セーラー服と日本刀

四十九話

 暗闇の中、ライトの明かりが二つ。

 高く茂った草むらを照らしながら二つの人影が動いていた。

 がさがさと草を掻き分けながら進む布司斗と芽衣―――二人とも学生服であり、とてもじゃないが伸びた雑草の中を進行するのに向いた格好とは言えない―――は、錆まみれの手入れされていないニメートル程のフェンスまで辿り着くと、フェンスを飛び越え所々にヒビの入ったコンクリートに着地した。

 二人は、数メートル先にある、元は何らかの工場であろう廃墟をじろりと見て、スマホを一瞥する。

「ここで間違いないみたいだな」

「……罠だと分かってて行くの嫌なんだが」

「せっかく向こうが会話の機会を設けてくれたんだぞ。そういう言い方は相手方に失礼だろ?」

「……機会設けるって言った奴が呼び出す場所と時間じゃねえよ。

 幾ら夜中と言ってもファミレスとか開いてる場所街なら死ぬほどあるだろ」

 布司斗の右手のスマホにはメールが表示されている。

 そこには【午前二時、〇〇山、麓の工場跡地でお待ちしてます】と短い文。

「なるほど確かに。……よく気が付いたな布司斗」

「いや誰だってそう思うだろ。……本当に会話するつもりだったのか?」

「いや、だって……」

 布司斗は大きくため息を吐き、「オーケー分かった。俺がしてくるからもうここで待ってろ」と手で地面を指差し動くなとジェスチャーする。

「いや待て、それだと布司斗が危ないだろ。私も行く」

 布司斗は肩をすくめ「お話だけなら安全だろ?」そう言った。

 布司斗は不服そうな表情の芽衣の隣を通り抜け、廃墟へと近づく。

 周囲を見て元は窓ガラスが貼られていたであろう窓枠から中を覗くが、電気は通っていないらしく、暗闇が広がっているだけだった。

 そんな暗闇に一つ明りが灯った。

 布司斗の隣で芽衣はペンライトで中を照らしていた。

「……中は真っ暗だな。特に目立つものはないし入るか?」

「俺の話聞いてた?」

「メールが罠だって話だろう?聞いてたさ」

「その後の話なんだが」

「お、ほら見てみろ布司斗、あっちに扉があるぞ」

「聞けって」

 扉へと駆け寄った芽衣はドアノブを捻った。

 が、「……開かないな」ドアノブをガチャガチャと動かすが開く気配はない。

 布司斗は芽衣を手で払うようにして退かし、「……俺が開けるからどけ」片足を浅く上げた。


 そう言い数秒後、布司斗の上げられた左の足先から白い靄が発せられる。

 周囲には冷気が散布され、足元のコンクリートには霜が付着する。

 更にそこから瞬きほどの時間で薄い、透明な刃が靴裏に現れた。

 布司斗は扉のヒンジへと刃を叩きつける。

 それを幾度か繰り返し、上下のヒンジがひしゃげたのを見て布司斗は刃を霧散させ、足を降ろし構え直す。

 布司斗がふっと息を吐くと同時に放った、体重の乗った前蹴りが扉へとクリーンヒットした。

 派手な音を立てながら扉は暗闇の室内へと滑っていった。

 二人は建物の中へと入っていく。

「……埃っぽいな」

 ライトを持たない左手で顔の前を払いながら、芽依はライトで周囲を照らす。

 もとは事務所だったであろうそこには、錆びたデスクとその上に電球の入っていない卓上ライト、デスクに合う高さの、これまたクッションなどが劣化しているパイプ椅子が無造作に置かれていた。

 二人は死角となる場所を警戒しながら部屋を探索する。

 机の裏やロッカー、人が潜伏できそうな場所を入念に調べていく。

 それから数分が経ち「ここは特に何もないな」芽依はぼそりと呟いた。

 布司斗は「次見る場所としてはあそこだな」と出入り口とは違う、この廃工場の内部に通じているであろう扉に人差し指を向けた。

「中の様子は分かったりしないか?」

「摺りガラス越しかつ、向こうも真っ暗だからあちら側を照らさないと分からないな。音とか気配はしないが、呼び出した奴らが息を殺して待ってるかもな」

「そうか……じゃあ、行くか?」

「俺一人で見てくるから此処で待ってろ―――と言っても聞かないよな」

「当たり前だ。私達はチームだぞ」

「……俺が先に行く。背後は任せた」

「よし」

 二人は静かに扉まで近づくと、そっと布司斗はドアノブを捻る。鍵はかかっていなかった。

「この先階段、足元気をつけろ」

 布司斗は小さくそう言ってライトで足元を照らしながら進む。

 そうして階段が終わり、二人は短い廊下へ降りてくる。

 廊下の突き当りには一つ扉があり、そのまま開いた。

 扉の先には広い部屋があり、ライトでぐるりと見渡すと、そこが元は何の為の部屋なのかを二人は理解した。

 倉庫棚が規則正しく並んでいたからだ。

 殆どは空いているが、まばらに段ボール等が置かれた倉庫棚が元は倉庫だった名残を残していた。

 点々と置かれた物達にライトの光は遮られる。

「見通しが良いとは言い難いな」

 いつの間にか帯刀していた芽依は鯉口を切り、暗闇を睨めつける。

「奥の方までは……明かりが届いてないな。前進しないと見えない」一歩踏み出そうとした布司斗の肩を掴む。

「なんだよ?」

「なんだこの音?」

 芽依は耳に神経を集中させる。

「……エンジン音、か?」

「……音?音なんて何もしな―――」


 瞬間、二人の視界は白く染まる。

「なっ、ん……?!」

 突然のことに目を細める二人。

 突如としてその倉庫上部から明かりが発生した。

 二人の頭上から降り注ぐ明かりは、先程まで暗闇に慣れていた二人の目をつかの間潰す。

「っ……エンジン音の次は明かりか?!」

「何がどうなってんだ?!」

 布司斗の辛うじて開いている瞼の微かな視界に、高速で動く小さな影が写る。


 布司斗の判断は早かった。

 芽衣の眼前に立つと、両足から冷気を噴出させる。

 冷気は瞬く間に氷壁を作り出す。


 がちんがつんぱきん。


 それが現れるのとほぼ同時に何かが着弾し壁へとめり込む。

 布司斗と芽衣が氷越しに見たそれは小さな黒い球体だった。











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