十章 報酬のくくちゅーる……、カリカリもか?!

五十四話

繁華街の暗い路地裏で、スーツを身に着けた大柄の男の微かな声が夜の喧騒に消えていく。

「なぁ、そう意地悪せんと教えてくれや」

本矢工毅は青色のプラスチックのゴミ箱――正確にはゴミ箱の蓋に座るふてぶてしい黒猫――にしゃがみこみ目線を合わせ、声をかけていた。

黒猫はにゃーと一鳴きすると、工毅は「く、くくちゅーる3つにカリカリまで……どんだけ欲しいねん」懐から細長いアルミパウチ3つと小さな袋に入った猫用ドライフードを取り出し苦笑いを浮かべる。

猫はにゃと言って、それらを咥え、走り去っていった。

工毅はため息をつき、そのまま路地裏から大通りへと出てきた。

「どうでした?」壁に寄りかかり棒付きのキャンディーをころころと口内で転がしている三音翔喜は足元に座るケンを撫でながら視線を寄越す。

「あかん、情報なんもない」

「半グレやらヤクザの事務所行って証拠残さず金盗める奴なんざ超能力チカラ持ちでもなきゃ無理だと思うんすけどねー」

「……情報ホラちゃうんか?」

「盗まれた先輩のツレから聞いたんで」

「なんやお前まだあのつまらん奴らと繋がりがあるんか?」工毅の眉間にシワが寄る。

「……いやね?ほらコネクション?ってのはいくらあってもいいじゃないすか?そんな怖い顔しないで下さいって。話聞いただけで俺自身は繋がりないっすよ、いやほんと」

手を上げ苦笑いを浮かべる翔喜を見ていたケンが小さく『きたぞお二人さん』と吠え、二人の視線が空へと移る。

バサバサっと翼を鳴らしながら一匹のカラスが飛んできた。

『よう、あんたがさっき言ってた奴見つけたかもしれねえ』

「本当か?」

『マンションの一室の扉になんか変な穴?みたいなの開けてた奴がいたからな。まだ出てねえと思うぜ』

「どのマンションだ?」

『あっちの方のマンションだった』カラスは頭をくいっとそちらに向ける。

「よし案内してくれ」

「おう、約束のイカズチクルミ、頼むぜ」とカラスは飛び上がり、それに追従する形で二人と一匹は大通りを走り出す。

スーツを着たオールバックの人相の悪い巨漢、学生服を着崩した派手な髪色の少年、首輪もなしに同じく走る土佐犬。目立たないわけもなく、「なんかの撮影か?」「いやでもカメラ無くね?」なんてざわつく群衆の中を走っていく。

空をちらりと見て工毅達は曲がる。

大通りを外れ、細い路地へと入りしばらく走っているとカラスがクルクルと回りだしたのを見て、足を止める。

「ふぅ、……あぁやっぱハイイロマンションっすね」翔喜はそう言うと目の前にある1棟のマンションを指差す。

「半グレやらヤクザやら不法滞在の外人やら、胡散臭いのばっか住んでる所っすね。割と有名な所っすよ」

「それならさっきお前の言ってた事と辻褄は合うな」

工毅はスーツの背面へと手を回し、ベルトに地面と水平になるように取り付けられた、ホルスターから特殊警棒を抜くと、素早く垂直に振り下ろし金属の擦れ合う音と共に展開される。

「俺が見てくるさかい、ケンと翔喜、周囲の見張り頼むで」

二人が頷いたのを見て工毅は頭上のカラスを手招きし、肩に乗せる。

そのままエントランスへと入り右手にあるエレベーターをちらりと見て、動いていないのを確認しその隣の階段を上がっていく。

「何階でその人見てん?」

『一番上かその一つ下だと思う』

「さよか。あ、その人見つけたら離れてええからな。約束のクルミはさっきの路地裏に出来るだけはよ持っていくから」

『分かった』

それから口を開かず階段を上がっていく。

十五階建てのマンションの中腹、八階辺りで、男の叫び声が耳に入る。

「ち、違うんだ!俺は本当にこの部屋から出てない!金庫の隣の部屋に俺はいた!……た、頼む!やめてくれ!まだ死にたく──」

数回の鈍い音とともにその声は消える。

声の聞こえてきた方を一瞥し、「えらい派手にやっとるみたいやな」小さく呟く。

そうして更に上へと上がっていた工毅は、最上階へとたどり着く。

工毅はふぅと息をつき、扉の連続する廊下を見る。

静まり返っていて何の変哲もないマンションの廊下の風景を工毅はじっと見ていると、工毅から見て最奥の扉に黒い穴が音もなく現れる。

そして数瞬の間の後、その穴から一人の男がぬっと現れた。

黒縁のメガネをかけ髪を七三分けにしたその男は、無地の黒色のパーカーとジーンズに身を包んでおり、背中にはリュックサックを背負っていた。

工毅はじっと、現れたよく言えば真面目そうな男の様子を見る。

『お、あいつだあいつ。俺がさっき見たのは』

「なるほど」

手元に一万円の札束を持っていた男はきょろきょろと視線を動かし、階段から覗いていた工毅と目が合う。肩をビクッと動かし「し、し、しまった……」と顔を引きつらせる。

「な、なんで、なんで外でヤクザが待ってるんだ?僕が気づかれる筈なんてないのに……」

「あん?おいおい待てや、俺はヤクザじゃないで」

工毅がそう返答した瞬間、男は慌てた様子でカバンへと札束を入れ始める。

「なぁ、少し話をしたいだけや、そう慌てんでも──」

男は両手の人差し指を立てピストルの形を作り出すと、右手を足元へ、左手を工毅の方へと向ける。

工毅は反射的に階段へ戻り射線から外れ身を隠した。

瞬間音もなく白い閃光が工毅が先ほど立っていた辺りを飛んでいく。

「……なんやあの超能力チカラ?」

『きな臭くなってきたし、そろそろお暇させてもらおうかな』カラスが一鳴きし工毅の肩を飛び上がる。

「おぉ、ありがとさん」

ひらりと飛び去るカラスへ礼を口にしながら、工毅は一瞬頭を出し、階段から先程の男のいた方向へ視線を向ける。

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