二十七話

 それは駐車場で犀男が最後の突進を行おうとした時に遡る。

 アスファルトを踏みしめながら犀男が此方へ向かってきた時、司は片膝を着き右拳をアスファルトへと接地させると、拳を着けた箇所にぴしぴしと罅が入る。

 その罅の隙間。

 木となった右腕は細くこまかくなりながら隙間に入り込み、地中へと潜り込む。

 そして地中で握り拳を作った右腕を、左拳をすぐさま叩き込める位置まで犀男を惹き付け、アッパーを叩き込んだ。


 司の眼前で犀男の顎が跳ね上がる。


 瞬間、司は地球と繋がった右腕を手刀で切り裂きながら立ち上がり、渾身の左ストレートを喉へと突き刺した。



(……上手く乗ってくれたな)

 左拳を自身の方へ且つ、人の手へと戻しながら一つ息を吐く。

 犀男はその拳に引かれるように膝から倒れ込む。

(流石に喉元は外皮の強度は保てなかったみたいだな)

 灰色が肌色となり、ゴツゴツとした表皮が四肢の末端から収まるように消え始めた、常人になりつつある足元に転がる犀男を眺めながら、座り込む。

(にしても今回は……辛かったな)

 先程切り取った右腕を見ながらそう思った。


 その時だった。


「凄いねーお兄さん」

 自身のすぐ後ろ、そんな声が耳に届いた。

 反射的に左の裏拳を出しながら、立ち上がる。

(……いない?)

 背後にはなにもいない。

「こっちこっち」

 今度は更にその後ろ―――先程俺が向いていた方向―――から声がする。

 素早くそちらに向き直す。

 すると犀男の傍らに、その声の主らしき少年はしゃがみこんでいた。

 耳や眉に掛かる程度には長い黒髪、銀縁の眼鏡、声変わりの終わっていない不安定な声音。

 恐らく小学生高学年から中学生低学年位の少年だろう。

 ……特に目立った所はない平凡な少年だった。

「……君は?」

「僕はね、世界を変えたいと思ってるんだ」

「……何だって?」

「お兄さんは、せっかく不思議な超能力チカラ持ってるのに、平凡に生きるなんてつまらないとは思わない?」

「何が言いたい?」

「いやね……、貴方達みたいに

 少年は右手でピストルを形作り、笑いながらその指先を青く光らせた。

「何をっ……?!」


 いつの間にか足が動かなくなっていた。


(足っ?!凍らされて……?!)

 両足がアスファルトに靴ごと凍結させられていた。

 力を込めるが動く気配がない。

 慌ててしゃがみこみ左手をアスファルトに触れさせる。

「あぁ、待って待って。

 貴方もボロボロだし今回はお開きってことでいいでしょう?

 第一僕の目的は、じゃないですし」

 慌てた様子で少年は両手を此方に向け、落ち着けとジェスチャーをする。

「……まぁ、また貴方とは、いえ、貴方達とは会うことになると思います。ではまた」

「なっ、ちょっと待」

 恭しく少年はお辞儀をし、犀男に右手で触れると、その瞬間音もなく俺の視界から犀男ごと少年は消えた。


 慌てて左右に目を向ける。

 が、人の気配は全くない。

(……逃げられた、か)

 氷にアスファルトの拳を叩きつける。

「……畜生」

 俺はそう独りごちた。

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