07.リリーリ

(ルーファの回想)


 ルーファが前世の記憶がはっきりしてきたのは10歳前後のことであった。


 その頃になると、自身の破滅の未来を認知する。


 それからルーファの努力は本格化した。


 ルーファは確かに優秀であった。

 貴族が集まる魔法学園においても、魔法学の授業では特に努力をしなくても優秀な成績を収めていた。


 故に彼は天狗になっていた。


 だが、ルーファは気づく。


 学園で学ぶ魔法は曲芸に過ぎないということに。


 ルーファは前世で英語を学校で10年近く学んだ。

 ペーパーテストの点数は悪くなかった。

 しかし、実際に外国人に道を聞かれた時に役立ったのは


 I don't speak English.


 だけだった。


 要するに学校で学んだ文法は、実戦では何の役にも立たなかったのだ。


 だからルーファが最初に取り組まなければならなかったことは……


(……なんとかして実戦的な魔法を学ばなければならない)


 では、どのように実戦的な魔法を学ぶのか。


 ルーファはまず父親に相談した。


「ルーファ……!? 今、なんと言ったか?」


「え、だから、実戦的な魔法を学びたい。何かいい方法はないか」


「な、なんと……! ルーファが自ら学びたいというなんて……!」


 大袈裟に反応されたが、父はすぐに魔法塾に入れてくれた。


 だが、塾で学ぶことも、実戦的とは言い難かった。


 学校での授業の延長線に過ぎなかったのだ。


 ルーファは落胆した。


 しかし、泣き言ばかりも言っていられない。

 破滅を回避するためにも、なんとかして強くなる必要があったからだ。


 ルーファは魔法塾をやめて、新たな方法を自分で考えることにした。


 父に魔法塾をやめると告げた時もあっさりとしたものであった。

「ルーファがやりたいことをやればいい」という何とも自由主義的な意見であったが、捉えようによっては甘やかしているようにも感じられた。


 魔法塾をやめてルーファが始めたことは、"ダンジョン潜り"であった。


 ダンジョンには魔物がいる。

 危険な場所だ。

 しかし、ルーファにはダンジョンくらいしか実戦を積める場所が思い付かなかった。


 それは貴族たちは平和ボケして腐っていたからだ。

 将来、平民上がりの勇者一行に反旗を翻され、革命を起こされるのも致し方ないと思える程であった。


 そうして、ルーファのダンジョン潜りが始まった。


 初日――


 ルーファは学園の裏にある進入禁止のダンジョンに足を踏み入れる。

 特殊な結界魔法がなされているのだが、ルーファは結界魔法の解除は得意であった。


 そして、その日、ルーファはダンジョン1階層にて、死にかけた。


 角が生えた程度の兎に殺されかけたのである。

 小さいからと油断していた。まさか最後の手段として、角を飛ばしてくるとは思わなかった。

 すれすれで回避できたが、まさに間一髪であった。


 生きるためになりふり構わず、相手を殺しに来る。


 いかにこれまで学園で学んできたことが役に立たないかを思い知らされた。


 しかし、ルーファはそこでやめることはなかった。


 翌日も、またその翌日もダンジョンに潜り続けた。


 死にかけるようなこともあったが、実戦を積み重ねることで洗練されていく自身の魔法。

 確かな手応えに、恐怖や苦痛よりも、好奇心や楽しさの方が勝っていたのだ。


 そんな日々がかれこれ三年以上も続いた。


 ダンジョンは想像よりも深く、どこまでも続いていた。


 ルーファは根が真面目なのか親を心配させないために、毎日、ダンジョンから出て、家に帰り、学園にも通っていたため、ダンジョンに入る度に入口からのスタートであった。


 それでも、三年経つと、限られた時間の中で、地下50階層まで到達していた。


 そんな地下50階層を探索していた時であった。


 これまで見たこともないような赤い巨大な扉によって閉ざされた大部屋を発見する。


(え……? 何ここ……)


 不気味な雰囲気に躊躇ちゅうちょしたが、他の道は全て探索済みであり、残されたルートはここだけであった。


 ルーファは息を呑むが、その巨大な扉を開く。


 ルーファは巨大な扉を開く。


「……」


 内部は、ダンジョンの中とは思えない天井の広い白色の神殿のような造りをしていた。


(一体ここは……)


 あまりにも外部と異なる空間であったが、ルーファは恐る恐る内部へと進んでいく。


 すると……


「んっ……んんン……」


(え……?)


 奥から微かに女性らしき声が聞こえてくる。


(なんだ……? 女性が助けを求めている?)


 ルーファの頭の中で、口に粘着物を貼られ、声を出すことができずに助けを求めている女性の姿が想起する。


 ルーファは声がする方へ歩みを進める。


 すると、神殿の一角に、離れのような小部屋のようなものを発見する。


(……ここだ)


 ルーファは扉をゆっくりと開ける。


「……!?」


 小部屋の中は、妙に生活感のある空間であった。


 テーブルや椅子、キッチン、謎の玩具が多数、そしてベッドがある。


 そのベッドの上で、掛け布団にくるまれた小さな何かがモゾモゾと動いている。


「んっ……んんン……」


 女性の声はそこから聞こえてくる。


 ルーファは意を決して、声を掛ける。


「だ、大丈夫か!?」


「へ……? え……?」


 声を掛けると、黒銀の髪の美少女が掛け布団からひょこりと顔だけ出す。


 そして……


「ぎゃぁあああああああああ!!」


 女の子は顔を真っ赤にして悲鳴を上げたのであった。


 ◇


「えー、こほん……改めてだが、封印を解いてくれてありがとう」


 ベッドから這い出て来て、下着姿から慌ただしく着替えを済ませた少女は、ほんのりと頬を染めながらそんなことを言う。


 身長は150cmくらいと小さめでスレンダーな体型。

 背中まで伸びる黒銀の髪に二本の黒い角、金の瞳、黒銀色のゴツゴツした衣装を身に纏っている。


「あ、どうもです」


(……どうやら俺はこの子の封印を解いてしまったようだ)


「長く……そして、退屈な時間であった。途中から年数を数えるのもやめた」


「そうなんですね……」


(随分、生活感のある空間に封印されてたんだなぁ……)


「……あ゛!」


「なっ!? ど、どうかしたか!?」


「あ、えーと……」


(こ、この娘……プレミア・ドリームの裏ボス、バハムートのリリーリ・エストリエさんじゃないか!!)


 ルーファのゲームの記憶は断片的であり、記憶を呼び起こすのに少々、時間が掛かったが、彼女はプレミア・ドリームの裏ボスのバハムートであった。

 魔王討伐後に解放される"謎のダンジョン"の最深部にて、待つボスである。


(え……? ひょっとしてこのダンジョンって……)


 そう。このダンジョンこそがクリア後に解放される"謎のダンジョン"であったのだ。


「ふあ~~」


 リリーリは眠たそうにあくびをしているが……


(つまり……この娘、めちゃくちゃ強いってことだよな……)


 ごくり……


 ルーファは息を呑む。


(……となれば、やることは一つ)


 なんたる幸運と……ルーファの中で、熱い何かが湧き上がってくる。


 それが、ルーファと、今では黒い部屋の住民となったバハムートのリリーリの出会いであった。


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