五十二話

 そしてその考えは正しかった。

 俺のドームの前方と背面に側面、三箇所同時に玉がめり込む。

 ドーム全体にヒビが入った。次玉が飛んできたら防げないだろう。

 だが、(……十分だ!)

 俺はドーム内側から蹴ることで、ドームを砕き前に進む。

 敵が玉を隙間なく撃ち続ける事ができないのであれば、これで少しずつ前に進んでいける。

(……芽衣を傷つけたことを後悔させてやる)

 俺は力強く、地を蹴った。


 薄氷のドームが砕ける度、布司斗は着々と語魅巳の二人へと近づいていく。

 幾度か続いたドームの破壊は、布司斗の耳に届いた発電機の駆動音により終わりを告げた。

 布司斗の目に、発電機と、片目を押さえた魅巳とスリングショットを構えた語の二人が写ったからだ。

 布司斗は小さく「ぶっ殺す」と呟き、そして二人の元へ駆け出した。

 瞬間、語はスリングショットを向ける方向を変え、発電機へと発射する。

 発電機からがちんがちんと硬いもの同士がぶつかる音が鳴り、もうもうと煙を吐き出すと同時に、天井の明かりはぷつりと消えた。

 倉庫内に暗闇が戻る。

 だが、布司斗は止まらなかった。

 暗闇とはいえ二人までの距離は直線の道だった事と、なによりも芽衣を傷つけられた事が布司斗の中にあるブレーキを効かなくしていた。

 闇の中、布司斗の足音だけが響く。


「待って!」


 瞬間、布司斗の背後から声がする。

 それは芽衣によく似た声だった。

 布司斗の足が思わず止まる。

 だが芽衣と布司斗の距離を考えたら聞こえる筈がなく、ありえない筈だ。

 だが布司斗は動けなかった。

 その声は芽衣の声しか聞こえなかったからだ。

「良かった、そのまま動かないでね」

 声はそう続ける。

 布司斗の思考が一瞬止まった瞬間、布司斗の数メートル前方から二つ、更に奥へと駆けていく足音が布司斗の耳に入る。

 追おうとした布司斗に「早く彼女の所戻ってあげた方が良いかもよ」と今度は布司斗は知らない女の声、魅巳本来の声が背後から聞こえた。

「忠告はしたからね」

 布司斗は離れていく足音と、背後の芽衣の方へと視線を走らせつま先をどちらに向かうか迷わせる。

 そして舌打ちをして芽衣の方へ足を向けた。

 暗闇の中スマホの灯りで照らしながら布司斗は来た道を戻っていく。

 そして氷のドームの中、スマホで連絡をとっているしゃがみこんだ芽衣の元へたどり着いた。

「……大丈夫か?」氷のドームを解除し、布司斗は芽衣の前でしゃがむ。

「なんとか……な。車回してると言ってたしここは離脱出来そうだな」そう言って微笑む芽衣の顔色は芳しくない。

「……もしかして血止まらないのか?」

「……これでも圧迫止血してるつもりなんだがな」

 傷口をハンカチで強く押さえているが血が止まる様子はなく、赤黒く変色したハンカチから血が滲み出ていた。

「……傷口見せてみろ」

「……乙女の脇腹を見ようなんて破廉恥だぞ」

「言ってる場合じゃないだろ」

 芽衣は渋々といった様子でシャツを捲り、傷を布司斗に見せる。

 血に濡れたそこには球状の穴があり、穴の底からどくどくと血が漏れ出ていた。

 布司斗は静かにぎりっと歯を鳴らす。

「……玉は抜けてるのか?」

「背の方まで抜けているから間違いないと思う」

「……痛むと思うが少し我慢しろ」布司斗は靴を脱ぎ足を芽衣の傷口付近に近づける。

「止血するぞ?」

「……あぁ」

 足から噴出された冷気が漏れ出る血液と周囲の皮膚ごと凍らせる。

「ぐぅ、っ……」芽衣は唸りながら顔をしかめる。

「背の方もだ」

「……あ、あぁ」

 布司斗は背の方に回り同じように処置する。

「……うぅっ!」

「……とりあえずこれで血が漏れることはないだろ」

 痛みからか息の荒い芽衣は、一度大きく息をして「あぁ……若干ぼんやりしてた意識がマシになった。いい気付けになったよ」と布司斗に笑いかけた。

「……すまなかった」

「なにがだ?」

「……俺が防げていれば怪我せずに済んだだろ」

「相手の見せてない手札だったし仕方ないさ。なにより私も対応出来なかったしな。

 ……あ、そういえば敵はどうだったんだ?」

「悪いが逃げられた。ジャージ着たチンピラみたいな男と派手なドレス着た女の二人組だった」

「……和小池さんの話には無かったな。後で報告だな」芽衣はそう言って立ち上がろうとする。

 布司斗は無言で肩を貸し、立ち上がるのを補助する。

 芽衣はふっと微笑み「助かる」と、そのまま体重を預けた。

 ──

「……危なかったな」廃工場から出て、暗い国道まで出てきた語は息を荒げながら口元を拭う。

「本当、ね」同じく息の荒い魅巳は胸元を押さえ、苦しそうな顔をする。

「氷野郎倒せなかったな」

「仕方ない。あんなに寄られたら語の超能力チカラじゃ倒すのは無理だろうし」

「悪いな。と言うか魅巳がしてスキが出来た瞬間、俺がアイツを撃つべきだったかも」

「もし寄られたら発電機破壊して離脱すると決めてたから良い。あれで。……無理は良くない」

 その時だった、カーブミラーが突然青白く光り、佐一が、ぬるりと現れた。

 着地した佐一は前回同様深めに被った帽子とバンダナの間からじろりと二人に視線を寄越す。

「ジャージとゴスロリの二人組ってことは、魅巳と語ってのはあんたら?」

 語は佐一と魅巳の間に割り込むように立つと、「お前は?」と睨みつけた。

「そう怖い顔すんなよ。刄って子供からスカウトされたってのあんたらだろ?俺は刄の遣いだ」

 佐一は肩を竦める。

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