第5話 ちんちくりん眉毛はお呼びではなくてよ

 おやゆび姫の名を何にしようかと考えた結果、面倒になったヒュルケは「私の名は『ヒュルケ・ペルカ・サルメライネン』ですわ!」と、言い放ち、エルディ燕は気圧されて「いかにも……」と、キョトキョトと瞳を動かした。


「燕になろうともエルディはエルディなのだから、おやゆびになろうとも私は『ヒュルケ』ですわっ!」

「……おやゆびは指です、お嬢様」


「アハハハハハ!! 無様な姿ね、エルディ!!」


 突然笑い声が響き渡り、エルディ燕とヒュルケは驚いて顔を上げた。

 上空から不敵な笑みをその顔に浮かべながら優雅に女性が舞い降りて来ると、ふわりと花びらの上へと腰かけた。彼女は緩やかな栗毛を肩へ掛け、アメジストの様な瞳でジロリと二人を見つめた。


「ヘリヤ!!」


 エルディ燕が叫ぶと、彼女は小ばかにした様にニヤリとほくそ笑んだ。


「エルディ・アロ・アフリマンともあろう者が、そんな姿をしてるだなんて、笑えるね!」

「よもや物語の世界にまで追って来ようとは!!」


悔し気に彼女を睨みつけるエルディ燕の横で、ヒュルケは「あーっ!!」と叫んで彼女を指さした。


「貴方、アレクシス王子の隣に居たゲジ眉小娘!!」


ヒュルケの発言を聞き——アレクシス王子の顔は覚えていないのに、そっちは覚えているんですか? と、エルディ燕は苦笑いを浮かべた。


「ここで会ったが百年目。ぎゃふんと言わせてやりますわよっ!!」

「誰が言ってやるもんか! 負け犬はあんたの方じゃないかっ!」

「なんですってぇ!?」


ヒュルケに向かって堂々と舌を出しバカにした小娘を指さし、ヒュルケは「なんなんですの、あのムカツクちんちくりん眉毛は!! 一体貴方とどういう関係ですの!?」と、エルディを責め立てた。


「……彼女の名はヘリヤ・ハス・サリエル。常々私の周囲に纏わりつく目障りな女です」

「どういうことかしら?」

「つまりは私に封印の術を掛けた張本人なのです」


ヒュルケは「なるほど!」と、頷くと、ヘリヤに向かってビシリと人差し指をつきつけた。


「つまり、彼女をやっつけたらエルディの封印は解かれるというわけね!? 丁度いいわ。私、剣術は禁止されていたけれど、格闘技には少々心得がありましてよ? エルディに『恋愛』とは何かを教えるよりも、よっぽど手っ取り早くて良いわ!」


ヒュルケの言葉を聞き、ヘリヤは唖然としてアメジストの様な瞳を見開いた。今にも殴りつけんと腕を振り回すヒュルケにゾッとして、首を左右に振った。


「ちょ、ちょっと! 乱暴な事を言わないでよね! あたしを退治したって、エルディ・アロ・アフリマンの封印は解かれたりなんかしないんだからっ!」


慌てて両手を振りながら言うヘリヤの様子は、以前のぶりっ子な様子とは打って変わって誠実そうに見えた。男性が好みそうなゆるふわな栗色の髪に、大きなアメジストのように輝く瞳。同性のヒュルケから見ても惚れ惚れする様な美女だ。


……眉毛以外は。


 ヒュルケはエルディ燕をチロリと見ると、「そもそもどうして封印なんかされちゃったのよ?」と、疑いの眼差しを向けた。


「さあ? 存じ上げません」


サラリと答えたエルディ燕に、ヘリヤは顔を真っ赤にして立ち上がった。


「はぁ!? あたしがずっとアプローチしてるのに、あんたときたら全く関心が無いんだからっ!!」

「何の事やら」

「とぼけないでよ! このあたしに見向きもしないだなんて、頭が腐ってるんじゃないの!?」

「極めて正常です」

「そもそも他人に興味が無い冷たい男なんだあんたはっ!」

「ですからこうして学ぼうとしているではありませんか」

「はぁ!? あんたがどう学ぶつもりなわけ!?」


エルディ燕はやれやれと翼を広げて首を左右に振ると、ツンとくちばしを背けた。


「感情豊かなお嬢様の側に仕える事で、学ぶことができると思ったのです」


 ヘリヤはぷぅっと頬を膨らませると、「その子じゃなく、あたしから学べばいいじゃないかっ!」と、ヒュルケを指さして怒鳴りつけたが、エルディ燕は首を左右に振ってため息を洩らした。


