十話

 俺がビニール袋に氷水をいれ足首に当てながら自室に戻ると、此方に背を向け豆丘さんが窓から身を投げ出そうとしていた。

「ち、ちょい待ち! なにしてんの? 」慌てて肩に手を置き止める。

「……いやもう一晩は泊めてもらったからね。昨日は無理言ってごめんね、ありがとう」

「いや、親にはバレてないみたいだしまだ良いよ。それに……行くあてもないでしょ? 」

 彼女をそのまま帰すのはなんか気が引けた。

 あんな乱暴な男がいる所には帰したくなかった。


「でも私がいなければ刃君はケガしなかったでしょ? 」


 豆丘さんは今にも泣き出しそうな表情で此方へと振り向いた。

 様子に思わず目を見張る。

 俺以上に怪我のことを悔やんでいるようだった。



「……だから私出ていくね。ご飯と布団ありがとう。……また追っ手が来たときはこないだのビルにでも行ったって言っておいて。それで大丈夫なはず」

 木葉は無理に笑顔を作るとそのまま外へ飛び出した。

 そうして夜空に羽ばたこうとした瞬間、宙に浮かんだ3つの魔法の手マジックハンドが木葉の動きを止める。

「い、いや駄目だ 」刃は首を振りながら、ゆっくりと部屋の中に木葉を引き込む。

「ど、どうしたの? 」

「お、俺は男を鉄パイプで殴り倒してるからな。仮に豆丘さ……君がここをばらしたりしたら大変なことになる」

「わざわざ教えたりしな――」

「き、君は人質だ! だから外出なんてさせない! 」刃はそう叫ぶと窓の鍵を閉め、窓の前に仁王立ちになる。

「……本当にどうしたの? 」木葉は正に困惑といった表情で刃を見る。

「う、うるさい。……とにかくじっとしとくんだ」興奮した様子で刃は続ける。

「とにかく俺は飯だから! 勝手に出ていくんじゃないぞ」キッと木葉を睨みつけドアノブを捻る。

 そうして不規則な足音が1階へと降りていくのを木葉は聞いた。

「……本当にどうしたんだろう? 」

 刃の変貌に、思わず首をかしげながら彼女は一人呟いた。



 俺は一人飯を食べながらさっきの行動を思い返していた(人質とか言っちゃったよ。まあ、そうでも言わないと出ていっただろうしなぁ。

 ……俺の事を考えるなら確かに出ていってもらった方が、良いんだろうけどそう割り切れねえよなぁ )

 味噌汁をすすり、はぁとため息をつく。

 夕飯は鯵の開きと味噌汁、野菜に多少の漬け物と白飯だった。

(そういや、ある程度好きにして良いとは紙に書いたけど昼何か食べたのかな?

 まぁ親が帰ってきてからなにも食べてないだろうし、何か持っていくか)

 目の前にある白飯と漬け物をぱっとかきこみ、流しに置く。

 そのままちゃぶ台に置いてあった菓子パンを掴み2階へと上がった。



 刃は菓子パンを食べている木葉を尻目に明日の用意をしていた。

「これ甘くて美味しいね」

「ジャム入ってるからね。……まぁ今日夕飯はそれで」

「……というか監禁するって割には甘いよね。足首に鎖とか着けなくて良いの?

 前の家だと何時も付いてたけど」

「……え? 」手に持っていた教科書を危うく落としそうになりながら、刃は体を向ける。

「どうかした? 」

「いや……というかどんな所に住んでたの? 前から思ってたけど飯は謎のブロックと水で、足に鎖ってまともじゃないと思うんだけど」

「多分まともじゃないと思うよ。 場所とかはバタバタ逃げてきたから覚えてないけど……。とにかくここと比べると変な場所だった」

「……両親とかは? 」

「んーそれっぽい人はいなかったなぁ。中で見たのは、白衣着た人かさっき言ってた陽斗とツカサってスーツの男、後は杖をついた――和子池ワコイケ――ってお爺さんぐらい」

「……そうなんだ」そう言うと刃は机へと向き直し、手の止まっていた準備を再開する。

 そうして明日の用意を終わらせ、布団を敷き有無を言わせず木葉を座らせると、刃は机に突っ伏した。

 木葉の抗議の声を眠りのBGMとして聴き流しながら刃は眠りについた。


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