三十話
すると左側二番目の席に座っていた大男が動いた。
立ち上がった大男はこれまた大きな、傷だらけの犬を引き連れて此方へと寄ってくる。
座っていた時から感じていた体積による威圧感は、お世辞にも優しげな顔とは言いがたい強面な面も相まって、俺の身体を強張らせるには十分だった。
(でっけぇ……)
眼前まで来た大男を見上げて改めてそう思った。二メートル位あるのだろうか。
そんな事を考えていると、大男は口を開く。
「……俺
野太く低い声が発せられた。
「あ、よ、よろしくお願いします」
「……俺の面が怖いのは分かるけど、そんなビビらんといてくれると助かる」工毅と名乗った男は苦笑いを浮かべる。
「あ、い、いやそういうわけじゃ―――」弁解しようとした時、わんと犬が一吠え。
「おぉ、そうやな。えっと……刃、で良いか?悪いがこれ付けてもらえるか?」
俺が頷くと、工毅さんはごつごつとした大きな掌を此方へ差し出す。
瞬間、音もなく一つ片耳に掛けるタイプの、無線式イヤホンの様なものが現れた。
恐らくこの人の
「……これは?」少々驚きながらもそれを手に取った俺は片耳に付けながらそう言う。
「まぁ付けてみれば分かるさ」
そう言われたが、付けただけでは特に変化があるわけではなかった。
(……特に何も起きな―――)
「よっ、聞こえるかいニイちゃん」
俺の耳に一つの声が入る。
それは近くにいた司さんでも、目の前の工毅さんでもなく、初めて聞く声だった。
キョロキョロと回りを見渡すが、何処にもいる気配がない。
「おいおい、何処見てんだ」
そんな声と同時に犬が俺へと飛びかかってきた。
「ちょっ?!」
急なことに転倒した俺は尻餅をつき、犬の視線と重なった。
「やっと分かったか?……にしても筋肉が足りねえな。あれくらいで転けてちゃ駄目だ。肉を食え肉を。……なんてな」目の前でハッハッと息をしている犬が、口角を上げ笑った―――気がした。
工毅さんは「面白いだろ?ケンは」と笑みを浮かべながら右手を此方に差し出す。
「……これ動物と話せるんですか?」俺はその手を支えに立ち上がる。
「いや動物って言うよりは、生き物全般だな。植物なんかとも意思疏通は可能だ。
まぁ相手が応じてくれないこともあるけどな」
「なるほど……」
「よろしく頼むぜ、刃」そう腕―――いやこの場合は前足か―――を上げたケンの声が耳に届く。
「……よろしく」俺はその手を握った。
「あのー……、僕らも良いかい?」
また別の声が背後から聞こえた。
そちらを振り替えると、男女の二人組が立っていた。
「あぁ、戸羽井さん達か。……今渡しといて何だが刃、
「あぁ、分かりました」とイヤホンのようなそれを外し、工毅さんに手渡す。
工毅さんは二人に軽く会釈し、ケンと共に席に戻っていった。
「……なんか急かしたみたいで申し訳ないな」眼鏡の男は頬をぽりぽりと掻きながら苦笑いを浮かべ、「僕は
丁寧な口調、すらりと伸びた長い手足、優しい声音、年は若いが父さんのような雰囲気があり、初対面の人間の筈なのに、何故か会ったことあるかのように感じた。
「よろしくお願いします、戸羽井さん」会釈
した際、視界に戸羽井さんの左右の腰にぶら下げてある2つの棒?が目に入った。
長さは40cm程だろうか、ホルスターで保持された黒いそれは、戸羽井さんの雰囲気とはお世辞にもマッチしてるとは言い難かった。
「……どうかしたかい?」
「……あーいや腰のそれが気になって」
「あぁ、トンファーが気になるのかい?
良い武具だよこれは」戸羽井さんの目が光った気がした。
「トンファーはね―――」
「はい話長くなるから駄目ー」突然二回パチパチと音が鳴る。
戸羽井さんの隣に立っていた女性が手を鳴らしたようだ。
「まだ何も話してないのに……」
「トンファーの話だと長くなるでしょー?」女性はそう言って俺を向き直し「春馬にトンファーの話振ったら駄目だよ」そう言ってくすくすと笑う。
「あ、私
きらきらとした大きな瞳が特徴的な色白な美人がそこにはいた。
(……翔喜さんの言ってた通りだな)
大きな胸部や臀部、それとは反比例の締まった腰。
大多数の男の思う、女性の理想的な体型をそのまま形にしたといったプロポーションだった。
……変に意識しないようにしないと。
だが美人とは言っても、片手を腰に置き笑うその姿は朗らかで話しやすい人だと思った。(この人滅茶苦茶モテるだろうなぁ)
等と思いながら「よろしくお願いします」と会釈をする。
「学生さん?」
「あぁそうです、高校生です」
「へー!高校懐かしいなぁ。学校は楽しい?」
「……ん、まぁぼちぼち……ですかね」
(……まぁ楽しくはないかなぁ)
俺がそう言うと戸田さんは突然顔を寄せ、俺の目を覗きこむ。
(な、なんだ?)
戸田さんの大きな目に吸い寄せられるようで、気がつくと戸田さんの瞳から目が離せなくなっていた。
そして数秒―――、戸田さんは微笑み「……なんか悩みがあったらお姉さんに言ってね?
私こう見えても占い師だから力になれるかも」俺の心を読んだかのようにそう言った。
(っ、……顔に出てたか?)
「……占い師なんですか?」
「そうそう、恋愛相談から失せ物探しまでなんでもござれって感じ!
まぁ学生さんだとやっぱり恋愛かな?君は好きな子とかいる?」 そう唐突に言われ、頭をよぎったのは―――
「い、いや……特には」……なんだろう、今頭に思い浮かんだのは。
「……ふーん」……何故か戸田さんはにやにやとしている。
「な、なんです?」
「いやぁ~?別にぃ?」
「真九呑地君困ってるじゃないか」
戸羽井さんは苦笑いしながら、戸田さんの肩を叩く。
「ほらそろそろ僕らも席に戻ろう」
「そうだね。じゃあ……占いして欲しい時は言ってね?」戸田さんは俺に小声でそう言って微笑む。
「分かりました」
そして二人が席へと戻っていったのを確認して、俺も席に戻ろうと自身の席側へと視線を向けた時だった。
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