュルケはその中に横たわって瞳を閉じた。白雪姫に登場する王子の来訪を待つ為だ。
「ちょっとお待ちになって?」
準備が整ったというところで、ヒュルケが僅かに首をもたげた。エルディ小人はうんざりしたように、「一体何です?」と、眉を寄せた。
「私、王子に名前を聞かれたらなんと名乗れば良いのかしら? 『白雪姫です』だなんて、頭がおかしい女だと思われてしまいますわ」
「そんなに『姫』がお嫌ならば、『白雪です』と名乗れば良いではありませんか」
「確かにそうね。『おやゆび』よりはずっとマシですものね」
ヒュルケは納得したのか枕に頭を預け、瞳を閉じた。エルディ小人はホッとしてため息を洩らすと、ヒュルケのあまりの美しさに一瞬目を奪われた。
木漏れ日が差し込み、ガラスの棺の蓋が七色に輝いて、ヒュルケの白い肌や金色の髪を照らし出している。これほどに美しい娘はそうそう居ないだろう。
……黙ってさえいれば。
何者かが近づいてくる足音を聞き、エルディ小人は慌てて泣いているふりを始めた。
「そこの人、何故泣いているのです?」
凛とした声を放ち、白馬に乗った男が現れると、ウソ泣きを演じているエルディ小人に声を掛けて来た。
「『白雪姫』が亡くなり、悲しいのです」
「……『白雪姫』? 妙な名前の方ですね」
「あ、間違えました。『白雪』です。姫は忘れてください」
——しまった。危うく王子と結婚した暁には『白雪姫姫』となるところだった。
エルディ小人はウソ泣きをしながら、「悲し過ぎて名前を間違えました」と誤魔化した。
「そうですか。大切な方を亡くし、嘸かし悲しい事でしょう。私にもどうか故人の安らかなる眠りを祈らせてください」
男は白馬から降りると、ゆっくりとガラスの棺の側へと近づき、ヒュルケを見つめた。
「なんと美しい方なのだろうか! 彼女は本当に亡くなってしまっているのですか!?」
どこからどう見ても生き生きとしているヒュルケを見つめながら男が言った。エルディ小人は「はい」と答えると、顔を上げ、男を見つめて苦笑いを浮かべた。
——またもやアレクシス王子と瓜二つだ。お嬢様は気にしていない様子だが、虚勢でなければいいが……。
男はヒュルケの美しい姿にすっかりと魅了されている様子で、うっとりと見惚れている。エルディは気に食わないと思いながらも、その様子を黙って見守っていた。そして、ハッとしたように男が振り返ると、懇願するようにエルディ小人の前で跪いた。
「私は隣国の王子です。どうかこの方を、私に譲ってはいただけませんか?」
「……貴方、死体の収集癖でもあるのですか?」
つい、突っ込みを入れたエルディ小人だったが、このままでは物語が進まない為、コホンと咳払いをして言い直した。
「失礼。貴方でしたら彼女をきっと大切にすることでしょう。どうぞ、お持ちになってください」
「それは有難い! 毎日彼女を敬い、大切にすると誓いましょう!」
エルディは王子が毎日死体に向かって話しかける様子を想像し、ゾッとした。
——とんでもない変態だ。
「ちょっと待ったぁ!!」
ふわりとした栗毛を振り乱しながら、ヘリヤが叫び割り込んで来た。
「またですか……」
うんざりした様に言うエルディ小人を見て、ヘリヤが「きゃあっ!!」と黄色い声を上げた。
「エルディったら一体どうしたのさ!? その可愛らしい姿はっ!!」
「……七番目の小人です」
「よく分からないけれど、可愛いじゃないかっ!」
ヘリヤは王子の存在をガン無視し、エルディ小人をぎゅっと抱きしめた。
「お止めなさい」
「こんな可愛らしい姿のあんたを愛でる機会なんか、そうそう無い!」
エルディ小人はじたばたと短い手足をばたつかせ、必死に抵抗し、攻撃魔法をいくつか放ってみたものの、封印された状態ではヘリヤに適うはずもなく、されるがままに抱きしめられた。
「いい加減放しなさい、この変態女め!」
「絶対嫌~! なんて可愛いんだろう! 声まで幼いし!?」
「ええい! この私を愚弄するとは!!」
「バカにしてなんかないよ。可愛いものは可愛いって言ってるんじゃないか」
ちゅ! と、エルディ小人の頬っぺたにヘリヤがキスをし、もうどうにでもなれと項垂れた。
——とにかく王子がお嬢様を起こしさえすれば、この物語は終わるのだ。それまで耐え忍べば……。
アレクシス王子に似た男はヘリヤとエルディ小人を無視し、ヒュルケの入ったガラスの棺を運び出さんと、連れて来た従者達に指示を出した。
