四十五話

「……カバン?」

「実は僕、んだよね」

「……はぁ?何を言ってんだ?」

 刃はカバンを支えていた魔法の手マジックハンドを消して、まだ暑さの残る九月からなのか、それとも今目の前にいる少年の影響なのか、出てきた額の汗を拭う。

「あ、今消したでしょ?」

 先程まで魔法の手マジックハンドのあった部分を見ながら真はそう言った。

 刃はじりじりと後退し距離を取ると、真の死角となる形で背後に三つの魔法の手マジックハンドを出現させ、真を睨みつける。

「……もしかして僕マズいこと言っちゃった?」

「……何故俺の一つしか出していなかった魔法の手マジックハンドが見える?」

 敵意を露わにしながら刃は三つの内二つの魔法の手マジックハンドに握り拳を作らせる。

 前回の羅夏万太との邂逅した際の経験が、刃を用心深くさせていた。

「この目に関しては僕が聞きたいくらいなんだけ―――」


 ―――刃の背後から握り拳を作った魔法の手マジックハンドが突如として真の顔面へと襲いかかった。


「?!」真は不意打ちのそれをヘッドスリップの要領で慌てて避ける。

 殴りかかった勢いのまま真の背後に回った魔法の手マジックハンドは、空中で方向転換をし、そのまま真へと突撃する。

 それと同時に刃は新たに自身の後ろにある、もう一つの魔法の手マジックハンドを地面スレスレに放つ。

 真は一発目の魔法の手マジックハンドの方を向いていた。

 地面を這うように突き進み、足首を掴もうとする魔法の手マジックハンドと、再度殴りかかろうとする魔法の手マジックハンドとの挟み撃ちの形になる。


 二つの魔法の手マジックハンドは結果として、どちらも当たることはなかった。


 真は顔へと向かってきた魔法の手マジックハンドを、膝を弛め屈む。

 そしてヒットの直前、両腕を伸ばしながら後方へと飛んだ。

 空中でブリッジの体勢となり鼻先を魔法の手マジックハンドが通り過ぎていく。

 足元を狙った魔法の手マジックハンドも本来は足首がある筈の空間を、バク転によるほんの一瞬の空中浮遊によって、何もない空間をそのまま素通りする。

 二つの魔法の手マジックハンドは綺麗にすり抜けた。

 真は姿勢を崩す事なく着地し、「本当に何も分からないんだ、少し話を聞いてくれ!」両腕を上げ敵意は無いと意思表示する。

 当たると思っていた挟撃を避けられ、三度目の攻撃を考えていた刃は、真の様子を見て魔法の手マジックハンドを慌てて止める。

 数秒間刃は思考時間を取ると、真の周囲に浮く二つの魔法の手マジックハンドを自身の方へ戻しながら「……とりあえず動くな」と低い声でそう言った。

「分かった」

 刃は極力視線を逸らさぬよう気をつけながらスマホを取り出し、司に短文のメールを送った。

「……ここだと人が来る可能性がある。場所を変える」

 真が頷いたのを確認し、「……案内するから先に行け」と刃は真の数メートル背後から追従する形で移動を開始した。

 そのまま数十分間歩き、寂れた団地へと俺達は向かっていた。

 と言っても目的は団地ではなく、その敷地内にある小さな公園だった。

 公園には過去子供達を楽しませていたであろう、色褪せた滑り台や錆の浮いたシーソー、そして好き放題に伸びた雑草達が現在この公園に人の出入りがほぼ無いことを雄弁に語っていた。

 ……ここなら恐らく人は来ないだろう。

「そこに座れ」俺は公園の端にあるベンチに指を指す。

「……分かった」馬岸がおずおずと座ったのを確認しスマホをチラリと見る。返答はまだ返ってきていなかった。

(……参ったな)

 こういう際の対応を聞いておけば良かったと今更後悔する。

 まさか日常で超能力チカラ持ちと出会うことになるなんて予想は出来なかった。

 手錠と鍵一式って借りる事は出来るのだろうか?可能であれば、日常的に持ち歩く事にしようと思った。

「あの……」馬岸は恐る恐ると言った様子で挙手する。

「なんだ?」

「……なんでそんなに警戒しているの?」

「……お前が俺の敵かもしれないからだ」

「て、敵?」馬岸はピンときていない表情をしている。知っていてすっとぼけてるなら名演技だ。

「おいこっちを見ろ、目を逸らすなよ?」そう言ってコチラを向かせる。

「……分かった」

「……来飯正ノ」

「え?」

「来飯正ノだ、聞いた事は?」

「らいい……って人名だよね?……えっと、知らないね」

「……本当か?」

「本当だよ」馬岸の瞳はまっすぐとコチラを見据えている。

 目は口程に物を言う。なんて言うが、本当にそうだとしたら馬岸は嘘をついていないだろう。

「……その目はいつから?」

「……数ヶ月前に突然だよ。

 朝起きて自室のカーテンを開いた時、百メートル位離れた街路樹に飛び乗る小鳥を見たんだ。

 あれなんの鳥だろうと思ってね。

 ……そしたらまるで双眼鏡を覗いたかのようにされたんだ。

 元々目は悪くなかったけど、流石におかしいでしょ?そんなに離れた小鳥の目や嘴が、模写できるほどにはっきりと見えるのは」

 俺が頷くと、馬岸は更に続ける。

「怖くなって一人で眼科にも行ったけど異常なしと言われてね。医者に問題がないと言われたし、親にもこの事は言えなかった」

 そう言って大きくため息を吐く。

「正直、この目の事は不気味で仕方ないんだ。でも君なら僕の目の事が何か分かるかと思って」

「……何故俺なら分かると?」

「君の手が視えたからだよ、それもしっかりと。きっと僕と同じだと思ったんだ」

「……なんか俺が霊的存在に憑かれてるだけかも」

 俺がそう言うと馬岸は微笑み「かもしれないね」と言った。

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