四章 スモールブレイン
二十五話
刃が戦っていたその夜、司は警察署にいた。と言っても司が捕まった訳ではない。
ひっくり返った椅子や、散乱している書類。
時たま地響きのような音が響く。
そしてパニック状態の警官達。
誰が見ても頭に浮かぶは、緊急事態の一言。
そんな喧騒で剣呑な状況の中、司は先程捕まえた警官の情報を頼りに今回の騒動の主の方へと、歩を進めていた。
司がドア―――一人なら困ることなく通れるだろうが、二人がすれ違うのは難しい程の物―――を抜け、最早意味を成していない折れ曲がった鉄格子で囲われた部屋が幾つかある留置場に足を踏み入れたその時だった。
風切り音と共に、何かが突如司へと向かって来た。
それを横に飛ぶようにして避け、そのまま何かは司の背後にあった看守机を吹き飛ばしながら停止する。
「……成る程」
司は右手でスーツの上着を脱ぎながら、司は近くの折れ曲がった鉄格子を左手で握る。
「んだァお前、
それは背が百八十を越える司よりも高く、全身が灰色に変色しでこぼことした分厚い表皮に覆われ、頭全体が奇啼目のように変化し鼻の辺りには大きな角、耳は管楽器のベルのように変化していた。
二足歩行や手足の形こそ人のようではあるが、人がその容姿を見て思うのは犀だろう。
「違う。……だがお前を捕らえに来た」
「面白ェ、出来ると思ってんのか?」犀男は大きな体躯を揺らしながら司へと歩み寄る。
「仕事なんでな」ジャケットを近くの鉄格子に乱暴に掛け、今度は右で鉄格子を握りしめる。
犀男が手の届く距離に来た時には両拳は金属に変化していた。
「……?ンだ、その腕―――」
変色した司の右拳に一瞬視線を奪われた犀男は反応できなかった。
素早く腰を回転させ体重の乗った左拳が、司特注の金属製グローブで覆われたそれが、自身の横っ面へ叩き込まれた事に。
頭が殴られた方向へとぐりんと動く。
―――が常人ならば顎を粉砕される、フックのクリーンヒットを受けた筈の犀男は笑みのような物を浮かべ、「いいパンチじゃねェか」お返しだと言わんばかりの左フックが司を襲った。
灰色の唸るような剛拳に対して、司は体を縮めると同時に右腕で受ける。
ガチン!と金属音が人のいない留置場に響いた。
犀男が振るった拳はガードの位置で止まることはなかった。
決して貧相な物ではない、司の肉体ごと壁へ大きく吹き飛ばした。
体が宙を舞ったのを感覚で感じる。
このままだと背面からコンクリートの壁に叩きつけられるだろう。
両腕を覆っていた金属を素早く背中へと回し衝撃へと備えた。
数瞬―――ガツンと衝撃が走る。が背面に回した金属のおかげで、ダメージは殆どない。
戦闘続行だ。
(……にしてもなんて力だ)
ガードごと吹き飛ばされるとは思っていなかった俺は、内心落ち着けずにいた。
(いや駄目だ、こう言うときこそ冷静に……)
すっと息を吸い、思考回路を一度シャットアウトし、構えをとろうとした時だ。
右腕をあげた時、先程殴られた辺りから鈍痛が走る。
(この痛み方……折れてはなさそうだが……)
腕の痛みを表情に出さないよう努めながら、此方へと向かってくる犀男を睨む。
「一発で
そう言いながら犀男は片足を上げた。
それは最早、見てからの反応と言うよりは反射だった。
自身が立っていた位置から大きく飛び退く。
瞬間、大きな破壊音と共に壁ががらがらと音を立てた。
何が起きたかは見らずとも分かる。
(まともにやりあうのはまずいな…… )
俺は留置場の出入口のドアまでの道をちらりと見る。
障害物はない。
踵を返し、そちらへと走り出した。
「テメェ、待ちやがれ!」背後からそんな声がする。
そんな声を無視しながら、後ドアまで数歩といった所まで来た時、背後からミシミシと地を踏み締める音が耳に届いた。
飛び出すように俺はドアを抜けた。
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