03.勇者ステラ

 勇者ステラ――


 彼女がプレミア・ドリームの主人公、勇者ステラであることを認識したのは幼少期であった。


(うわぁーーー! 私、勇者じゃん、勇者に転生しちゃった!)


 前世で、典型的な陰キャぼっちであった彼女は、物語の主人公たる勇者に転生したという事実にたいそう喜んだ。


 将来は私腹を肥やす市民の敵、魔王軍をばっさばっさとなぎ倒し、ついでに魔王もやっつけて英雄となる。

 そんな未来がされている。


 その未来を知っていたステラは、怠惰で自堕落な生活を送った。


 原作において、ルーファが才能はあるが、努力しなかったタイプであるなら、ステラは逆。

 ステラは才能がないが、努力の末に、強くなるタイプであったのだ。


 そんな勇者ステラが全く努力しなかったら……どうなると思う?


 見事なクソ雑魚が完成したのである。


 ◆


「もう信じられないくらいの紙耐久で、一撃でも喰らったら死ぬんです。これは宿命を持つものに生まれながら怠惰な生活を送った罰なのかもしれません」


(……よく見ると、随分、ぷよぷよした身体つきしてんじゃねえか……抱き心地は良さそうだが、鍛えてない証拠だ……)


 せきを切ったようにマシンガンのように話し続けるステラを見て、ルーファはそんなことを考えていた。


「よく、そのゲーム開始とやらの前に死ななかったな……」


「っっっ……!」


 ルーファが思ったことを口に出すと、ステラはウルウルとした瞳をルーファに向けてくる。


(……やば……疑われたか……?)


「お、お兄さん、私の話をちゃんと聞いてくれて有難うございますーーー!」


(っっっ……!)


「こんな嘘みたいな妄想みたいな話を真剣に聞いて、それでいて質問までしてくれるなんて……! 質問ができるっていうのは興味をもって話をちゃんと聞いてくれているっていうことの証拠なんですよ!」


 ステラはまくし立てるように言う。


「あ、それでなんでゲーム開始の前に死ななかったか……でしたっけ?」


「あ、あぁ……」


「今にして思うと、あれはお婆ちゃんの加護のおかげだったんでしょうね」


「お婆ちゃん……?」


「えぇ、こう見えて、私のお婆ちゃんって、伝説の聖女なんですよ。だから、お婆ちゃんが……う……う……お婆ちゃん……」


 ステラは情緒不安定なせいもあってか、今度はメソメソし出す。


(……そう言えば、勇者ステラの物語は祖母の死から始まるんだったな。彼女が死に際に魔王レイシアに、私の孫が勇者となって、お前を倒しに行くと宣言して……)


 どうしてお婆さんの死の運命を変える行動を起こさなかったのか……という質問をすることはしなかった。


 それはルーファも知っていることだ。


 ステラのお婆さんは92歳の大往生……ただの寿命死だ。


「ちなみに何で、その……魔王……とやらを討伐することを諦めていないんだ?」


「あ……はい……ひょっとしたら魔王を討伐すれば、この死に戻りの呪いも解けるのかなって……いや、そうじゃないと困るんですけど」


「……なるほどな」


(仮にその呪いが解けたら、今度こそ本当に死んでしまうのでは……? 彼女にとってはその方がいいってことか……?)


「だが、極端な話、死ななければいいんだろ? だったら、何も危険をおかさずに、どこかで隠居でもしたらどうなんだ?」


「……やろうとしましたよ!」


(おっ……!?)


「でも、駄目でした。私の紙耐久なめないでくださいよ!」


 ステラはやけくそ気味に言う。


「一度、魔王討伐の旅なんかに出ずに、静かに暮らそうとしました。2~3か月くらいはうまくいっていたんです」


(……ひょっとして一度だけ、3か月くらいループしなかった時のことか)


「ですが、つまずいて転んだ拍子に死にました……」


(えぇええ!?)


「あの時は特にきつかったです。3か月前に戻されるということでいつもの何倍も心にダメージを受けましたね」


「そ、そうか……お気の毒に……」


「えぇ……」


「君……だけど、そんなに何回も死ぬのは怖くないのか?」


「あー、えーと、死に戻るのは辛いんですけど、死ぬこと自体はそれほど……」


「え……?」


「実は自堕落な生活をしていた中でも、僅かながら習得していたスキルがあるんです」


「なんだ……?」


「"痛み無効"です」


「なんと……!」


「だって、痛いのって嫌じゃないですか! 魔王軍と戦う未来が分かっていたので……」


「ま、まぁ、そうだね……」


「だからそのスキルだけは一生懸命、身に付けました」


 ステラはなぜかドヤ顔だ。


(ん……? でも痛み無効のスキルって確か……)


「えぇ、耐久力と引き換えに……」


 ステラはどん底のような顔をする。


(全部、裏目に出てやがる……!)


「あー、でも、なんだか全部話したら、少しだけすっきりしちゃいました」


「そ、そうか……少しでもお役に立てたのならそれはよかった」


「はい、ありがとうございます!」


「っ……!」


 ステラはあどけない笑顔を見せる。

 そして……


「それじゃ、さようなら、優しい人……」


(あっ……)


 ステラは笑顔のまま、何のためらいもなく、自身の首筋に剣をつき付ける。


 ∞


 ∞


 ∞


 勇者ステラ――


「あ……」


 目覚める。

 最悪の目覚め……

 旅立ちの日だ。


「100……何回目だっけ?」


 もう数えるのもやめていた。


 でも、今回は最悪の中でも、最悪オブ最悪ではない。

 少し最悪くらいだ。


 なぜか死ぬ前に現れた知らない人に、洗いざらい、ぶちまけた。


「……奇特な人だったなぁ」


 私の虚言としか思えない話をすごく真剣に聞いてくれた。

 なんなら立ち入ったこともぐいぐい質問してきた。


 そのおかげで、少しだけすっきりしている。

 まぁ、それで絶望が無くなる程、単純な話ではないのだけど……


「ステラ~~!」


 幼馴染で剣士のヨジカが迎えに来た。

 冒険へ出なくてはいけない。


 逃げたい。


 でも、冒険へ出なくてはいけない。


 トワキの森――


 最初の鬼門、脱出確率、約40%の極悪の森だ。今回はどうだろうか……


 ……


 今回は運よく魔物があまり現れずに抜けることができた。


 この後が……二番目の鬼門……


「おうおう、お前ら、魔王様にたてつくなんて、いい度胸してるじゃねえか……!」


 魔王軍の刺客……第一弾、二人の男。脱出確率、約10%。


 私が弱いのを差し引いても、最初の刺客にしては強すぎないか? この人達……!

 原作ではもう少し弱々しい見た目をしていた気がするのだが……


 まぁ、無理と考えておいた方が気持ち的には楽だ……


 戦闘はすぐに始まる。


 ヨジカが一人目の男を食い止めて、もう一人の男が私のところに……あぁ、これはダメなパターンだ……


 あぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろう。どうして?

 私はただ…………消えてしまいたいだけなのに…………!


 あぁ…………また、ループか……


 …………


「…………あ、あれ?」


 ループしてない。


 というか、まだ、死んでいない?


「…………えーと」


 このパターンは初めてだ。


 目の前には、前回、愚痴を聞いてくれた人の背中があって、なぜか魔王軍の刺客の攻撃を止めている。

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