第20話 生命


 川のせせらぎに、ぽちゃんと小さな音が混じって、ミナトは川岸を振り返った。

「ああ、もう実を落としはじめたのか」

 水に落ちた茶色い実を見つけて、ミナトは川原に張り出したクルミの枝を見上げた。

 気がつけば、パドマの森はすっかり秋の色に染まっていた。青々と茂っていた畑の穀物も、立派に実ったクリのいがも、茶色に、または黄金色に変わっている。子どもたちの頬や唇も、乾燥を防ぐための油でテカテカ光ることが多くなった。

 ミナトは石をどけて、川に沈めておいたうけを引き上げた。竹を筒状の袋に編んで作った筌には、入った魚が出られなくなるようにカエシがついている。場所を変えて二つ仕掛けていたが、その両方に魚が入っていた。

 ミナトは筌を岸に持って上がって、カエシを外し、桶の中に魚を出す。どばどばっと何匹もの魚が滑り出てきて、狭そうに桶の中でひしめいた。

 ミナトはその中に手を入れて、小さい魚を捕まえる。

「こら、暴れるな。今、返してやるから」

 掴んだ魚を、「よっ」と川に放り投げる。少し広くなった桶の中で大きい魚たちが背をきらめかせて泳いでいた。腹に斑紋が並んでいるのはヤマメ、朱い点が散らばっているのはアマゴだったろうか。

「いただきます」

 囁いて、ミナトは桶を持って立ち上がった。

 川面が日差しを受けて、きらきらと輝いている。岩にぶつかり、風に吹かれ、たまに鳥が水面をかすめたり魚が跳ねたりして、その輝きは、一瞬一瞬、変わっていく。

 リテはすべての命がつながり、底のほうではひとつになっていると言っていた。ならば今も、ミナトの命は日本にいる人びととつながっているのだろうか。ミナトがこちらの世界に生まれ変わったくらいだから、命の流れというのは世界を越えてつながっているものなのかもしれない。

「俺、元気にしてるよ」

 呟いた言葉は、誰に聞かれるでもなく森に消えていった。

 ミナトは一人微笑んで、踵を返した。



 ミナトが集落に戻って来るとすぐに、子どもたちが駆け寄ってきた。

「なんだ。みんな、ホタさんのところで遊んでいたんじゃないのか」

「ホタじいちゃん、寝ちゃった」

「揺さぶっても全然起きないんだよ」

 小さい!もっと大きいの見たことある!などと騒ぎながら、子どもたちが桶の中の魚をつついている。

 オハルがぶら下がるようにしてミナトの手を掴んだ。

「あのねー、ホタじいちゃん、すっごく楽しそうなの。ずーっと、にこにこして寝てるんだよ」

「きっと楽しい夢でも見てるんだろうな。本当、いつだって機嫌がいいんだから」

 子どもたちと一緒にミナトは斜面を登っていく。村長の家の脇に、背を丸めて座っているホタの姿が見えた。

 ホタのまわりには子どもたちのおもちゃや草花が散らばっていて、そのいつも通りの光景にミナトは笑ってしまう。

「ホタさん。子どもたちが起きてって言ってるよ」

 ミナトはホタの肩を叩いた。オハルがこっそりホタの髪にパドマの花を挿して、くふふと笑う。

 子どもたちに囲まれ、こもれびに照らされて、ホタはいつものように優しい笑みを浮かべて眠っていた。

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