四十話
瞬間、男は炎へ飲まれ消えた。
……何だったんだあの男は、何処から現れた?瞬間移動か?
もしかしてあれが言っていたガキか?
にしちゃ体格が──
「……あぁ?」
俺の放った炎が異様な動きをしているのが視界に映った。
炎はぐるぐると渦を巻きながら、本来は前進するはずのそれはそこに滞留していた。
どうなってやがる?炎が止まっているのか……?何故?
……いや違うこれは、吸い込まれている!
俺がその事に気がついた瞬間、炎が一度大きく揺らぐ。
炎は急速度で一点に吸われるようにして姿を消し、そして火の消えたそこには右手を突き出した男──突き出したその手には十五センチ程の六角形の手鏡が握られている──がそこに立っていた。
「おいおい!危ないだろ?」男は背後にいた白衣男に右手を向ける。
音もなく鏡に火が吸い込まれるのが見えた。
「お前そいつの仲間か?」白衣男に指を指す。
「んー、どうだろ?」
「そうか。それなら話したくなるまで遊ぼうじゃねえか」
俺は再点火させ燃える掌を男へと向ける。
「それは魅力的な提案だけど、先約があるもんでね」
俺が火を放つと同時に男は後ろへ飛び、未だ倒れている白衣男へ左手で触れる。
火が迫る中、男は右掌を自分に向ける。
ぎゅるりと男と白衣男は鏡に吸い込まれていき、俺の放った火は何もない地面を燃やすだけだった。
「オイッ、オマッ、ちょっ、待ちばっかじゃねェかよ!」
「最適解がこれならそりゃ誰だってこうす──あ、投げハメ?!」
前回よりも物の増えた廃倉庫の錆びた搬入口の右側、向かい合う古い格闘ゲームの筐体に正ノと蓮は座り、ガチャガチャとスティックやボタンを鳴らしていた。
そんな二人の声を聞きながら、搬入口左側に置いてあるボロいソファーで刄はぼーっと横になっていた。
刄が暇そうに欠伸をしたその時だった。
倉庫の壁に立て掛けられた姿見鏡が光り、人を担いだ影が飛び出してくる。
刄は鏡から飛び出してきた黒い野球帽の男──
刄がそちらに向かうと同時に佐一の元へと人が集まり始める。
ぎゃーぎゃーと汚いのはどっちだと騒いでいる蓮と正ノの二人と、折りたたみ式のアルミ製レジャーテーブルの上でカセットコンロを使い炒め物を作っていた、肩甲骨辺りまである黒髪を左右に結んだ──
「あの、お怪我は?」来部は首を傾げながら佐一をジロジロと見る。
「あぁ、俺は無傷だよ」
「……そう、ですか」幾ばくかトーンダウンした声で露骨に残念という意志を示す。
「……そんな露骨にテンション下げないでよ。俺は無傷だけど、この男はそうじゃないよ」
背負っていた羅夏──白衣やその下に身に着けていた服は部分部分で肌に癒着しており、肌の見える部分は黄や赤に変色し、水疱は全身に広がっている。更に酷い所は黒くボロボロと炭のようになった皮膚だった物が見える──をゆっくりと下ろす。
酷い有様の羅夏を見て、しかめっ面をした正ノの「臭ェな……」というセリフに鼻を抑えた蓮は同意する。
「ここまで運ぶまでに慣れちゃったよ俺は。……えっと来部ちゃんさ、これ治せる?」と来部の方を見た佐一はビクリと体を震わせ、来部から逃げるように刄の方へと体を向ける。
「どういう状況でした?」
「俺が着いた時には火を使ってる男と戦ってて既に全身火達磨。一応呼吸はしてたみたいけど、あの様子だと連れてきた意味あるのかって思ってるのが本音」佐一はそう言って肩をすくませる。
「なる程、あれだけ深い火傷だと確かにそう思うのも無理はないですね……。
ですが来部さんのあの様子ならまだ大丈夫だと思いますよ」刄の視線の先にいる来部は、羅夏に覆い被さりニコニコと笑みを浮かべていた。
本来ならば忌避されるであろう、人がそのまま焼かれた匂いに、人工繊維やゴムなどの人工の衣類がミックスされた悪臭を大きく息を吸い、舌なめずりをする。
少女の顔がボコボコと蠢き変化を始める。
瞳や鼻や耳といった五感を司る器官は、頬や額といった所から膨らんだ、白濁とした肉に埋もれ、黒色の頭髪も肉に溶け込むようにして消えていき数秒、変化がぴたりと止まる。
本来は眼球のある周囲の肉はでろんと飛び出し、口元に2つの牙のあるそれは、蛆虫の頭部と同じ形状だった。
その頭は鈍い動きで羅夏の腕へと顔を近づけ―――そして牙を立てた。
ぶじゅぶじゅ、ぐちゃぐちゃと言った嫌悪感を煽る音が倉庫内に響く。
「あー……自販機で買い物するから付き合ってくれ」その様子を見て顔を青くした蓮は正ノを引っ張るようにして搬入口へと向かう。
二人が倉庫から出ていく様子を眺めていた佐一と刄二人は、顔を見合わせ、「……では来部さんの処置が終わったらまた集合しましょうか」「……そうだね」とそそくさと二人は
そうして倉庫に残ったのは倒れている羅夏と頭部が変化した来部の二人だけだった。
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