四十七話
―――「なるほど」休憩室のデスクを挟み、真と向かい合うように座った司は、裏返しで並ぶESPカードを手元に纏めていた。
「大体は分かった。
「えっと……ない、と思います」
「……なんだ思いますって。何かあるのか?」
「……実は
困ったように頬を掻く馬岸を見て、司はそうかと頷くと「良し、とりあえずここに名前と電話番号を書いてくれ」ボールペンと書類を差し出した。
「……なんですかこれ?」
「あぁいやもし何かあった時、連絡取れるようにしておきたくてな」
馬岸はその書類にペンを走らせながら「……大体この
「それを調べているのがここの研究所だ。
……まあ君の知りたい答えは出てないけどな」
「そう、ですか」馬岸はペンを置く。
司は書き終えた書類を見て「書き終わったみたいだな。
……よし少し移動しようか。暇そうだし刃もついてこい」
「……どこ行くんです?」
持っていたスマホをポケットに入れながら刃はパイプ椅子から立ち上がる。
「まぁ来れば分かるさ」
そうして三人は休憩室から出て数分歩き、司を先頭に、トレーニングルームと書かれた部屋へと入っていた。
天井は十メートル超、奥行きはおおよそ五十メートル程。
入り口左手にはバーベルやダンベル、それらを置くラックに、ランニングマシーンやベンチが置かれたスペースがあり、ちょっとしたスポーツジムのようになっていた。
そんな床がフローリングで敷き詰められた部屋を、刃と馬岸は不思議そうに眺めている。
そんな二人の傍らで、司はジャケットを脱ぎ部屋の中央へと足を運ぶ。
「ちょっと」司は真に手招きする。
通学カバンを刃に渡し、馬岸は司の方に駆け寄った。
「今
「……え?えぇまぁ」馬岸がそう頷いた瞬間―――馬岸は後ろへ飛ぶ。
先程まで馬岸の顔面があった空間に、司の左拳が来ていた。
回避しなければ、鼻柱に直撃していたであろう拳を見て馬岸は眉間に皺を寄せる。
「……いきなりなんですか?」
「あぁ悪い悪い。
その
「まだ使ってないですよ」
「そうか、使えるようになったら教えてくれ」司はダンベルラック付近に置いてあったボクシンググローブを手に取り、それに左手を通した。
「……そんなのあるならはじめから付けてくださいよ」
それから数分、フローリングをソールで擦る音がトレーニングルームでは響いていた。
司の鋭いジャブ―――今回は不意打ちではなく了承の上の攻撃―――の連打を拳の射程距離から出ることなく、真は捌く。
避けられた左拳が戻り、再度伸びようとした瞬間、司は右掌を振り下ろしジャブをぱしんと叩き落とした。
「よく見てるな。なにかやっていたのか?」感心したような声音で司は落とされた左拳を構え直す。
「祖父がやってた道場で古武道を少し」
「なるほど。……じゃあ次の一撃で最後で」すぅっと息を吸い込む。
数瞬の後、大きく左足を踏み込んだ。
フローリングを叩く音が部屋に響く。
先程までとは違う、力のこもった重い左ストレートが放たれた。
真は、迫る拳を見ながら微かに上体を反らす。
拳は眼前でピタリと止まった。
真の緊張が微かに緩む―――その時だった。
左の拳が素早く引き戻され始めると同時に、司の腰の回転が開始する。
いつの間にか黄色く変色した、スポンジのような右拳が加速する。
お手本のようなワンツーだった。
決着がついた。
仰向けでダウンしている司の瞳に高い天井が映る。
「す、すみません」真は慌てて駆け寄り、手を伸ばした。
「あぁ大丈夫。と言うかアレも見切られるか。さっきの会話も含めてブラフのつもりだったんだが」背中をさすりながら司は立ち上がる。
決まり手は一本背負いだった。
真は伸びた司の右腕を両手で掴むと。懐に潜り込み肩を担ぐようにして投げたのだった。
「あぁいやそれは……」
「どうした?」
「実は、動きが視えたんです。左ストレートの時くらいからぼんやりと青い人形の靄みたいなのが」
「靄?」
「はい。その靄が腰を捻って右を振ろうとしたのが見えたのでそれに合わせて動いたら、って感じです」
薄い橙色に戻った右手でなるほどと司は顎を撫でる。
「あの……さっき右手の方、おかしかった気がするんですけど」
「俺の
「そんなこと出来るんですか?」
「俺の
司は何か考える素振りを見せると、「……まあこれなら」ぼそりと呟き、手で真に少し待ってろとジェスチャーをして、二人からやや離れた位置に立っていた刃へと近づく。
「……え?なんです?俺殴り合いとか出来ないですよ?」
怪訝な表情で身構える刃の肩を抱くと、「違う。少し相談があってな」と耳元で囁く。
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