「なんにせよ、私の見当違いだった様です。残念ながら、お嬢様はアレクシス王子の側にいる貴方の存在を、全く以て気に留めていらっしゃいません」

「え……!?」


ヘリヤは唖然としながらヒュルケを見つめた。


「貴方、あたしとアレクシス王子がくっつくのを見てヤキモチを妬いていたんじゃないのか!?」


ヒュルケはフンと鼻を鳴らすと、「いいえ! ゲジ眉が嫌いなだけですわ! 毟って差し上げますわよ!?」と胸を反らせて言い切り、その様子にヘリヤは苦笑いを浮かべた。


「信じられない。ヤキモチを妬いて妬む醜い彼女を見て、エルディが幻滅すればいいと思ってたのに」

「残念ながら無駄骨のようですね。お気の毒です」

「あんたのその態度もムカツクんだよっ!!」


 二人の会話を聞き、ヒュルケは自分が完全に事故に巻き込まれただけの犠牲者であることを知った。


——つまりは痴話喧嘩というわけね? 眉毛さんはエルディが好きで必死にアプローチをしているのに、『恋愛』を知らないエルディに見向きもされなかった。それで頭に血が上って封印の術を掛けたんだわ。

 ハッキリ言って馬鹿らしいわ……。私は二人の痴話喧嘩に巻き込まれて、アレクシス王子に婚約破棄をされた完全な被害者じゃない。


 ヒュルケが呆れかえってため息を吐くと、「とりあえず、アレをなんとかしましょうよ」と、くいと顎で遠くの花の蕾を指した。金色の王冠を被ったアレクシス王子と瓜二つらしい容姿の男が、所在無さげにオロオロとしている。


「いつまでもここに居たって埒が明かないもの、さっさと次の物語へ行きましょう? 痴話喧嘩なら、帰ってから存分にやり合えばいいわ。それじゃ、ちょっと行って結婚してきますわ!」


そう言って若木の枝から飛び降りようとしたヒュルケの服を、エルディ燕がカギ爪を引っ掻けて「お待ちください」と引き留めた。


「だから、さっきから何ですの!?」

「はて? ああ、えーと、アレクシス王子に似た男と結婚して良いのですか?」

「どうせ物語の中だけでの話なのですもの、誰と結婚しようとも構いませんことよ!?」


憤然とするヒュルケに、「ふむ……」と、エルディ燕は困った様に小首を傾げ、それを見ていたヘリヤがクスリと小さくほくそ笑んだ。


「残念だけれど、アレクシス王子はあんたなんかには渡さないよ! 現実世界でも物語の世界でも悔しがってなっ!」


 ヘリヤは白い翼をぱっとはためかせて飛び立つと、「お先に!」と、花の蕾へと向かった。

 そしてアレクシス王子と瓜二つの男の腕を強引に取ると、「彼と結婚するのはあたしさ!」と宣言した。


「え!? 待って、それじゃあ物語が……」


驚いて声を発したヒュルケに、ヘリヤはふんと鼻を鳴らした。


「いい? よく聞いて。ヒロインはこのあたし! 現実世界でも物語の世界でも、あんたは悪役なのさ!」

「誰が悪役よ、この眉毛!」

「あたしの名前は『ヘリヤ』だよっ!!」


ヘリヤがそう怒鳴りつけた時、パッと辺り一面が光に包まれた。ヘリヤの高笑いがこだましながら消えていく。


「やれやれ。お嬢様、この物語はここで終わりの様です。次の物語へと自動的に移り変わることでしょう。ヘリヤは何が何でも邪魔をする気でいる様ですので、警戒しなくてはなりません」


元の姿へと戻ったエルディが冷静沈着な様子でそう言うと、ヒュルケは何も言わずに俯いた。少し落ち込んでいる様にも見える。


「……偽物とはいえ、アレクシス王子と結婚ができず、残念なのですか?」


すまなそうにエルディが問いかけると、「そんなことはどうでもいいわ」とヒュルケは答え、寂しげにため息を吐いた。


「『恋愛』とは何かが少しだけだけれどわかった気がしますの」

「……ほう? それはそれは。この短時間で成長されるとは」


淡々としたエルディの調子に、ヒュルケは「貴方、私をバカにしているでしょう?」と、腹立たしそうに言った。


「まあ、良いでしょう。一応聞くだけ聞いてみましょう。お嬢様の理解した『恋愛』とやらを」


 ヒュルケはコホンと咳払いをすると、少しだけ笑みを向けたが、眩い光の中に居るヒュルケの顔を、エルディは確認することが出来なかった。


「顔や財産、地位や名誉だけではなく、何かもっと別の魅力に惹かれるのだわ。そしてそれは、ただ決められたからと結婚をするのではなく、自分で選び、自分で決める事が大切なのだと思うの」

「ふむ……まあ、上出来でしょう」


眩い光が二人を包み込み、すぅっと消えていった。

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