二十三話

 恐る恐る部屋に入った刃は落ち着かない様子で、ちゃぶ台の前に座る。

 スマホを取り出して触ってはいるが、台所に鼻唄を歌いながら立っている木葉をちらちらと見ながら落ち着かない様子だ。

「ねえねえ、カレーって何からしたら良いのかな? 」手洗いを済ませ、ジャガイモを手のひらで転がしながら木葉は刃に呼び掛ける。

 突然だったからかびくっと体を震わせた刃は 「ち、ちょっと待ってて、手伝うよ」そう言うと、立ち上がり台所へと足を運んだ。



「鶏肉を食べやすい大きさに切って……、イイねそんな感じ」ピーラーでジャガイモの皮を剥きながら、俺は隣で包丁を鶏肉へ振るう豆丘さんの手元を見る。

 左手で鶏肉を抑えながら 、右の包丁を振るう様子を見ていると、指を切るなんてベタなアクシデントは起きそうになかった。

(まだ人参しか切ってないはずなんだけど。器用だな豆丘さん)

「これ切り終わったらジャガイモ切ったら良いかな? 」手元の鶏肉から目を離さず豆丘さんはそう言った。

「あーいや先に玉ねぎ切ってくれた方が助かるかな。ジャガイモまだ皮を剥けてないからさ」

「OK。よいしょっ」切り終えた鶏肉を乱切りされたニンジンが入ったボウルへと移し、薄皮の剥かれた玉ねぎをまな板へと置く。

「玉ねぎはどう切ったら良いかな? 」

「さっき調べたときは微塵切りとかすりおろして、ルー自体に溶かすなんてやり方もあるみたいだけど、ベタなのはくし形切りって奴みたい」

「なるほど、調理も人によって変わるんだね。…… あ、さっきの人参みたいに手本見せてよ」豆丘さんはボウルの人参を指差しながら包丁を此方に向ける。

「良いよ。……だけど包丁を人に渡すときは刃側は向けないようにしてね。危ないから」

「……えっ? あっ、言われてみればそうだね、ごめん」

「いや俺も言ってなかったからね」なんて俺は苦笑いしながら左手で包丁の背側を取り、右手で柄を握った。

 そのまま俺は豆丘さんと立ち位置を変え玉ねぎと向かい合う。

「えっと、とりあえず半分にしてから―――」

 先程スマホで調べた行程を、出来る限り分かりやすいように説明しながら包丁を玉ねぎへと入れていく。

 ふんふんと頷いている豆丘さんは楽しそうだ。何となく自分も楽しくなってきた。

 頬が緩むのを感じながら、暫くその作業をやっていると目がチカチカと痛み始める。

「……あー、玉ねぎは切ると目が痛くなるけどそういう物だから気にしな―――えっ? 」 痛みに目を細めながら、豆丘さんの方を向くと、両目に大きな変化が起きていた。

 豆丘さんの目が白く濁っているのだ。

 思わず声をあげた俺の方をその濁った瞳で豆丘さんは見る。

「あぁ、驚いた? 実は玉ねぎのことは昨日知ったんだ。だから対策をね」そう人差し指で自身の目を指しながら少し得意気な表情で豆丘さんは笑った。

「瞬膜って言うんだよ。本来は飛んでるときとかに使うんだけどね」

「な、なるほど。突然だったからビビったよ」その瞳をじっと見ていると、「さ、さぁじゃんじゃん切っちゃおう」豆丘さんは頬を掻きながら顔を背け、玉ねぎの方へと向き直す。

「そうだね、そろそろ交代しようか」

「う、うん」

 そうして作業を進めていった。



「ご馳走さまでした」

 空になった器にスプーンが置かれ、二人の声が重なる。

「美味しく出来上がってて良かった。にしても豆丘さん器用だね」刃はお茶の入ったコップを、口につけながらそう言う。

「そうかな?」

「うん、これなら次から俺は要らないかな」

「そんなことないよ、見本があってこそだから出来た事だし。 何より二人で作った方が楽しいでしょ?」少し首を傾げながら笑顔を浮かべる。

 そんな表情を向けられ、「そ、そうだね」照れ臭そうに刃は視線をそらした。

 その時突然木葉はくすくすと笑いだすと「刃君カレー顔についてるよ」と右手の指を指す。

「え、ええっ?どこに?」慌てて刃は顎の辺りを撫でる。

「もう少し上、いや右……ちょっと待ってて」 木葉はそう言うと立ち上がり、ちゃぶ台を挟んだ向かい側の刃の隣へ座る。

「……どうしたの?」

「私が取ってあげるよ」

「えっ?ちょ……」

 木葉は突然の事にフリーズした刃の顔の方へと右手を伸ばし―――



 そのまま刃の目元を押さえると、そのまま力任せに床へと組伏せた。

 ばたん、と言う音と共に後頭部を畳へ押し付けることになった刃は突然の事に、何事だ、と言った顔を押さえられていない口元で思わず作る。

「さて刃君、お腹一杯になったことだし昨日のお話の続きをしようよ」

「……今この状況で?」

「今この状況で」



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