三十四話

 じっとりとした暑さが身を包み、汗が滲み出る日本らしい真夏の夜、俺は隣県のとある山の峠道に来ていた。

「あの」

 ここまで連れてきた黒服の男は「どうなさいました?」と此方をサングラス越しに見る。

「……すげぇ山道上がってきましたよね」

「そうですね」

「こんな所俺一人で人探しですか?」

「いえ今回は後に、陽斗様を私がここまでお運びしますよ」

「後にって……」俺は周りの状況を改めて見る。

 停車させているワンボックスカーが背後にあり、道路は点々と並ぶ街路灯が照らし、それに群がる虫たちが視界に入った。

 そして道路を挟んだ向かいの森からは鳥や虫の大合奏が耳へと入ってくる。

(こんな所一人は怖すぎる……)

「懐中電灯をお渡ししますので、周辺の捜索をお願い致します」黒服は俺に2つの物を手渡す。手錠と懐中電灯だった。

「では」

 黒服は手早く車に乗り込むと先程来た道を高速で降りていく。

 車のテールランプを見えなくなるまで俺は目で追い、消えたのを確かめため息をついた。

(いや待てよ。ここで陽斗さん来るまでスマホで時間を潰せば)

 そう思いスマホを点ける。が、右上には圏外と出ていた。

(オフゲ入れときゃよかったな……)

「……まぁ仕方ないか」

 俺は峠道を上がっていく事にした。



 刃は黙々と峠道を進んでいた。

 人どころか車すら通らない道を、額を拭いながら、そして自分の周りを飛び回る羽虫たちを手で払いのけながら上がっていく。

 そうしていくつ曲がったかわからないカーブを通り過ぎた先、木々とカーブの間、生い茂った草むらの中にある一つの影が刃の目に写った。

 懐中電灯を点けそれを照らすと、それが古い手製の木製看板であることがわかる。

 経年劣化によりそれは掠れており、(……先、……診療所。)とだけ読むことが出来た。

「……気味が悪いな」

 ボソリと刃は呟き、前進を再開する。

 が、その看板から少し離れた先の三叉路で刃の足が止まった。

 一つは今歩いている峠道がそのまま続き、もう一つは山の中への道―――人間ニ人がすれ違えるかどうかといった幅―――が一つ伸びていた。



 俺は街路灯すらない暗闇の山道を懐中電灯で照らし、目を凝らす。

 するとその道の途中に先程見たような看板があり、この道が診療所に通ずる道だと分かった。

(……こっちに行くのはないな)

 そう思い懐中電灯を消し、このまま峠道を更に上がろうとした瞬間。


「助けて」


 と掠れた人の声が山道の奥から聞こえた……気がした。

(……何だ今の)

 耳を澄ますが、それらしい人の声はしない。

(空耳だ、と思って無視を決め込みたい。

 が……。)

 もう一度山道を照らす。

 本来照らしているはずの懐中電灯の明かりが、逆に大きな闇に飲まれてるように見えた。

 暑さの汗か冷や汗か分からない、額から流れるそれを拭い、魔法の手マジックハンドを一つ後頚部辺りに置き、自動操作にする。

 これで反射的に退避する際、魔法の手マジックハンドが補佐してくれるだろう。

「……よっしゃ」

 と自分を鼓舞した俺は、逆手に懐中電灯を構えながら山道の方へと舵を切った。

 むき出しの土を履物越しに感じる。

 コンクリート舗装のない山道は、俺の足を絡め取ろうとしてくるようだった。

 その感触に、いつぞや見たホラー映画の、足元にまとわりつく半透明な手を一瞬思い浮かべ、下を見ないように努める。


 そうして数分、無心で進む俺の足に何か硬いものが当たり、からんと音がなった。


「っ?!」慌ててそちらに明かりを向けると、正体はニ年ほど前に日本上陸したクリーチャーエネルギーなるエナジードリンクの空き缶だった。

「んだよクリエネかよ……」

 ひとりでにそんな声が出る。

 そんな埋まっていたわけでもない空き缶の状態は、昨日一昨日、もしくは数十分程前に捨てられたようにも見えた。

(最近来た人がいるって事か?)

 そう考え、深夜帯、エナジードリンク、心霊スポットのような場所。

 この要素から導かれた一つの答え。

(この先チンピラ的な人達がいるのでは……)

 ……心霊的恐怖とは別の恐怖だが、それも嫌だ。

(まぁでも別に逃げるだけなら、そんなに難しくもないか)

 一度ナイフ持った男と対峙したからか、メンタルが強くなってる気がする。

 だが会わないことに越したことはないよな、

 等と考えていると、細い山道を抜け、比較的広い場所に出る。

 その中心に一つの建物があった。

 恐らくこれが診療所なのだろう。

 そちらにじりじりと近寄り懐中電灯を向ける。

 それは平屋の建物であり、サイズはそれこそ街の診療所程度といった所だ。

 決定的な違いは窓は軒並み割られ、外壁にはスプレーの落書きがしてあり、明かりがついていない事だろう。

 周囲に灯りがあるわけでもなく、森の中にぽつんとあるその建物はそのままホラー映画の撮影ができそうな程に、心霊スポットといった感じだった。

(人の気配は……ない、か?)

 耳を澄ませ目を左右に走らせる。

 少なくとも騒いでいるヤンチャな方々は見受けられない。

 少し安心しながら廃墟の左側にある、昔は玄関として機能していたであろう所から中を覗く。

 中にはソファー―――と言ってもクッション部分が無くなっていたり、背もたれが破壊されている―――が乱雑に置かれており、過去には待合室として使われていたと想像出来た。

 右奥には受付があり、その受付前の通路に診察室等がありそうだった。

 その通路へと光を当てたその時―――


 《《通路にいたもしくは在った、ナニカが

 明かりに照らされ突如としてソレが浮かび上がった》》。


 俺は声にならない悲鳴をあげた。











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