02.身辺調査

 魔王ら貴族が暮らす城下町は栄えていた。


 城下町の外周は巨大な壁と堀で守られ、その周辺は城下下アンダーと呼ばれた。


 城下下アンダーは特別、貧困というわけではなかった。


 しかし、確かに城下町と比較すると差はあり、貴族に対する妬み、恨みは根強く存在していた。


 そんな城下下アンダーの外れ……とある田舎村マルサの周辺にルーファは訪れていた。


 田舎村マルサは、勇者ステラの出身地である。


 ルーファは、ひとまず勇者ステラの身辺調査を開始したのである。


(……いたぞ……勇者だ……)


 マルサからトワキという少し栄えた町へ向かう途中の森に、勇者ステラはいた。


 勇者ステラ。

 赤みがかったややくせっ毛気味の肩位までの髪に、碧眼。

 穏やかで優しそうな顔立ち、男好きのしそうな肉付きは悪くないのに、すらっとしたスタイルの快活な美少女。


(……のはずなんだが……)


「ステラ……ほら、行くよ……!」


「……あ゛--」


 現在、唯一の仲間であり、いずれ剣聖となる剣士の女の子であるヨジカに声を掛けられたステラは、とても原作ゲームであるプレミア・ドリームにて、仲間達をぐいぐいと引っ張り、導いていた快活美少女勇者のステラとは思えない生気の抜けたゾンビのような声で返事をする。


(……どうも勇者ステラは……やつれている? な……)


 ルーファは物陰から二人の様子を観察していたわけだが、

 本来、やや斜に構えるタイプであったはずのヨジカが逆にステラを引っ張っているという奇妙な状況を目の当たりにする。


 その時であった。


 グルルルルルルルル


「「っ……!!」」


 突如、勇者ステラと剣士ヨジカの目の前に狼の魔物が3体現れる。


 野生のグレー・ウルフだ。


 序盤に出てくる魔物の中では、そこそこ厄介な部類の魔物である。


「ステラ……! 下がって! 私が守るから……!」


 金色の髪のボブスタイル、気の強そうな吊り目がちな美少女……剣士のヨジカがステラとグレー・ウルフの間に立つ。


 グラァアアア!!


 グレー・ウルフは剣士ヨジカに襲い掛かる。


「えいっ!!」


 剣士ヨジカはロングソードにて応戦する。


(……ヨジカの動きは悪くないな)


 ヨジカは一人でグレー・ウルフ三体の攻撃をいなしつつ、要所でグレー・ウルフへの攻撃を加え、優勢に状況を進めていた。


(あ……)


 その中で、一体のグレー・ウルフが剣士ヨジカから勇者ステラへとターゲットを変える。


「一体、そっちに行ったよ! ステラ!」


 剣士ヨジカも勇者ステラに警告する。


 警告に反応するように、ステラも剣を構える。


 グラァアアア!!


 グレー・ウルフが勇者ステラに襲い掛かる……


 ∞


 ∞


 ∞


「ルーファ……」


 目の前には魔王レイシアがいて、ルーファに声を掛けていた。


(…………マジか)


 それは過去100回経験した魔王レイシアとの勇者ステラに関する話し合いの場。

 ルーファにとってのループの始点である。


 要するに今まさにループした。


 死に戻りコンテニューだ。


(……当たり所が悪かったのかなぁ)


 ルーファは死に戻りの原因である勇者ステラの死に様について考えていた。


(いくら序盤では厄介なグレイ・ウルフとはいえ、即死するようなことはあるだろうか……)


 やや腑に落ちない状況ではあった。


 ルーファは少々、うんざりしつつも、魔王レイシアと前回と同じやり取りをし、再び、勇者ステラのスパイ活動をすることにする。


 が、しかし……


 ∞


 ∞


 ∞


(おいおい、嘘だろ……)


 またしても勇者ステラは死んだ。


 前回よりも更に迅速な死亡であった。


 今度は、もっとも雑魚とされる魔物……ミニ・ラットに殺されたのである。


(勇者ステラ……いくらなんでも紙耐久すぎんか……!?)


