十四話
「性別は男。年齢は十六で、高校ニ年生。
両親と三人暮らしか。ほぉ優しそうな御両親じゃのう。千治さんと葉羽さんか」
(なんで父さんと母さんの名前が……?)
「お二人で間違いないかの?」
そうタブレットをこちらに見せる。
そこにはびっしりと羅列された個人情報と両親の顔写真が写し出されていた。
役所から綺麗に抜き出してもここまでの情報は手に入らないだろう。
気がつくと独りでに体が震え、呼吸が乱れていた。
「あ、あんた何者なんだ……?」震える唇と喉でなんとか言葉を吐き出す。
「そう言えば名乗ってなかったのう、ワシは
だが先程のあれを見せられては、その笑顔も薄気味悪いだけだった。
「さて自己紹介も済んだ事だ、本題に入ろうか」和子池と名乗った老人はこほんと軽く咳払いをする。
「豆丘木葉はお前の家に居るのか?」
俺を睨みつけながら、重く低い声が発せられた。
先程とは違う明らかな敵意の込められた声、視線に後退りしそうになる。
だが足に巻かれた布でそれは叶わず、椅子を多少動かすだけに留まる。
「し、知らないな。誰だそれ」
「しらを切るのか。……やろうと思えばお前の家を捜索しても良いのじゃぞ? その場合中にいた拉致加害者には消えてもらうがのう」明らかな脅迫。
本当にやりかねないのは今の俺の状況を考えれば分かる。
「……そ、そんなことしたら警察が黙っちゃいないぞ? 」この言葉にどれだけの意味があるのか分からない。だが今の俺にはそれしか言えなかった。
するとぴくりと眉を動かし「お前はテレビを見るか? 」
「……突然何の話――」
「不審火、とは報道されていたが死傷者の事には触れていなかったであろう? 」それがニュースの話だと分かった。
「何故だか分かるか? ワシが死傷者を揉み消したのじゃ。
まあ死傷者と言っても一人じゃがな。
……お前の殴った赤髪の男は死んだぞ」
警察にも手が回るって事を言いたかったのだろう。
だが俺は赤髪の男が死んだことの方がショックだった。
自ずと息が詰まる。
流石に殺すつもりはなかった、なんては言えないだろう。
後頭部に対して鉄パイプをフルスイングしたのだから、必死だったからなんて通用するわけがない。
仮に力加減さえ間違わなければ、殺さずに済んだのだろうか。
思考はまとまらず、自責の念が沸々と湧いてくる。
だがそんな気持ちに無理やり蓋をして、じっと和子池を見る。
「だからと言って豆丘さんをあんたらみたいなのに戻すわけにはいかない」
「元々の場所に帰るだけじゃないか。なにか不満でも? 」
「……少なくとも足元に鎖つけてまともな物食わせてないことは聞いた。もう少し人らしい生活させてやれよ。あんた金持ちなんだろ? 」俺がそう言うと和子池は突然うつ向き、肩を震わせ始める。
(なんだ……? )
顔が下を向いているせいで表情は見えない。
「お、おい――」
「あれが
さんざん弄られまくってるぞあれは。生物学的に違うのは勿論、見た目だって大幅に違うじゃろあれは。」と手を叩きながら大きく笑う。そして「あ、で鎖と飯か? それならどうにかなるかもしれんぞ」
突然柔和した雰囲気に毒気を抜かれる。
「……そ、それなら」考えてやっても良い、と言おうとしたとき引っ掛かりのある言葉が和子池から飛び出す。
「あれが帰ってきたら、すぐに別の場所に行くからのう」
「……どういうことだ? 」
「実はな、あれを売る商談はもう終わっているのじゃ。
新しい主人ならもしかしたらまともな物食わしてもらえるかものう。
糞尿好きの好き者として有名な人間じゃから多分ないが」
楽しそうに笑うその顔は、先程のような優しさを含む笑顔だった。
「なっ、あんた、豆丘さん売るつもりなのか?! 」
「元々ワシの所有物じゃし別に良かろうて。……なんじゃ、分け前が欲しいのか? まあ数日世話してくれたみたいだし小遣い程度の額なら渡してや――」
「ふざけんな! そんなこと聞かされて、はいそうですかってなるわけねえだろ! 」遮るように俺は怒声を上げる。
「……注文が多いのう。じゃあどうする? 親と豆丘木葉を捨てるか。豆丘木葉を捨てて親を助け――」そこまで言いぴたりと止まった。
「いや待てよ? 」顎を撫で、和子池は何かを考えているようだった。
沈黙の時間が訪れる。
(なんだ……何を考えているんだ?)
突然人差し指でスーツ男を耳元へ寄せると、幾つか耳打ちをしスーツ男はこくりと頷いた。
そうしてスーツ男が所定の位置へ戻ると同時に、タブレットの操作を始め「ビジネスの話をしよう」と年齢を感じさせぬ、力強い瞳をこちらに向ける。
途端、和子池の雰囲気ががらりと変わる。
威圧する雰囲気でも歓迎する雰囲気でもない、また別の雰囲気。
「豆丘木葉はお主に売ってやる」
「……は? 」
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