三十一話

「俺は良い……!」

「なんでだ?!挨拶は必要だろう?!

 なにより布司斗と同い年だぞ?!友達になれるかもしれないじゃないか!」

「……お節介だな……、とりあえず服を引っ張るのを止めろよっ……!」

 戸尾立藤さんが目付きの悪い少年の袖を引っ張っているのが見えた。

 ……口論の内容は俺に対して挨拶するしないって所だろうか。

(俺としてはそこまでは求めてはいないんだが……)

「すまんな刃っ!布司斗が頑なでな!

 絶対挨拶はさせるからな!」

 俺が視線を送っていたのに気がついたのか、戸尾立藤さんは此方を向き、力んだ表情を浮かべながらそう言った。

「えっ、あぁいや別にそこまで」

「ほら立て布司斗ォ!」

「絶対やだ……!」

(えぇ……)

「……もう私は怒ったぞ!」

 そう言った戸尾立藤さんは袖から手を離すと、腰を落とし軽く握られた左手を腰に手を当てる。


 するとうっすらと光る青い粒子が戸尾立藤さんの周囲に現れた。

 瞬く間にそれは戸尾立藤さんの腰に収束していく。

 腰に置かれた手を中心に光は伸びていき、そして、突如霧散した。

 そこには黒色の鞘に収まれ、濃い青色の柄巻の一振りの日本刀があった。


「なっ、超能力チカラは駄目だろ……!」

 そう少年が刀を見るやいなや、戸尾立藤さんは刀を保持していない方の手で軽々と袖を引っ張り少年を起き上がらせた。

「私の勝ちだ」

「……汚ねぇ」

 勝ち誇った戸尾立藤さんとは、対照的な表情の少年はため息をつき、そして俺の方へとだるそうに向かってくる。

 そして目の前でピタリと止まり「……椿井布司斗」良くも悪くも特徴的な、瞳を此方に向けながらぼそりと呟く。

「あ、あぁよろ」しく、そう返答するよりも先に「……これで満足か?」と戸尾立藤さんに言いながら少年―――椿井くんは踵を返し足早に席へと戻っていった。

(……気まずいな)

「なんか……すまないな刃」はぁと一度ため息をつき、戸尾立藤さんはそう言った。

「……あぁ、いえ別に」

 まぁ、一応これで全員の名前を知れたことだし、来た意味があった……と思いたい。

 それから数分が経ち、解散ムードになっていた部屋の出入り口が突然開き、慌てた様子のスーツ姿の男が入って来た。

 男は「……和子池様は?」と言いながら部屋を見回す。

「さっき部屋に戻られたが……、どうかしたのか一ノ瀬?」司が聞き返すと、「さっき監視していた三野からと、連絡があってな」

「……消えた?場所は?」

 一ノ瀬と呼ばれた男はあぁと頷きながら「場所は二土の住むアパート付近。

 買い物に出ていた二土が路地を曲がったっきりいなくなったらしい」

「付近に人はいたのか?」

「いや、いなかったみたいだ。少なくとも気配はなかったと言っていた」

 司は渋い顔をしながら息を大きく吐いた。

「……刃、一応確認なんだがあいつの超能力チカラは、自分の影を実体化させて扱う、そんな感じだったよな?」

「何か別の超能力チカラを隠してたりしないなら恐らくは……」席に座っていた刃は、前回の出来事を思い返すようにしながらそう言った。

「よし、分かった。一ノ瀬、三野にはこっちに戻れと伝えてくれ。和子池様には俺が言っておく」

 わかった、とスマホを取り出しながら一ノ瀬は部屋から出ていく。

「……もう動き出したか」

 出ていく一ノ瀬の背中を見ながら、司は誰に聞こえるわけでもなく一人そう呟いた。



 同時刻、人気のいない廃倉庫に三人の男が集まっていた。

「で?僕を拉致ってどうするつもり?」

 二土は腕を組み目の前にいる二人に視線を送る。

「もしかしてあれ?通り魔被害者の親戚とか?ねえ勘弁してよ、もう僕超能力チカラ使えないんだからさぁ」

「……超能力チカラが使えない?」眼鏡をかけた少年―――亜流連 刄アルレン ジン―――は眉をぴくりと動かしどういう事だ?と言った表情を浮かべる。

「何ィ?……どうすんだ刄?こいつ使えねェぞ」転がっていたぼろぼろのドラム缶に腰掛けている正ノは、二土に指を指す。

「……人様拉致っといて使えないだなんだって流石に理不尽じゃない?キレるよ?」ポケットから取り出したバタフライナイフをカチャカチャと鳴らし、切っ先を正ノへと向ける。

「……お、なんだァ?ヤるか?」正ノは鼻で笑って立ち上がろうとする。

「落ち着いて下さい、二人とも。すみません、超能力チカラが使えないってどういうことです?」刄は指を光らせピリついた二人の間に氷の壁を作ると、二土の方へ視線を滑らせる。

「……さぁ?僕が変な手を浮かせる男に気絶させられた後、気が付いたら家の前に転がされていて、超能力チカラが使えなくなったんだよね」

「その男に何かされました?」

「いや……その男が何かしたわけじゃないと思う。実際僕を倒すまでに、相当出血しててしんどそうだったし。

 そんな超能力チカラ持ってるなら初めから使うだろうしね」

「成る程」

「なら連れていかれた時に、手術でもされたのンじゃねェか?超能力チカラが使える内臓ワタでも抜き取られたんだろ」

「馬鹿なのかな?そんな内臓があるなら今までレントゲン撮って、異常なしで済んでるわけないだろう?

 なにより、そんな手術跡なんて僕にはない」

「あァ?誰が馬鹿だって?」

「頭だけじゃなくて耳まで悪いなんて可哀想だね」


 瞬間、がしゃんと氷が砕け散る。


 勢い良く床を蹴りあげ素早く立ち上がった正ノの、灰色に覆われ始めた右拳が氷へと叩き込まれたのが原因だった。

 砕け散ったそんな壁―――高さが足首辺りまでしか無く、もう壁と言うには不十分―――の向こう側には驚愕の表情の二土が、慌てた様子でナイフを構えた。












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