 すでに絶望感漂う中、ルーファは三度、魔王レイシアに勇者ステラのスパイ活動を打診する。

 毎回、初回の新鮮なテンションで反応してくれるレイシアに対して少々、申し訳なく感じてくる。


 そして三回目の調査……


 この時は運よく森を抜け、マルサ村の次の町であるトワキに到達することができた。


(……おめでとう)


 もはや、最初の森を抜けただけでも、感動すら覚える状況であった。


 だが……


「お前ら……ちょっと待て」


(……!?)


 何者かがトワキの町に入ろうとする勇者ステラと剣士ヨジカに背後から声を掛ける。


「おうおう、お前ら、魔王様にたてつくなんて、いい度胸してるじゃねえか……!」


(あ、あいつら……魔王軍末端構成員……!)


 そこには筋肉質な男、二人組がいた。

 それは魔王軍の刺客、第一弾であった。


 すぐに戦いが始まった。


 剣士ヨジカは動きの悪いステラを守ろうと前衛に出るが、末端構成員といえど魔王軍はそこら辺の野生の魔物ほど甘くはない。

 何しろ、ルーファによる改革により、実戦における教育が行き届いているのだから……


 剣士ヨジカはなんとか一人の末端構成員を食い止めるが、それが精一杯。


 すぐにもう一人が勇者ステラの方へ突撃していく。


「ステラ……!」


 剣士ヨジカはステラの身を案じ、叫ぶ。


 しかし、末端構成員の突撃が止まることはない。


(あー、あかん……またループだこれ……)


 ルーファが諦めたその時であった。


「うわーん……! もう戻りたくないよぉ……!」


(っ……!)


 確かに勇者ステラがそう叫んだのであった。


 ∞


 ∞


 ∞


 目の前には魔王レイシア。


(……ループした。やはりあの後、ステラは死んだか……)


 だが、前回の調査で一点、ステラについての仮説が生じた。


(ステラは死に戻りを認識している)


 スパイ活動を開始して、早くも四度目。


 またも二人はマルサからトワキへ向かう森の中……


「う、嘘でしょ……」


 剣士ヨジカが恐怖の目で、上方を見上げながら、呟く。


 そこには、巨大な熊の魔物フレイム・ベアがいたからである。


(うわ、幸先悪いな……この魔物、この森に出たっけな……)


 グガァアアアア!!


「きゃぁああああああ!!」


「ヨジカちゃん……!」


(このパターンは初めてだな……)


 抵抗むなしく剣士ヨジカはフレイム・ベアに力負けし、死んでしまった。


 ただ、フレイム・ベアは一人狩ったら満足したのか、勇者ステラを放置して立ち去ってしまった。


「ヨジカちゃん……いつもありがとうね……ごめんね……痛かったよね……大丈夫だからね……」


 そう言って、勇者ステラは自分の剣を自身の首筋に宛がう。


「…………え?」


 勇者ステラは自身がまだ死んでいないことに驚く。


(…………)


 なぜかわからないが、ルーファは身体が勝手に動いていた。


 ステラの剣を止めていたのだ。


「あ、えーと……すみません、ありがとうございます」


 ステラはどうしていいのか分からない様子で、ルーファにそんなことを言う。


「……し、死に急ぐな」


 ルーファもここで出ていくつもりはなかったのに、出て行ってしまったものだから、アドリブでそんな言葉を掛ける。


「はは……ご心配ありがとうございます……でも大丈夫なんですよ、私……」


「……?」


「どうせ信じてもらえないだろうから、言っちゃいますけど、私、死んでも、元に戻れるんですよねー」


 勇者ステラは少しヘラヘラした様子でそんなことを言う。

 彼女もまた相当、やばい状態であると瞬時に察する。


「実はですねー、私、転生者なんですよ」


「……!?」


 まさか目の前にいるルーファが彼女ステラの死に戻りに巻き込まれているなんて思いもしていない、勇者ステラは、せきを切ったかのように全てを語り出す。

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