二章 彼女の秘密
十三話
俺は気がつくと猿轡を噛まされ、後ろ手に手錠をかけられ、目隠しをされて転がされていた。
身体に伝わるこの振動やエンジン音からして恐らく車だろう。
そして揺られる度に鳩尾辺りがズキズキと痛む。
(……クソ意味わかんねえ。とりあえず目隠しだけでも取らねえと)
痛みに顔をしかめながら
出てくる気配がなかった。
(ど、どうなってんだ? )幾度か試すが駄目。
(……いよいよやばいんじゃないか俺? ど、どうにかしないと! )
慌てて動こうとするが、足首も縛られておりいくらもがこうと、精々芋虫に類似した動きしか出来ず途方に暮れる。
その時「気がついたか、不便だろうがすまない。もう少しで着くから待っていてくれ」
低くはっきりとした声が耳に届く。
(……この声は)その声の刺激により脳が稼働し記録した過去を引っ張り出す。
鳩尾の痛む理由がそこにはあった。
俺が帰宅中スーツ姿で黒髪を短く揃え、目付きの鋭い大柄な男が目の前に現れると
、その男はこの声で話があると言ってきた。
そんなスーツを見た瞬間、先週の騒動が頭を駆け巡る。
すぐさま追手認定を下した俺は踵を返しダッシュで距離を取った。
不意のダッシュで、多少は距離がとれただろうと思っていると、男は離れていた俺の襟をぐにょんと
瞬間、唖然としている俺の鳩尾に対して伸びていない反対の手で強烈なボディブローが叩き込まれた。
その後の記憶はここから始まる。
(……だから痛いのかチクショウ)
合点がいきため息をつく。と言ってもため息をしたつもりなだけだ。猿轡のせいで口での呼吸は殆ど出来ない。
そうこうしてるとぴたりと車が止まり、エンジン音が静まる。
恐らくさっき着くと言っていた場所に着いたのだろう。
スライドドアの開く音が聴こえ、数秒。
突然浮遊感が身体を包んだ。
手足は動かせず目隠しまでされた状況で、身体を抱えられたことなんてない俺は驚きのあまり叫び声を上げる。
だが骨伝導で俺自身に伝わった物は声というには余りに不明瞭な音だった。
「大丈夫だ、落としたりはしない」
耳元で先程の声が聞こえた。
刃は大柄な男――
建物内外に数多く点在する監視カメラの存在、そしてその建物の中に入るための唯一のゲートは二人の武装――懐には32ACP弾を吐き出す自動式拳銃が入っており、それは警官でもない日本の警備員が持つ代物ではない――した警備員が見張っており、更に中に入るための鍵は虹彩認証。
少し過剰とも言えるセキュリティで守られているその建物の名は和子池研究所。
資産家の――
中の様子を知る人は殆どおらず、茂本人か、一握りの研究者もしくは、茂の護衛ぐらいだろう。
そんなゲートの脇に立つ二人を一瞥し、司は壁に嵌め込まれた穴の空いた機械に目を当てる。
ピッという電子音と共に、白い壁に黒い線が走った。
そのまま線は広がっていき、大人2人が並んで通れる程の入り口となりそのまま司は中に踏み入れると、扉は独りでに閉まり継ぎ目のない壁へと戻る。
司はそれに気に止めることもなく、そのままガラリとした無人のロビーを進み、エレベーターに乗る。
操作盤に一つしかないボタンを押すと、エレベーターはゆっくりと閉まり、地下に降りていった。
俺は椅子に座らせられると、突然目隠しを取られた。
目に入ってきた急な光の刺激に眉をしかめ、目を細める。
瞬きを何度か繰り返すことでやっと慣れてきた目に飛び込んできたものは白。真っ白だった。
天井も壁も床も真っ白。
違うのは俺と、高そうな椅子に座っている紺色の袴に身を包んだ白い髭の老人と、その右後ろに立つスーツの男だけだ。
「どうじゃ? 気分は」
(……気分もなにも喋れるわけねえだろ)と老人に睨みつける。
「……おーすまんすまん。ほれ、司取ってやれ」
老人は男にそう命じ、司と呼ばれた男はこちらに来ると俺の猿轡を外す。
手足はまだ縛られているが幾分ましな気分だ。
「気分? 最悪に決まっているだろ。て言うかこんなの拉致だぞ」
「まあじゃろうな」と老人は男から手渡されたタブレットを持ち操作を始まる。
「とりあえず家に帰してほしいんだが」
「まぁまて、そう焦ることはないぞ。真九呑地 刃君」手元のタブレットを見ながら老人はニヤリと笑った。
思わず顔がひきつる。
(……名前が分かるようなもん身に付けてたか俺? )
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