三章 影

十八話

 段ボールを受け取った週末の夜更け、真九呑地家の近くにあるアパートの入り口に二人は立っていた。

「この部屋みたいだよ」黒色のスマホを見ながら刃は言う。

「本当に? 」と木葉は恐る恐る鍵を差し込む。

 特に抵抗もなくすんなり鍵は開いた。

 中に入りパチリと電気をつける。

「電気ガス水道とかは勿論、ある程度の日用品とかも揃えたつもり……だってさ。何か足りなかったら……俺に言えだと」

「さて何頼もうかなー」木葉は笑いながら刃を見る。

「あ、あんまり高いのは無理だぞ……? 」

「冗談冗談」

 そう言いながら二人は部屋を見て回った。

 トイレ風呂があり、ダイニングキッチンと別に1つ部屋がある。とにかく独り暮らしなら不便はないだろうといった感じだった。

「よし、家具も粗方あるし問題はなさそうだね。何かあったら俺に電話してくれれば大丈夫だから」

 刃は既に連絡先を登録している白色のスマホを手渡し、玄関へと向かうとすると「……あの、ね刃君……」 木葉は俯きがちにくいくいと袖を引っ張る。

「どうかした? 」 少し困惑した様子で木葉の方に刃は振り向く。

「……あの、たまには遊びに来てね? 」 小首をかしげる仕草をみて、刃は一瞬にして顔が赤く染まる。

「だ、大丈夫!ま、毎日来るから! 」 そう言い慌てた様子で刃は玄関から飛び出した。



 俺はまだ激しく鼓動している心臓を押さえながら、自宅への道を歩いていた。 

(ありゃずるい……。まともな男なら殆ど堕ちてしまう破壊力がある)

 先程の豆丘さんが脳裏に浮かぶ。

 まだ顔が熱かった。



 そんな引っ越しから数日が経った。

 俺はあの時言った通り毎日食事と共に遊びに行っている。

 ……まあ食事と言ってもコンビニ弁当だが。

 今日は幕の内を持ちながらインターホンを押す。

(……真九呑地が幕の内って変な話だ)

 なんて思いながら待っているとがちゃりとドアが開く。

「来たよー」

「やっほーあがってあがって」 と豆丘さんは手招きをして中に入ってと促す。

 お言葉に甘えて「お邪魔します」と中へと入った。

 ちゃぶ台の上には一時停止されたスマホのゲームがある。

 ここ数日の間に持ち前の器用さでスマホはほぼ完璧に使えるようになっていた。

「あ、ほら今日の夜ご飯」俺は袋を豆丘さんへ渡す。

「いつもありがとー」彼女は俺の手渡した弁当を持ち台所へと向かった。

 手持ち無沙汰な俺がついているTVをぼんやりと眺めていると、「なにか飲む? 」と台所から声が届く。

「あー貰おうかな」

「わかったー」

 それから十秒ほど経ち、コップを2つ持った豆丘さんがリビングへと戻ってきた。

 コトリと目の前にコップを置く。「ありがとう」そう言いながら口をつけグイッと飲む。麦茶だこれ!……なんて画像が頭をよぎる。

 烏龍茶だったけど。

「いつもご飯買ってきて貰ってるからねー」と目の前に座る。

「あ、そう言えば私今ね。料理に興味があるんだけど……」とスマホを手に取り俺に見せる。

 そこに映るのは料理の材料や調理法などがまとめてあるサイトだ。

「おー良いんじゃない? 調理器具はあるの? 」

「うん。探したけど基本的なものはあったよ」

「そうか。なら明日は調味料とか材料買ってくるよ」

「ありがとうね。……私が外出できればそんなに頼まなくても良いんだけど」しょんぼりとした様子で豆丘さんはため息をつく。

「良いって良いって気にしなくて。……あ、ほらそれより勝負しようぜ? 」俺は笑いかけながらポケットからスマホを取りだし、DTCGのアプリを起動する。

「……今日こそは負けない」豆丘さんも同じアプリを起動させた。

 最近はこのゲームで戦うのが定番だった。

 家の据え置き機は学校帰りじゃ持ってこれないからだ。

 そうやって遊んでいると、不意にスマホがポケットで震える。

 今豆丘さんとのゲームで使っている私物の物ではなく、ポケットに入れている黒いスマホ。

 段ボールに入っていた奴だ。

「あーごめん、ちょっと待ってて」

「ん? 分かった」一言断りを入れてトイレへと移動する。

 豆丘さんにはこの事を言っていない。

 これを説明して変に気にされても困るからだ。

 こそこそとポケットから取りだし画面を見ると由宮司の文字。

(連絡先入ってんだこれ……)

 画面をスワイプし電話に出る。

「……もしもし」

「刃か? 」司さんの声だ。

「そうですよ」

「いや、急で悪いんだが今日の夜迎えを寄越す。多分迎えの奴が色々説明するからそれをしっかり聞いてくれ。じゃ」

「え、……あの迎えって? 何の――」ぷーっ、ぷーっと通話終了の音が鳴る。

 切られたようだ。

(……全く何の事だか分からないが、恐らく仕事だな。夜になれば分かるか)

 ふうとため息をつきドアを開くとそこには豆丘さんが仏頂面で立っていた。

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