肝試し
三十三話
「―――今日の夜ですか、分かりました」
司さんとの通話を切った俺はスマホをジーンズのポケットに入れる。
電話の内容は数日前、行方不明になった警官の捜索を頼むとの事だった。
「今回も恐らく何らかの
もし眼鏡をかけた少年がいたら気を付けろ。
瞬間移動と凍結能力で、下手打てば一発でアウトだ」司さんが言っていた言葉が頭の中で繰り返される。
(気を付けろって言われても、瞬間移動からの不意の凍結なんて避けようがないよな……。遭遇しないことを祈るしかないか)
そう結論を出し、トイレ―――夏休みに入り暇している俺は、今日も例に漏れず豆丘さん宅に遊びに来ていた―――から出てリビングへと向かった。
「私も手伝おうか?」
クーラーの効いたリビングに座り、スマホで見ていたアイスのレシピから豆丘さんは此方に視線を寄越す。
「……聞こえてた?」
「聞こえてた。私、夜目効くし空も飛べるから適任だと思うんだけど」
(内容もわかってる感じか)
「……原則外出禁止だって和小池の爺さ……お爺さんに言われてるでしょ?」俺がそう言うと、ため息をつき不服と言った表情でスマホのレシピへと視線を戻した。
「……今度アイスの材料買ってくるからそうむくれないで」
「……後で材料のリスト送るから忘れちゃ駄目だよ」
「それは勿論」頷きながら、つけてあるテレビの右上をちらりと確認する。時刻は18時を回ろうとしていた。
(そろそろ帰るか)そう思い身支度を済ませた俺は、玄関へと向かおうとした。が、「今日夕飯食べてく?」その足に待ったをかけられる。
「……俺の材料ある?後手間じゃない?」
「今日素麺だし全然手間じゃないよ」
「……いや悪いから今日は帰―――」
「ご飯一人だと味気ないんだよね……」豆丘さんはそう寂しそうに言って苦笑いを浮かべた。
「……あーうん、親に夕飯断ってくるよ」
踵を返して素早くリビングへ戻り自分のスマホで親に夕飯は不要とメールを送る。
そしてスマホをちゃぶ台へ置き、「手伝うよ」と台所へ向かった。
「ただいまー」
結局俺が家についたのは20時を回っていた。
(もう少ししたら迎えが来るからそれまでに色々済ませなきゃな)
そう思いながら靴を脱ぎ2階へ上がろうと階段に足をかけた俺の背後から、「少し話そう」と母さんの声がした。
「……俺風呂入りたいんだけど沸いてる?」
「沸いてる。まぁ良いからちょっと来なさい」
と手招きされ半ば無理やりリビングへと連行される。
テーブルを挟んだ母さん―――何故か訝しげな目で俺を見ている―――の前に渋々座った。
「最近夕飯要らないって良く言ってるけど、どうしたの?」
「あぁそれなら最近仲良い友達が出来て、そいつと良く飯食べに行くんだ」
「へぇー良いわね。因みにお金は?」
「……あーほら俺割と貯金してたから持ち合わせはあるんだ」
「……ふーん」と母さんは含みを持たせた言い方をする。
「……何?」
「……女の子に貢いだりとか、ヤンキーにカモにされてるってわけじゃないのね?」
予想の範疇を超えた勘繰りに思わず吹き出してしまう。
「そんなわけ無いじゃん」
「それならいいんだけどね。にしても友達は男の子?女の子?」
(ここで下手に嘘ついても仕方ないか)
「あー……女の子だよ」
「あら、小中と女っ気どころか、気のおけない友人すらいなかった刃に女友達だなんて」
「んなことない、わけじゃないけど、……いやある……けど……」(友達いないのバレてたのか……。友達いない事実より親に友達いないと思われてた方がクる物があるな)
「……あーうん、今のは私が悪かった。ごめん」
「あぁいや別に……。他に何か話とかは?」
「ないよ、それだけ」とどこか安心した表情で母さんは言った。
「じゃあ俺先に風呂入るね」と俺が立ち上がった瞬間、あ、そうそうと呼び止められる。
「何?」
「その友達の写真とかないの?」
「……ないけどなんで?」
「内気な刃と仲良しなんてどんな子か気になってね」そうして少し考える素振りを見せ、「……そうね、今度家に遊びに来てもらいましょ。なんかお菓子でも用意しておくから」
「……そうだね。都合の良いとき聞いておくよ」(まぁ連れてくるのは無理だけどね)
そう言って俺は今度こそ自室に着替えを取り向かった。
23時を回った住宅地、真九呑地家二階の窓―――光は消されており、傍から見ればもう寝ているように見える―――がゆっくりと音を立てずに開かれる。
そこからひょこっと頭を出した刃は左右を見て人がいないのを確認すると、窓を跨ぎ外へ体を出した。
そうして着地した先に、黒塗りのワンボックスカーがあるのを刃は確認すると、迷いなくそれに乗り込んだ。
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