三十八話
―――「今思えば僕は彼女のことが好きだったんだなと。……真九呑地君は好きな子とかいるかい?食べてみたいと思ったことは?
知っているかい、女の子の味って―――おっと僕ばっかり話しちゃって悪いね」
羅夏は、はははと調子外れの笑い声を上げる。
「ん?やっと効き始めたかな?
やっぱり目立たない様に、濃度を薄めると時間がかかるなぁ。
でも前回は強引に行った結果撃たれそうになったしやっぱりこのやり方が良いな。話もできるし」
納得げに頷く羅夏の前には頭を垂れる刃の姿があった。
「もう意識はない?」垂れた頭を乱雑に持ち上げ顔の辺りで指を左右に振る。
刃の目に光はなく、瞳孔は開いており力なく開いてる口からたらりと唾液が垂れる。
生気は感じられず、目の前で振られた指に反応することもなかった。
「良し、もう大丈夫だね」
羅夏は刃の頭を離し、部屋の片隅に行くと、棚に置いてあった斧を手に取った。
……なんだろうこの感じは。体に力が入らず、焚き火の明かりがやけに眩しく感じる。
そして何故か今まで暑かった筈の火から放たれる熱気も感じられなくなっていた。
寒いはずがないのに一人でに体が震える。
そんな時頭を持ち上げられる。
見えたのはお医者さん?
あれここは病院?誰だこの人?
……ってあぁそうだ羅夏さんか。
羅夏さんは何か話しながら指を俺の眼前に立て、左右に動かす。
なんだ?
あれ……この指って追ったほうが良いのかな。
なんてぼんやりと考えていると、パッと頭を離されガクンと頭が下がる。
スニーカーの爪先が見えた。
何の変哲もないそんな爪先に、黒色の何かが蠢いていることに気がつく。粘っこいタールのようなそれは少しずつ膨張し、ぐにぐにと変形し、様々な形態を経て、それは漆黒の俺へと変わった。
視界には腰の辺りまでしか映らないが、雰囲気でそれが自分自身である事が分かる。
俺がもう一人?
そんな考えが浮かんだ刹那、その影は俺の肩を強く押した。
押された勢いで視点が大きく動く。
パイプ椅子ごと背後へと倒れ込む瞬間、何かを横一文字に振り抜いた羅夏さんが見えた。
「うーん、自力ではもう動けない筈なんだけどな」
羅夏は不思議そうに首を傾げる。
斧を持ち直しながら倒れ込んだ刃をじろりと足先からなぞるように見て、そして首元で止まる。
「なるほど、君も普通の人間では無かったって事か」
刃の首元にある透明になりきれてない手首を見つけた。
刃が倒れ込んだのは、自動操作状態の
「んー
そう言いながら斧を上段に構え直した。
「まぁ頭割っちゃえば流石に動けな―――」
いだろう、と言いかけた羅夏の鼻柱に、いつの間にか刃の首元から離れた
鼻血を吹き出しながらよたよたと後退る。
思わず左手で鼻を抑え体制の崩れた羅夏に、
クリーンヒットした羅夏は背後にあった手術台へと倒れ込むようにダウンする。
そうして羅夏を吹き飛ばした
がたがたと震える両手でドアノブを握る刃はぐにゃぐにゃと歪む視界の中見ることになる。
ドアノブを染める赤い液体を。
そしてそれが自分の出血による物であることを。
「え……?」
刃の左手は大きく切り裂かれていた。
中指と薬指の股から手首まで深々と裂かれており、そこからは鮮血がどくどくと溢れていた。
白いナニかが覗いており、重症なのは素人目にも明らかだった。
「あ、れ……?なんで……?」
薬指と小指に限ってはぶらんと皮に吊られるようにぶら下がっている。
刃はそんな惨状に酷く動揺はしているが、傷の痛みに反応している様子はなかった。
「あ、あぁごめんね本当は一撃で決めるつもりだったんだけど。でも痛みはないだろう?」
いててと鼻を抑えながら羅夏は立ち上がる。
「次は上手くやるから。怖がらせてごめんね」
羅夏がそう言って刃の方向へ向いたが、既に扉の外、廊下へと千鳥足のまま
「少し焦っちゃったかな。
……まぁ
そうひとりごちた羅夏は刃を追う様子は無く、落ち着いた様子で手術棚の物色を始めた。
「地図で見た感じここが一番人いそうだよな」
刃が通った道を懐中電灯で照らしながら陽斗は黒服の方へと振り向く。
「そうですね。山中に人が隠れるとすればここかと。この先は街まで降りない限り建物なんてトイレぐらいしか無いですし」黒服は、地図の表示されたタブレットを見ながら頷く。
「刃がこっちに行ってねえか俺は見てくるから、この先頼むぜ」
「分かりました」
陽斗は診療所に続く道を進みだした。
どこからか分からない、すすり泣く声や囁き声が頭に響く。
ナニかがこの暗闇の中を這い回っているようにも感じ、暗闇が怖い。
そんな漠然とした恐怖に怯えながら、もう一人の自分に肩を借りながら廊下を歩く。
左手の大きな裂傷も、本来ならある筈の痛みも、肩を借りているもう一人の自分も、今の回らない頭では何も分からない。
……なんで俺は逃げているんだっけ?
そんな事思いながら角を曲がった瞬間だった。
―――「処置も終わったから迎えに来たよ」
背後からそんな声が聞こえた。
その声はさっき俺を一撃で決めると言っていた声だ。
ああそうだ、この左手の傷は羅夏さんにつけられたんだ。
もう一人の自分が早足になる。
いち早く羅夏さんから離れようと言う意志を感じる。
離れなきゃいけない。
さもなければ俺は殺されてしまうだろう。
曲がり角を曲がり、玄関が見えた時だった。
背後から走る音と共に「逃げないでよ」と背後から羅夏さんの声がした。
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