第4話 もふもふエルディですのよ

 エルディ燕に突きつけられた事実を聞き、ヒュルケは愕然とした。


「あ……あら、そうなの。ほほほ……」


乾いた笑いを浮かべた後ヒュルケは項垂れたが、直ぐに顔を上げビシリとエルディ燕へと人差し指を突き付けた。


「言っておくけれど、私は虫が嫌いですわ!!」

「え!? は、はあ……存じ上げておりますが……」


突然言い渡された意図が分からぬ断言に、エルディ燕はキョトンとし、何度か瞳を瞬きさせた。


「もしも虫になった場合、私の側には絶対に近寄らないで欲しいですわ!」

「……成程、そういう事ですか。承知致しました、お嬢様」

「とにかくさっさと物語を終わらせましょ! 貴方を叱りつけるのは帰った後よっ!」


エルディは——意外と寛大なのか? と、ヒュルケをじっと見つめたが、ヒュルケがさらりと「因みに、物語一つにつき、報酬も一つずつ追加ですわ!」と言葉を続けたので、——そうでもないな……。と思い直した。


 やれやれとため息を吐き、エルディ燕は「お嬢様の仰せの通りに」と紳士さながらにお辞儀をした。ヒュルケはその姿を見てクスリと小さく笑った。


「燕姿はまるでタキシードを着ているようですわね。似合っていてよ?」

「お誉め頂き光栄の至りですね」


 ずぶぬれのヒュルケは今更ながらに寒さを思い出し、両肩を掴んで震えた。エルディ燕はさっと翼を伸ばしてヒュルケを包み込み、寒さからその身を護ってくれた。


「あら、羽毛が温かくて気持ちいいわ!」


ヒュルケはエルディ燕の胸にしがみ付き、顔を擦り付けた。エルディはくすぐったい様な気分になって顔を背け、コホンと咳払いをした。


「お嬢様。それより、目的の達成はできそうですか?」

「目的……?」


キョトンとして小首を傾げたヒュルケに、エルディ燕はうんざりとして首を振った。


「物語を体験することでお嬢様が『恋愛』を学び、私に教えてくださるお約束でしょう」

「……ああ、そうだったわね。生き残る事に必死ですっかり忘れていたわ」


ヒュルケはエルディ燕の羽毛の温もりが心地よく、「ふあ……」と欠伸をした。


「それにしても、心地の良い羽毛ね……」


ぎゅっとエルディ燕に抱き着いて、ヒュルケがまどろむように瞳を閉じかけたので、「ここで眠らないでください」と、エルディ燕はうんざりしたように言った。


「少し位良いじゃない。疲れたわ……」

「ちっとも良くありません。公爵家のご令嬢ともあろうお方が、男の胸に抱き付いて眠るとは何事です?」

「貴方は燕じゃないの」

「……確かに仰る通りです」


エルディ燕はパッと翼をはためかせると、ヒュルケの胴をむんずと掴み、再び空へと舞い上がった。


「ひえっ!!」

「物語をショートカットしましょう。野鼠のねずみ土竜もぐらは飛ばし、花の妖精の王子の元へお嬢様をお連れ致します」

「……随分と大幅にすっとばす気がしますわね。親切で貧乏な野鼠も、お金持ちの土竜も出てこないだなんて」

「致し方なしです。王子と会わない事には『恋愛』も何も生まれませんから。つまり、どんなにか親切であろうと財産があろうとも、おやゆび姫は結局のところ顔や地位で相手を選ぶのです」

「『恋愛』ってそういうものかしら?」

「そういうものなのでしょう」


——そうかしら? なんだか既視感を覚える気がするのは気のせいかしら?


 不満気なヒュルケの身体をプラプラとさせながら、エルディは燕さながらの素早さで滑空し、あっという間に王子が居るであろう花畑へと到着した。


「ここが花の妖精の王子様と出会う場なのね? 確か花のつぼみを住まいにしているのよね? あり得ませんわ!」

「あり得ない、とは?」

「そんな狭い家、立って寝るしかないでしょう!?」


ヒュルケの言い分は尤もだとエルディは思い、ふと立って眠る様子を想像し、笑いそうになったのを嚙み殺して誤魔化すように咳払いをした。


「この物語を終わらせる為には致し方のない事です。何も一生その男と住まいを共にするわけではございませんので、収めてください」

「全く、狭苦しい家の貧乏男になんか興味無いのだけれど、仕方がありませんわね」

「……王子であるというステータスと、顔が美しい事が重要であるという訳なのでしょう。恋愛とは相手の魅力に対して芽生える感情ですから、何を魅力と感じるかは人それぞれですから致し方ありません」


 エルディ燕がサラリと言い、花畑の上を旋回しながらゆっくりと滑空した。


「アレクシス王子の方がずっと高スペックですわ」

「他と比べてはなりません。ここは物語の世界で、お嬢様はそのヒロインなのですから。どんなに気にいらない相手であろうとも、ヒーローと結ばれる運命なのです」


 ヒュルケはトンと花の上へと飛び降りると、蕾を拳の甲でノックした。


「入ってるかしら?」

「入ってます」


すぐさま返って来た声に、ヒュルケはニッとほくそ笑んだ。

——展開が早くて助かるわっ!


