三十九話

 魔法の手マジックハンドに襟を引っ張られながらずるずると動く刃に、羅夏が追いつくのは容易な事だった。

 あと数歩で入り口というタイミングで、斧を振りかざした羅夏が詰め寄る。


 ―――そしてそれは振り下ろされた。


 倒れこんだ刃。

 地面に付着した血。


 けれど、斧は刃の頭蓋を割ることはなかった。

 血は刃の裂傷から溢れた物が付いただけだった。

 斧は中途半端な位置で固まっている。

 倒れ込んだのは攻撃によるものでは無かった。

 魔法の手マジックハンドが刃を離し、斧を止めに入った為だ。

 刃は受け身を取れずに倒れ込んだ衝撃でゲホゲホと咳き込む。

 それでも震える手足をなんとか動かし地面を這いずり始めた。

 向かう先はこの診療所の玄関。

 羅夏は這いずる刃を追おうとするが、柄の部分を魔法の手マジックハンドで握られた斧はプルプルと震えながらも、動かない。

「……忌々しい手だな本当に!」

 初めて怒りの混じった声を羅夏はあげた。



 俺は暗い山道を抜け、目的の診療所が目に入った。

「流石に薄気味悪ぃな」そんな言葉が思わず飛び出す。

 周りを懐中電灯で照らすが、人の気配はない。

 刃の奴中にいるのか?

 そう思い玄関らしき所に懐中電灯を向け意識を向けた時、ズッ、ズズッと何かが這いずるような音が耳に入った。

 ……なんだ?

 出入口に少しずつ近づきながら、懐中電灯を持っていない左手に熱を溜める。

 霊に火が効くのかは分からないが、とりあえず火を放つつもりだった。



 玄関の角から現れたのは呻き声と、血に濡れた裂けた手だった。



 左掌から火球を放とうとするよりも先に、頭が見えその手の正体が分かる。

 駆け寄り脇の下に手を入れ、玄関の外へと引っ張り出す。

「おい大丈夫か?!」

 それは刃だった。

 瞳孔が開き、焦点の合わない目。大きく裂けた左手、恐らく這っていたせいで所々に穴の空いた、ホコリまみれの服。

 ただ事じゃない事は間違いなかった。

「何があった?」

 刃は答えない。

「おい!」

 顔を軽く叩くと、刃は唇を微かに震わす。が、声は聞こえない。

「……なんだって?」

 刃の上体を抱き抱え、口元に耳を持っていく。


「に、逃、げて」


 その言葉が耳に入った刹那、刃を抱えながら俺は山道の方向へと飛んだ。


 一瞬後ろ髪に触れられた感覚を覚え、廃墟の方へと首を向ける。

 斧を構え直している白衣の男がそこにはいた。

 数メートル程離れた男と自分の間には赤毛が落ちており、白衣男が斧を振ったのだと確信する。

「人の髪に何しやがんだ、おい」そちらから視線を逸らさぬまま、刃をゆっくりと横たわせる。

「いやー君が動かなければ、頭蓋骨砕いて脳まで切断出来てたと思うんだけどね。

 まぁいいや、とりあえず真九呑地君置いてってくれない?」

「人に頼む態度じゃねえだろ。

 まぁどんだけ丁寧に頼まれたって、置いていくってことはないけどな」

 ……こいつの超能力チカラが分からない以上時間をかけるのは危険だ。

 早目にケリをつけた方が良いと思った俺は立ち上がると同時に、不意打ち気味に左手から炎を放つ。

 人一人なら難なく飲み込む規模の炎は轟々と燃え盛りながら白衣男に牙を向く。

 白衣男は驚愕の表情を顔に貼り付け、炎を回避しようと頭から安全地帯へと飛び込む。

 炎は寸での所で当たらず白衣男の背後、診療所の壁を焦がすだけだった。

 だが―――二発目。

 障害物もない見通しの良い平地、体制を崩し寝転がる形となった白衣男、当てるのは容易だった。

 避けられるわけもなく、右手から放った炎は初撃をなんとか回避した白衣男を包み込んだ。

 火を消すタイミングを考えながら俺はヤツを観察する。

 抵抗出来ない程度にダメージを与え尚かつ、殺さないように消火のタイミングを見極める。

 火をまともに食らった人間の行動は基本的に二つ。

 地べたを転がり必死に体に纏わりつく火を消火しようとするか、水場を探し求め走り回るか。

 それが普通だ。


 ―――だがヤツは違った。

 まるで炎など何ともない様に、そうする事が一番正しいかの様に、火達磨のまま唸り声も上げず斧を振り上げ、俺へと肉薄する。

「ッ?!」

 呼吸をすれば肺は焼かれ、消火しない限り皮膚を黒焦げにする炎を、消そうとする素振りもなく、詰めてきたそれに驚愕し、一瞬対応が遅れる。


 もうヤツの間合いに入ってしまった。

 上段から振り下ろされる斧。

 反射的に出た、燃える右手によるストレート。


 斧と拳が交差する。

 瞬間、打撃音がそこに発せられた。

 だが、それは俺の拳によるものではない。

 かと言ってヤツの斧でもない。


 結果として俺も奴も、攻撃を当てることはなかった。

 ヤツが突然現れた影に横から蹴り飛ばされたからだ。

「熱っ!」

 俺の目の現れた人影はヤツに蹴りを放ったことで、靴に引火した火を地面へと擦りつけていた。

 ……なんだコイツ、急に現れて。

 俺を助けたのか?

 黒無地の野球帽を深く被り、鼻から下を覆うペーズリー模様の同じく黒色のバンダナで顔を隠している、その男に見覚えはなかった。

「テメェ何者ナニモンだ?」

「あーいやね、危険だったから助けに入ったんだよ」

「……俺がか?余計な──」


「あぁいや向こうが」


 そう言った男がハハッと笑うと同時に、燃えたまま蹴り飛ばされ蹲っている、白衣男の方へ走り出す。

「なっ?!おい!」

 男に叫ぶが止まる気配はない。

 俺は舌打ちしながら、熱を帯びた両手を重ねる。

 橙に光った手から発せられた爆炎の弾丸が、男へと襲いかかった。

 白衣男と爆炎に挟まれる形となった男は、白衣男の眼前で、炎の方へと立ちはだかる様に向き直す。


































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