第5話 麗奈の気持ち

 私は別に最初から冒険者になる気だったわけじゃない。

 私が冒険者になろうと思ったのにはきっかけがある。


 *


 9歳の頃、私は一度、義兄の任務について行ったことがある。


 当時から好奇心旺盛だった私は、たまに義兄が向かう任務に興味を持った。

 そこで、私は駄々をこねて、義兄の任務に連れて行ってもらったのだ。


 任務の内容は、大型ダンジョンの制圧。


 今思えば、義兄はこの時から相当な実力を持っていたんだと思う。


 大型ダンジョンというのは、普段からBランクモンスターが出現し、ボス級としてAランクモンスターが出現するダンジョン。

 当時10歳の義兄に任されるような代物ではない。


 しかし、当時の私はそんなことは知らなかったので、特に疑問を抱かなかった。


 そして、そこで見たのは、夥しい数の魔物と、義兄の勇姿だった。


 魔物への恐怖で足が竦んだ私を、義兄は自分も戦闘で手一杯だろうに、一生懸命に励ましてくれた。


 そんな義兄の姿に、私は心惹かれた。


 私を背に庇いながら、目の前には自分の体よりも大きな体の魔物が迫っているのに、義兄は剣を振るのをやめない。


 その姿は、お伽話に出てくる勇者や王子そのもの。


 義兄がその勇者のような姿で人々を助けていることを実感した時、私は思った。


『私もお義兄ちゃんみたいに、みんなのヒーローになりたい!』


 義兄に恋しているからこその一体意識、義兄の勇姿を直に見たからこその憧れ。


 我ながら幼い理由だと思うが、本気で思ったこと。

 だから私は冒険者になった。


 *


「麗奈」

「お義兄、ちゃん……………」


 だけど、それも今日までかもしれない。


 義兄は看護師さんに退室してもらうよう頼み、ベッドの横に備え付けられていた簡易椅子を取り出して座る。


 さっきまで私が寝ていたため、病室が暗いのと、前髪で隠れているためか、義兄の目元はよく見えない。


「麗奈」

「ッ!」


 義兄の少し低い声に、怯えからビクッとしてしまう。


 義兄は、私にどんな言葉をかけるのだろう。


 まず確実に、冒険者を辞めるように言われるだろう。

 多大な心配をかけてしまったのだ。怒鳴られてもおかしくない。

 もしかしたら、嫌われてしまった可能性もある。


 怖い。


 しばらくの沈黙。

 私が目を瞑り、義兄の言葉を待っていると、フワリと頭に何かが載せられる感覚があった。


 全くの予想外の感覚に驚いて目を開けると、義兄の右手が私の頭に伸びている様子が視界に入ってきた。


 そして、義兄が手を動かすと、頭を撫でられる感覚が伝わる。


 そう、私は今義兄に頭を撫でられているのだ。


「……………ぇ?あっ、ちょ、え!?お、お義兄ちゃん!?」


 慌てて義兄を見ると、長い前髪がズレて、目元が見えるようになる。

 そこから見えた義兄の眼差しは、優しいものだった。


「全く、生きて帰ってきてくれて何よりだよ」


 〜早川海斗side〜


 俺は麗奈の俺への恐怖が無くなるように、優しくその頭を撫でる。


 スキル〈読心術どくしんじゅつ〉。


 俺が前世で獲得したスキルの一つ。

 他者の心の声を聞くことができると言うスキルだ。


 俺は麗奈と話す前、〈読心術〉を発動し、麗奈の心の内を聞けるようにしていたのだが、そこで聞き取れたのは、俺への恐怖。

 さらに細かく聞いていけば、麗奈は俺との約束を破りかけたことを大層悔やんでいる様子だった。


 予想通りだったな、そう思った。


 麗奈は昔から、過去を引き摺りやすい性格だった。

 それを知っていた俺は、麗奈が何かしらの失敗からマイナスの思考に陥っていると考え、このスキルを使ったのだ。


 もちろん、義理とはいえども兄として、約束を破りかけたことを許したわけではない。

 しかし、俺は麗奈がモンスター・スタンピードを抑えるために頑張っていたことは知っているつもりだ。


 今だけは、安心させてやりたい。


「麗奈、聞いたぞ?お前がアレを抑えるために最後まで戦ったって」

「う、うん、だけど、それで死にかけて―――」

「―――凄いじゃないか。周りが次々と倒れる中、1人逃げ出さずに立ち向かったんだろ?それは誰にでもできることじゃない。普通なら、死の恐怖から逃げ出してもおかしくないことだ。義兄あにとしてこれを誉めなければ、その名が廃るだろ?」

