五十五話

「どないなっとるんや?」

 工毅は再び廊下へと飛び出ると、すぐに違和感に気づくことができた。

 先程は扉にあった黒い穴が無くなり、コンクリートの床へと移動していたからだ。

 ゆっくりとその穴へと近づいていく。

 黒い穴はさざ波のような小さな波が立っており、ゆらゆらとまるで夜の海の水面を見ているかのようだった。

 十分に警戒しながら工毅が覗き込む。

 数秒間穴を見た工毅は眉間に皺を寄せながら「……なんやこれ」と小さく呟いた。

 工毅の瞳に写ったのは、黒い穴を覗いている自分自身の姿だった。

 十五階のマンションの同じ高さ、それでいて少し離れた所からカメラで撮られているようなそれは、工毅がカメラがあると思われる場所へ視線を向けたことで、謎が解けた。

 

 白い穴は隣に立っていた同規模のマンションの外壁にへばりつくようにして存在していた。

 そしてその穴からは人の腰から上がマンションの外壁に垂直に生えていた。

 それは先程見た男だった。

 男は工毅に見られていることには気づいておらず、再び手をピストルの形にすると、下へと向ける。

 指先から黒い光が放たれたのが見えた。

 人のいないアスファルトの道路へと着弾したと同時に着弾地点に黒い穴は出現し、元々工毅の足元にあった黒い穴は消失する。

 男は着弾を確認すると同時に白い穴へと潜るようにして、姿を消す。

 工毅は新たに現れた黒い穴の方へ視線を振った。それとほぼ同時に男は黒い穴から上体を出し、穴の縁に手をつく。アスファルトの道へと這い上がるとほぼ同時に「ケン、翔喜!既に下におる!黒いパーカーの眼鏡の男や!」そう工毅はマンションの手すりから叫んだ。

 ──

「……な、なんでバレたっ!?」

 僕──流田 保ナガレダ タモツ──は思わず、叫び声が聞こえた方を一瞥する。

(今ケンとショウキって叫んでたよな。

 あの男だけじゃないってことか……?絶対バレないと思ってたのに!)

 僕は慌てて踵を返し路地へと向かおうとするが、「おっと、待った待った」金髪の男が立ちふさがり、歯を見せ笑う。

「な、なんだお前!?」

「まーまー落ち着いて。俺ら話聞きたいだけだからさ。ってもあんな恐ろしい顔の人間に追っかけ回されたら怖くて仕方ねえよな。分かる分かる」

 ケンだかショウキだかってのはこいつの事だろう。

(みすみす捕まってたまるか!)

 素早く踵を返した僕の退路を塞ぐのは大きな土佐犬だった。

 体を低くしいつでも飛びかかれる体勢の犬は、僕を睨みつけぐるると喉を鳴らしていた。

(……くそ!僕が何したってんだよ!)

 再び男の方へ向き直すと「言うまでもないと思うけど、噛まれたら大怪我は確定だよ」そう言い放つ。

 このままだとまずい、さっきのヤクザがこっちに向かってるはずだ。

(どこかに逃げなきゃ)僕は目だけを動かしキョロキョロと周囲を見る。……逃げる算段をつけなくては。

「にしてもお兄さん悪党から金盗むって感じじゃないけど、見た目に似合わず意外と勇気あんね。

 まぁでも見つかったのが俺らで良かったよ、あそこに住んでる連中に捕まったら……おお怖」

「な、何言ってるのかさっぱりだよ。……僕はただの一般人だ、警察呼んでもいいんだよ?」

「へぇ、呼んでみる?

 それなら俺もそこのマンションの人達呼んでみようか?お巡りさんとマンションの人、どっちが先に来るかな?」

 ……僕はゆっくりと手を上げ、両手を顔の横まで上げる。「わ、わかった、僕の負けだ」

 僕がそういった瞬間、男の気が緩んだのを僕は見逃さなかった。

 両手をピストルの形へ変え、右手を足元へ、左手を男の右側後方にある電柱上部へと向ける。

 白と黒の光線が指から放たれた。

 男の驚いた顔が見え、背後から唸り声と共にアスファルトを蹴った音が聞こえる。

 僕の視点は地面へと吸い込まれるようにして下がっていく。

 瞬間、僕の頭上を土佐犬が飛び越えて行く。

 恐らくあの犬は僕の首根っこを抑えに行ったんだろう。

 だがもう僕の首はそこにはない。

 僕の視点が白色に覆われる寸前、「ちょっ、ケン!バカ──」なんて

 叫び声を聞きながら僕はそのまま白の穴へと沈んでいく。

 数秒後白を抜けた後黒の穴から出てきた僕は、電柱の上部から見下ろすように下を見ると犬と激突し倒れ込む男が見えた。

 そこに先程マンション内で見た厳つい男が走りながら駆けつける。

(さてさっさと逃げないとな)

 僕は奴らから出来るだけ離れた建物の外壁へ白の光線を放つ。

 穴が開いたのが見えると同時に「あそこや!」なんて声が聞こえた。

 厳つい男の方が気付いたのだろう、だがもう僕を止めることは出来ない。

 今度は黒い穴へと潜る。

 あとは簡単だ、出た穴から次の移動先へと光線を撃ち移動、それを繰り返すだけだ。

 そうして白黒の穴を幾度か抜けた後、街灯へ放った黒穴から頭だけを出し周りをキョロキョロと見てふうと息を吐く。

 先程の位置からは少なくともニ、三キロメートルは離れたはずだ。

 足音もなければ追ってきているような気配もない。

「……何だったんだあいつら?」僕は疑問を呟きながら地面へと白穴を作り、街灯から地面へと移動する。





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