十一話
それから週末にかけて、俺の生活は平和そのものだった。
足首も幸い軽い捻挫だったようで、2日も経てば殆ど痛みも無くなり日常生活に支障をきたす事は無くなっていた。
そんなことよりも肝が冷えたのはローカルニュースで、不審火があったと俺が走り回った場所にカメラが来ていた事だ。
一緒に見ていた父さんが「怖いなぁ」と呟いたときに生返事しか出来なかったのを覚えている。
まぁその後死傷者とか出なかったし、赤髪の男は生きていると信じたい。
なんにしても激動の一週間がやっと終わりそうだ。
土曜の午後2時「あの、さ……」と随分歯切れの悪い、豆丘さんの声が耳に届く。
「ん? 」モニターを見ながらポチポチとアクションゲームをしていた俺は、耳だけそちらに傾ける。
「監禁されといて何なんだけど、さ。図々しいのもわかってるんだけど……」
「飲み物か食べ物? これ終わったら何か持ってくる――」
「いやあの、違うの。あのね」
「うん」
「えっと……あの、お風呂入りたいなって。流石にそろそろ1週間近いし……」消えいりそうな声で豆丘さんはそう言った。
「あー風呂か、良いんじゃない? そろそろ母さん達出掛けるらしいし、シャワーで良ければ入ってき―――」そう言いかけて、ハッと気がつく。
「……あれもしかして着替えない? 」
思わず豆丘さんの方を見ると、少し顔を赤くしながらこくこくと頷いていた。
ゲームを一時中断してタンスを漁る。
「あー短パンとシャツぐらいなら、少し大きいかもしれないけどあるよ」
「……それ借りて良い、かな? 」
「それぐらいなら問題ないよ。良し、ちょっと下見てくるから待ってて」
と俺は服を渡し、階段を降りる。キッチンやリビングなどを念入りに確認し両親がいないことを確認した。
「豆丘さん大丈夫だよ」小声で呼び掛けると恐る恐る彼女は降りてきた。
家の風呂場は扉を開けると、その正面にトイレがあり、左側に3畳ほどの脱衣場、更にその先に浴室がある。
「お湯の出し方とか大丈夫だよね? 」
「大丈夫だよ。……ごめんね無理言っちゃって」
「いや俺もすっかり忘れてたし、気がつかなくてごめん」
「……じ、じゃあごめん、入るね」
「あ、あぁ」俺はそそくさと部屋から退避する。
(自分の家の風呂に年頃の女の子がいるってこうやばいな。うん)
衣擦れの音が聴こえ、それから少し遅れてシャワーの流れる音が耳に届く。
意識しないように気を付けてはいるのだが、気になってしまうのは男の性なのだろう。
浴室の情景を頭に浮かべそうになり、ぶんぶんと頭を振る。
(……ここにいちゃダメだ俺には刺激が強すぎる)顔が熱くなっているのを感じる。
(とりあえず二階に戻ろう)
そう考えた時、玄関から鍵の開く音がした。
(なんだ……? )
「母さんごめん少し待ってて」
父さんの声だった。
(……な、なんで?! 出掛けたんじゃなかったのか?! )
慌てて脱衣場の方へ逃げるようにして移動する。
あのままだと鉢合わせしそうだったからだ。
視界の端に置かれている白いワンピース等に目を奪われそうになるのを抑えながら扉を見る。
「あれ? 刃お風呂? 」
「え? あ、あぁそうそう、ちょっと汗かいちゃったからさ。と、父さんこそ買い物じゃなかったの? 」
「いやそれが財布忘れちゃってさ」はははと笑いながら扉越しに歩く音が聴こえる。リビングの方へ向かったようだ。
それから数十秒、足音がまた此方に戻ってくると、扉の前でぴたりと止まる。
「刃、行く前にトイレ入りたいんだけど大丈夫? 」
「……えっ?! ち、ちょっと待って! 」
これは流石に予想できていなかった。
(やばいやばい! 父さんが来たら俺が嘘ついてるってばれる! )
慌てた俺はこの状況を打破する方法を脳みそをフルに使い考える。
だがそう簡単に思いつかなかった。
(やばいやばい! どうする?! )
「なに気にするな、男同士じゃないか。入るぞ? 」
扉のドアノブがかちゃりと動く。
それを見た俺が咄嗟に取った行動はワンピース等を手元に持ち、浴室に飛び込むだった。
後ろから豆丘さんにぺしぺしと背中を叩かれているのを感じながら、どくどくと早く動く心臓を押さえる。
すぐに後ろは向いたが俺の脳内メモリーは優秀だったようで、豆丘さんの方は一瞬しか見ていないのに記憶したようだった。
先程の様子がフラッシュバックする。
「じゃあ刃行ってくる 」
父さんがその部屋から出ていったのを音で確認し背中越しに謝罪する。
「あの、ごめん。まさかすぎてここしか思いつかなかった」
「と、と、とりあえず出ていってよ……」
「わ、分かった」
そっと浴室から出ると豆丘さんの服を先程の所へ置きもう一度外を確認する。
今度こそ父さんは行ったようだ。
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