四十三話
「……刃君」
「何?」
「海って、広いね」
「……そうだね」
俺はそう同意しながら、履いていたスニーカーと靴下を脱ぐ。
素足に感じる、細かい砂の感触が何処か気持ちよく感じた。
昼間であれば火傷間違いなしだと思うが、夜は程々に温かい程度だった。
豆丘さんの隣を抜け海へと向かう。
数歩進むと砂の感触が、冷えて重い感触のものへと変わった。
引いていた波が砂浜に押し寄せ足首に冷たい波が当たる。
そんな海特有の波の感触を楽しんでいると後ろから視線を感じる。
「……どうかした?」
「海入っちゃ駄目なんじゃないの?」
「泳ぐわけじゃないし、これくらいなら良いんだよ」
俺がそう笑いながら視線の方を見ると、豆丘さんは「じゃあ私も!」笑顔を浮かべ駆け寄ってきた。
「コケないようにね」
もちろんと頷きながら、彼女は楽しそうに足元に迫る波にテンションを上げていた。
そうして俺達は波打ち際を沿うように歩き始めた。
時々出会う小さな蟹や、ヤドカリを興味津々に観察している豆丘さんと共に眺めていた。
「ねえねえ刃君さ」
「ん?」
「これ食べれるかな?」
彼女はいつの間にか捕獲していたヤドカリの、反射的に貝殻に入っていく様子をジッと見ていた。
その目は冗談で言っている雰囲気ではなく、本気で料理しようと考えている様子だった。
予想外の発言に内心驚きつつ「……いやどうだろ。と言うか食べたいの?」平静を装いつつそう続けた。
「食べられるなら食べてみたくない?」
「あーまぁ……」……うーんどうだろうなんて思いながら、あやふやな相槌をうつ。
「最近自分で捕まえた材料で、料理する動画とか見ててさ。自分で材料集めるのも楽しそうだなって」
「……へぇ」
「あのね最近見た蜂の子の―――」
「おし!そろそろ走るか!あの岩場まで競争ね?」俺は一方的に話を変えて、この先の、ちょっとした岩場らしき場所に、指を指す。
……俺は虫があまり得意ではない。
そして彼女にそのまま話を続けさせたら俺は、寒くもないのに鳥肌を立てなくてはいけないのは自明だ。
「え?あ、ちょっと!」
「GO!」
話を飲み込めていない彼女を置き去りに、俺は全力で走り出す。
スタートダッシュは成功。
順当に行けば負けるはずもない。
完全に虚を突き、俺に有利なレースの結果は―――
大敗だった。
「……と、飛ぶのはチートでしょ」
膝に手を置き上体を地面と並行にして、はあはあと息を切らしている俺とは対象的に、涼しい顔をした彼女は「競争としか聞こえなかったもんねー」してやったりと白い歯を此方に見せる。
「と言うかなんで急に競争なんて始めたの?」
俺は何度か深呼吸をして、呼吸を整える。
そして俺は「内緒」と人差し指を口元へと持っていった。
「えーなにそれ」
「海を見ると走り出したくなるもんだよ」
あまりピンと来ていない、不思議そうな表情を浮かべていた彼女は、「あ、そう言えば」と声をあげる。
「どうしたの?」
「話変わるんだけどさ、料理しかやってなかったから何か他の事もやってみたいって思って。
アニメとかドラマ見るなら料理の合間でもできるしと思ったんだけど、なんか色々サービスあって何がいいのかなって」
「なるほどね。今スマホある?」
「あるよー」彼女のポケットから取り出されたそれを「少し貸して」と預かり、アプリストアで俺が使っている動画配信のサブスクアプリを
「帰ったら細かく設定するよ」と言ってスマホを返す。
「ありがとー」
「もう少し遊んで帰ろうか」
「おぉー!」
俺らは月明かりの下、夜の海―――と言っても砂遊びがメイン―――をひとしきり楽しんだ。
……早く帰るつもりだったんだけどな。
途中から時間を忘れて遊んでいた自分に罪悪感を覚えながら、自販機で買ったスポーツドリンクを彼女に渡し、ベンチへと座った。
帰宅準備を済ませた俺達は、海水浴場から一番近くにある公園に来ていた。
短針が一時を超えた深夜の公園の利用者は、鳴くことで番を探す虫達と自分達だけだった。
「遊んだねー」
「そうだね」俺は自身の買ってきた缶のコーラを開ける。プシュッと炭酸の弾ける音が耳に心地良い。
喉を通り体内へと入ったそれは、刺激と共に肉体の疲労を癒してくれる。
「あ、コーラ良いな。私も一口欲しい」
「え?あぁ良いけど」俺がスコア部分を拭おうとするよりも先に「いただきまーす」と彼女は俺の手からコーラを取り、口に付けた。
「あっ……」
コーラを俺の手元に戻しながら「駄目だった?」と彼女は首を傾げる。
あれこれ、か、間接―――
い、いや俺が気にし過ぎか……?
「あ、いや大丈夫です」
「……急になんで敬語?」
怪訝な表情を浮かべる彼女に「こっちの話だから気にしないで」と伝える。
結局解散後もその事だけが頭にぐるぐると残っていて恥ずかしくなった俺は、疲れているはずなのに、寝付きの悪い夜を過ごすことになった。
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