「お義兄ちゃん………………」

「よく頑張ったな。今はゆっくり休め」

「……………うん」


 …………うん、落ち着いたようだな。


 〈読心術〉で読み取れる麗奈の感情から恐怖が消えたことを確認した俺は、時計を確認すると、既に11時半を回っていた。


「さて、俺はもう帰ることにするかな」

「待って」

「うん?」


 俺が帰ろうと立ち上がると、麗奈に引き止められる。


「今日は、帰らないでほしい」

「え?」

「だから、泊まっていって」

「え、ちょ」


 麗奈は俺を行かせまいと、俺の腕にギュッとしがみついてくる。


 この状況はかなりマズい。

 俺が床に立っているのに対し、麗奈はベッドに座った状態で俺の腕にしがみついているのだ。

 そうなれば、必然的に俺の手は麗奈の胸元に来るわけで。


 俺は手に伝わる柔らかい感触から目を背けるように疑問をぶつける。


「ど、どうした?なんかいつにも増して甘えん坊だな?」

「いいでしょ。こんな日があったって」

「そ、そうか?まぁ良いんだが…………」


 ………まぁ良いか。たまには義兄妹で一夜を共にするのも悪くない。

 俺が変な気を起こさなければ良い話でもあるしな。


『…………♡…………♡……♡…………♡♡♡♡』


 その時、俺の脳内に何やらピンク色の思考が流れ込んできた。


(うわあっ!?なんだこれ!?ん?あぁ、そういうことか。〈読心術〉を解除してなかったのか。びっくりしたぁ…………)


 意識を〈読心術〉に向けていなかったことが幸いか。

 思考を読むつもりで〈読心術〉を発動していたわけではないので、細かい思考は読めず、特に被害はなかったのが救いだ。


 しかし、解除し忘れていたことに気づき、〈読心術〉を解除しようとスキルに意識を向けたのがいけなかった。


 ちょうどそのタイミングで、再びピンク色の思考が流れ込んできたのだ。


『あぁ♡好き♡大好き♡お義兄ちゃん♡私のことをいつも大切に考えてくれる♡私のお義兄ちゃん♡あぁ♡好き♡大好き♡お義兄ちゃん♡♡♡♡♡♡♡』


「!?!?!?!?!?!?!?!?」


 思わず固まってしまう俺。

 そんな俺の様子を不思議に思ったのか、麗奈が尋ねてくる。


「お義兄ちゃん?どうしたの?」

「ッ!?い、いや、なんでも、ない……………」


 咄嗟に誤魔化しつつも、俺の思考は先程読み取れたについて考えてしまう。


(い、今のは、麗奈の思考、だよな?間違いない。声は麗奈の方から聞こえたし、声のトーンも麗奈のものだった。麗奈って、ツンデレ?タイプだったのか…………じゃなくて!麗奈は、俺のことが、好き?なのか?それも、親愛じゃなくて、恋愛として…………)


 偶然聞こえてしまった麗奈の内心。

 それのせいで俺はその夜眠ることができなかった。


 ◇


 次の日。


 この日は、前日にスタンピードが起こったということで、冒険者をしている学生のための休養日として授業が中止にされていたので、俺は家でゴロゴロとしていた。


 いつものようにダラダラとしつつ、考えるのは昨日の夜のこと。

 夜が過ぎ、寝る時間を思考をまとめるために費やしたことで、冷静な思考が可能になっていた。


(………麗奈は、俺が好きなんだよな。それも、恋愛として)


 これは、俺も考えをまとめる良い機会なのかもしれない。


 実は、俺は今まで、本当は麗奈を恋愛対象として見ているのに、それから目を背け続けていた節があるのだ。

 麗奈は義理ではあるが、家族であるということを言い訳にして。


 麗奈の気持ちを知った今、俺の方が気持ちを隠す理由はない。


 しかし、やはり今まで目を背けてきた分、まだ完全には「好き」とは言い切れないのも事実。

 それに、自分勝手ではあるが、もしかしたら、気持ちが変わるかもしれない。


 だから、


(俺の気持ちが固まった時、麗奈のことが好きであったなら、改めて「好き」と言おう。今はまだ、好きとは言えない。そんな状態で恋人になるのは、何か違う気がする。それでも、これだけは確実に。どれだけ時間が掛かろうと、必ず答えを出す。目を背けたり、閉じたりはしない。それが俺のケジメだ)


 自分の中で決意が固まったことを自覚した時、急に眠気が襲ってきた。

 確実に昨日寝ていなかったせいだろう。


「くぁ……………ふぅ、寝よ………………」


 大欠伸をして、ベッドに入る。


 その日は、いつもより少しだけ、快適な眠りだった気がする。

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