「開けてくださるかしら?」

「え!? い、嫌ですっ!」

「なによ、それじゃあ話が進まないじゃないっ! 『英雄』の娘を舐めて貰っては困りますわ!」


 ヒュルケが無理やりに蕾をこじ開けると、蕾の中で金色の王冠を被った男が、怯えた様にブルブルと身体を震わせていた。


「や、やめてください! 何なんですか!? 人の家にずかずかと!」

「何もくそもありませんわ! それにずかずかと押し入るスペースも無くってよ!? いいからとっとと出て来なさいよ!」


 エルディ燕がヒュルケの後ろから蕾を覗き込み、ハッとしたが、ヒュルケはお構いなしに憤然と胸を反らせて不敵な笑みを浮かべて見せた。

 恐らく満面の笑みを浮かべたつもりだったのだろう。


「お……おお、なんと美しい姫君だ。貴方のお名前は?」


 王冠を被った男が棒読みでヒュルケに向かってそう台詞を吐くと、ヒュルケは満足気に頷いた。


「『おやゆび姫』ですわ!」

「……」


——あ。今絶対『変な名前』って思いましたわね?


「貴方が花の妖精の王子様ね? 結婚して差し上げても宜しくてよ?」

「え? ……うーん……まあ、そうですね。是非結婚しましょう」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


エルディ燕が二人の間にサッと翼を差し込んで遮ると、ヒュルケを鷲掴みにし、「一旦出直します」と花の蕾から連れ去った。

 そしてそのまま少し距離を置いた若木の枝へと降りると、そっとヒュルケを小枝の上へと座らせた。


「ちょっと、エルディ? 何をするのよっ!」

「お嬢様、あの男の顔に見覚えはありませんか?」


慌てふためくエルディ燕を見つめた後、花の蕾の上で置き去りにされている男へと視線を向け、ヒュルケは小首を傾げた。


「全く見覚えが無いわ」

「えっ……」


エルディ燕はキョトキョトと世話しなく小首を動かすと、器用に羽を指の様にして王子を指さした。


「あの顔、アレクシス王子と瓜二つではありませんか!」


エルディに指摘され、ヒュルケは再び妖精の王子へと目を向けた。緩やかな癖毛の金髪に、スカイブルーの瞳。キリリとした眉に、整った形の唇。なかなかの男前だ。


「あんな顔だったかしら?」

「そうですとも。魔法が失敗したせいでしょうか。まさか彼がお嬢様の相手役の姿となっているとは思いもよりませんでした。これでは婚約を破棄されたばかりのお嬢様のお心に傷が……」


 アレクシスから婚約破棄を言い渡されて、あれほど部屋で大泣きしていたのだ。それだというのにその顔に似た男と恋に落ちなければならないとは、ヒュルケの気持ちを思えば、傷口に塩を塗るようなものだろう。


「別にどうってことありませんわ。さっさと結婚して物語を終わらせましょう? まだ他にも物語が控えているのですもの」


あっけらかんとそう言って王子の元へと向かおうとするヒュルケの服を掴み、エルディ燕は必死になって引き留めた。


「お待ちください、それはいけませんっ!」

「は? どうしてよ?」


——どうしてでしょう……?

 エルディ自身、何故自分が必死になってヒュルケを引き留めているのか分からなくなり、パッとカギ爪の指を離した。そもそも、アレクシス王子がヒュルケへと婚約破棄の宣言をした時、苛立ちと共に高揚する気持ちが芽生えた。

 あれは一体どういった心情だったのか……。


 ヒュルケは不機嫌そうに服を手で払い、「伸びちゃったじゃない!」と、唇を尖らせた。


「じゃ、行ってくるわ!」

「ダメです」

「だから、どうしてよ!?」

「……ハテ? あ、ああ。そうです! 名前を変えましょう。『おやゆび姫』とはあまりにも妙な名前ですから」


 エルディ燕の提案に、ヒュルケは納得した様に頷いた。


「確かにそうですわね。あの方絶句してらしたもの。自分の事を『姫』だなんて、頭がおかしいと思われて当然ですものね」

「そうですとも。あの男と結婚をした場合、他者から『おやゆび姫姫』と呼ばれる事になってしまいます。せめて『おやゆび』にしなければ」

「……『おやゆび』はそのままで良いのかしら?」


 二人は物語を終えさえすればどうでもいい事に一生懸命に頭を捻らせ、あれやこれやと言い合った。

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