「よっこらせ!」と、従者が棺を担ぎ上げた時、バランスを崩してヒュルケが棺の中で前のめりになり、上蓋に思いきり頭突きをした。べったりとガラスに張り付いたヒュルケの顔は、美しいとはお世辞にも言えない有様である。
「ぶ……くくく……」
「ちょ、笑ったら失礼……ぶははは」
従者達が失笑し、ヒュルケの顔がどんどん赤くなっていく。
「これは……うむ、美しくないな。やはり返品しようか」
王子がそう言った時、バリン!! と、凄まじい音と共にガラスの破片を撒き散らし、ヒュルケが憤然としながら棺から飛び出した。
「ノークレームノーリターンですわよ!?」
王子はその様子を目をまん丸にして見つめており、数歩下がって怯えた様に身体を震わせた。
「いえ、ゾンビはちょっと受け入れかねます……」
「まぁ、失礼ねっ! ゾンビじゃありませんわ!? ピッチピチですわよ!?」
「ピッチピチの遺体なのですか!? というか、ガラスの棺を素手でぶち割りましたよね!?」
「その位、誰でもできることではなくって?」
「難しいと思います!」
「そんなことどうだっていいじゃない。さっさと結婚してしまいましょうよ。というよりしなさい、さあ、早く! 今すぐ!」
王子に詰め寄るヒュルケに、王子はガクガクと膝を震わせながら頷いた。
その様子を見つめていたエルディ小人は——面白く無い——と、不快感を露わにし、自分をぎゅっと抱きしめるヘリヤへと言葉を放った。
「ヘリヤ。このままお嬢様と王子の結婚を許すおつもりですか?」
エルディ小人の突っ込みに「あっ!」と、ヘリヤが素っ頓狂な声を上げると、「こうしちゃいられない!」と言ってエルディ小人を羽交い締めにしていた手をパッと放した。
「あんなゾンビ女じゃなく、あたしと結婚しましょう! ゾンビってうつるし!?」
「え!? うつるのですか!? それは困りますっ!」
「そうでしょう? あたしの方がお買い得だよ?」
ヘリヤが王子の手をとって、うるうると瞳を潤ませて言うと、王子はあっさりと頷いた。
「うむ。その方が良さそうだ」
「ちょっと、眉毛! 王子は私と結婚するのよ!? 貴方は思う存分エルディといちゃついてなさいなっ!」
「私を勝手に献上するのは止めていただきたいものですね」
苦笑いを浮かべているエルディ小人に、ヘリヤはこれみよがしに王子の腕に自らの腕を絡ませて見せ、勝ち誇った様に微笑んだ。
「どお? 妬ける?」
「いえ、ちっとも」
スンとしたすまし顔で答えたエルディ小人に、ヘリヤは顔を真っ赤にして怒りを露わにした。
「まあいいさ! あんたの可愛らしい姿も見られたし、次はどんな姿になるのか楽しみにしてるよ!」
パッと光に包まれて、ヘリヤの姿が消えて行き、ヒュルケはがっくりと項垂れた。
「また邪魔をされてしまいましたわ!」
「仕方ありません。次の物語で学ぶと致しましょう」
ヘリヤを王子へとけしかけたくせに、エルディはすまし顔でさらりと言った。が、ヒュルケは余裕綽々といった様にニコリと微笑んだ。
「でも、少しだけだけれど学んだ気がしますわ」
「……ほう?」
興味深そうにエルディがヒュルケを見つめると、ヒュルケはそっとエルディの手に触れた。
「『恋愛』とは、例え相手が亡くなっていようとも芽生えてしまう感情なのですわ」
「……芽生えたかどうかはともかく、まあ、上出来でしょう」
「それともう一つ」
ヒュルケは少し恥ずかしそうに頬を染め、エルディはその様子を見て片眉を吊り上げた。
「『思い出』は、宝物ですわ」
「と、申しますと?」
「私、思い出しましたの。アレクシス王子と初めてお会いした日の事を」
「『思い出した』とは、どういう事です?」
「何故かしら、忘れていた様ですの。とっても素敵な思い出でしたのに」
恥ずかしそうに両頬に手を当てるヒュルケを、エルディが不思議そうに見つめていたが、何故か段々と不愉快な気分になって、プイと顔を背けた。
「大切な思い出ならば忘れないはずではありませんか。つまり、忘れていたということは、さほど大切ではないということでは?」
つまらなそうに言い放ったエルディに、「そんなことありませんわ!」と、ヒュルケが言い返した途端、眩い光が二人を包み込み、すぅっと消えていった。
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