モウン
國﨑本井
水
僕は首をしめる。
悠々と、毎朝学校に通うように。まるでそれが当たり前の日常であるみたいに。
殺せればいいのに。
そう思いながら。ただ水たまりをのぞき込むように、君の死骸の首を占める。
君は歩く。たとったとと。
リュックのポッケットの飲みかけのみずを鳴らしながら。
左耳には空色のイヤホン。右耳の分はたゆたゆと宙を舞う。
信号待ちの指先を白い端末におとし、青い目には画面の中の空を写す。
嵐の中の晴天とでも言うのか。
彼女を見ているとまるで今日が晴天であることを信じてしまう。
汚れた雨は目に見えない。
あおいスカートは緩やかになびく。水の重さなんて消えてしまった。
足首まで水はのぼる。
彼女の町はもうすぐ水に沈む。
君は本当に学校が好きみたいだ。
もう終わってしまうのに。
学校はきらいだ。
君がいないから。
病院も嫌いだ。
君がいないから。
ネットも本も音楽も、全て嫌いだ。
君じゃないから。
あの子は嫌いだ、僕も嫌い。
だって君じゃないのだから。
僕がどれだけ魔法を使っても、いかに科学を駆使しても、
僕が天才であったとしても、魔法使いでも、
君がいない世界では、
ただの蟻にも満たないようだ。
気付かれずに踏まれてしまうような、ただ小さい蟻のよう。
君のいた街は海に沈んだ。
僕のいる街はもう水の中。
からいからい海水の中だ。
みんな死んだ。僕が殺した。
もちろん屍体なんて残っていない。君以外のそれが残っている意味なんてない。安心してくれ。誰も覚えてない。死んだことも生きてたことも。君以外の存在なんて誰も覚えて等いない。
誰一人、覚えてる人なんていない。
だってもう僕しかいないんだ。当たり前じゃないか。僕が君以外を覚えてるはずなんてないのだから。
君以外、初めから存在すらもしていないことになった。
一人残らず一瞬で消えた。同じ時に死んだ。
だから、死んでも誰も悲しまなかった。誰も涙を流さなかった。とても幸せなことだろう。
葬式も墓も要らない。良かったじゃないか。
死ぬ時くらい、誰にも迷惑をかけなくて。
僕が殺してやったんだ。痛くもなく。苦しくもなく。一瞬だったろう?恐怖も感じず終われたんだ。終わることすら認識できず。こんなに簡単に終われたんだ。
君はまるで青だった。原色よりも青い青だ。
色を混ぜた訳では無い。それでもきっと青だけではない。白も黒も赤や黄でも無い。そうだなきっと水だった。水の中に青を流したんだ。蛇口をひねってでた水だ。
水の上に絵の具を垂らして、じわりじわりと溶けていく。きっとそれが君だった。
君を覚えているのは僕だけだ。
僕の中にしか君はいない。
君を独り占めしてるんだ。
それでも嬉しくなんてない。
だって君がいないのだから。
君のいない世界にいても苦しいだけだ。わかってるさ。僕が殺した人達は、どれだけ幸せなことだろう。
だってそうだろ考えてみろ。君のいない世界で生きなくてもいい。
君の元へ行けた事。どんなに幸せなことだろう。
誰よりも死を願ったのは僕だ。僕なんだ。なのに僕はここに居るんだ生きている。君の死骸に触れている。
僕がどれほど君を願ったと思う?僕がどれだけ君を想ったと。
きっと誰にもわからない。そうだそんなに浅くはない。
僕が死のうとしたことなんてきっと誰も知りはしない。
死ねずにこんなに苦しんでいることだって。きっとそうだろうな。
誰かに知って欲しい訳では無い。知ったところでどうにもならない。僕さえ知っていれば十分だよ。
君は人が好きだった。とてもとても愛していたね。君を殺したそれを。君はとても大事にしていた。
でもね。ごめんね、君にはなれない。僕は君にはなれないんだ。
人間を好きになんてなれそうもない。
ごめんね、憎いよ。姿も見たくない。だから一瞬で良かった。水を飲むように。一瞬で。躊躇いも後悔も何も必要ないくらい。僕は人間がにくかった。
僕はゴミしか作らなかった。
いや君のいない世界くらい強がりはよそう。僕じゃ作れなかったんだ。
こんな醜い生き物しか。
でもね君は何故かいた。いつの間にかそこにいたんだ。
あぁそうそう。君を作ったのは僕じゃないんだよ。
なのにどうして君はあそこにいたんだろう。
ゴミが君を作ったなんて到底思えないし。君はもしかして、この世界の外から来たの?
僕よりもっと高等な神が作った精霊かもしれない。それとも君が女神だったのか。
何度も小指を確認したりしたんだ。
この時初めてわかったんだ。
僕は君が好きだった。
この世界を作ったのは僕なんだぞ。魔法なんて君が思うよりは、ずっとずっと上手いし。この世界ができて何億年。暇だった。いっぱい勉強なんかもしてみたから、きっと僕は誰よりも頭が良くて、天才なのだけど。
今まで見てきた記憶も、勉強してきたものも全て飛んでしまうほど、大袈裟じゃなくてそのくらい。君は綺麗だっんだ。
モウン 國﨑本井 @kunisaki1374
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